182 :ブレス@はねる編 ◆bZF5eVqJ9w :2005/09/09(金) 16:43:21
重低音が廊下に響く。
「なっ・・・!」
いきなりの事で何のアクションも取れなかったようで、馬場はその力に逆らわなかった。
不意打ちを受け、目を見開いたまま前へ倒れこむ。
そして虻川は、一瞬何が起こったかを理解することが出来なかった。
ただ彼女の目の前で、馬場が後ろから押されたように此方に身体を委ねる。
寄りかかる馬場越しに、虻川は眼前の相手を睨みつけた。
「・・・貴方は・・・」
言いよどんだ虻川に、1人の男が言葉をかけた。
「ちょうど通りかかったら、『白』の人達の仲間割れ発見っと」
その男は、心からではない、乾いた笑いを響かせながら現れた。
身体全体から、冷たい雰囲気が漂っているようにも見える。
まるで、夜の冷ややかな風を纏っているようだった。
彼は大きな勘違いをしていた――――
虻川は『白』に入った覚えはないが、それすら忘れさせるような、威圧感も持つ。
「なんでこんな所に・・・」
虻川は面食らったように相手に尋ねた。
「なんでって、彼を止めに。」
「止めに?・・・貴方と馬場ちゃん、何の関係があるんですか」
相手からの返答へ、更に質問を投げかける。そしてわざとらしく名前も呼んでやった。
「――――はなわさん」
虻川は再び鋭く睨む。ご丁寧に何かしらの感情も含め、さん付けまでしておいた。
廊下には何時ものベースを肩から掛けるはなわがいた。
しかしその目の、虻川が気付く事も出来ないほど奥には、暗い光が宿っている。
今来た所と言わんばかりに、肩を上下させている。走ったのだろうか。
2人の位置から、思ったよりも離れた所に立っている。
はなわは余裕ありげに、にやりと唇の端を上げた。
「・・・へっ、関係ないでしょ・・・、アンタには!」
そう叫んで、はなわはベースをぼん、と弾いた。
もちろんそこにはアンプはないので、弦が鳴る音しかしなかった。が。
急にはなわの方向から強い光が放たれた。虻川は、その光に気を引かれる。
次の瞬間、先ほどの小さな音がぐんと近づいてきたような感覚がした。
「・・・っ?!」
ごぉん、と頭に強い衝撃を感じた。
痛みに耐え兼ねて虻川の顔が歪み、そしてよろける。
しかし、すぐに足に力を入れたのか、その場に踏みとどまった。
「・・・一発で気絶しとけばいいのにさぁ・・・」
いつもとは違う、人間の心を感じない氷のような声が、言った。
一体何が・・・?虻川は必死に思考し始める。
不意にはなわの指に目が行った。ベースの弦を押さえる、左の人差し指。
そこには、銀色のリングがはめてあった。
リングには頭蓋骨のような装飾があり、それがやや崩れた形の石を咥えている。
しかし石の本来の色は、リング全体に生まれた黒いベールで掻き消えていた。
――――まさか。
最悪の状況に陥っていた。相手は石の能力者である。しかも、『黒』の人間。
このままでは勝てない事は目に見えていた。
馬場の能力ももう時間が来ているし、そして虻川の能力も戦闘が出来るとはいえ非力だ。
そんな中突然腕の中の馬場が、はなわに聞こえないように小声で虻川に伝える。
「・・・音が・・・、襲ってくるように来た・・・。音を・・・利用・・・する力?」
音を利用する?そう聞いたって対処のしようがない、と虻川は思った。
そのまま馬場をちらりと見やる。足首についていた石が、ゆっくりと光り始めている。
どうやら、馬場の能力のタイムリミットが来たようだ。彼の思考力が失われていく。
どうする?このままでは2人とも彼に昏倒させられてしまう。
しかしその時、ひとつだけ名案が浮かんだ。この子達なら、出来るかもしれない。
試した事はない。虻川が引っかかっていた、ひとつの疑問を利用した攻撃だった。
賭けるしかない。この力の可能性と、犬の力に。
相手に気付かれない様に、虻川は石の能力を、ゆっくりと発動する準備をはじめた。
――――あの時あのディレクターさんにどやされた、あの時は・・・。
勿論、頭の中は悲しい思い出で一杯になっている。
「・・・どーしたんですかー?涙目ですよぉ?」
余裕綽々に、はなわが挑発するように言った。
「・・・っ、五月蝿いぃっっ!!」
溜まったストレスが一気に放出されるように、虻川の悲しみと力が開放された。
右の足首が光り輝き、そこから銀色の光が廊下を照らした。
周りには沢山の大型犬が集合している。それらはどれもつぶらな目ではなわを見ていた。
「・・・?犬ぅ?そんなんでどうしようっていうんですかっ!?」
こっちもイライラしてるんだ、と言いたげにはなわが能力を行使した。
ベースは弦を低く、しかし小さく鳴らし、石がそれを操作して衝撃波として虻川に向かわせる。
虻川は、呼び出した10頭ほどの犬たちを走らせた。
力強く廊下を駆けて行き、たちまちその距離は縮まる。
ちっ、と小さく舌打ちをしたはなわは、衝撃波を犬の方へ走らせようとする。
お願い、上手く行って。そう願い、虻川は身構えていた。
犬は、急に掻き消えた。
よし、これでもうこの人は無防備だ。はなわがそう確信した瞬間。
彼の両脇の壁から犬たちが突如として現れた。
「・・・え??!」
ありえない!馬鹿な!さっき犬は全部ぶったおしたはず・・・!!
はなわの顔は、驚きの1色に染まっていた。先ほどまでの余裕などはもう残ってはいない。
やっぱり、この犬達は『亡霊』でしかなく、影なのか。その認識は間違っていなかった。
切り札は最後まで残しておくものでしょ、そう虻川が声を出さずに呟いた。
「この子達は、壁もすりぬける」
犬達がはなわの身体中に体当たりしていった。
しかし、衝撃波が同時に虻川の頭を再び捕らえた。
鈍い痛みがずんと響き、そして視界が少しずつ暗くなっていく。
最後に虻川の目が捕らえたのは、白っぽい影と倒れていくはなわだった。
「・・・馬場ちゃん!虻ちゃん!」
皆が気絶した後で、そこに伊藤が着いた。
既にはなわはいなかったが、それを彼女は知らない。
倒れている馬場と、下敷き状態の虻川を見やり、伊藤は心配そうな声を出す。
「・・・いと・・・ちゃ・・・」
掠れた声が返って来た。馬場は意識があったらしい。
「・・・馬場ちゃん・・・、だいじょ・・・」
伊藤はそこまで言ってから、はっとして
「また襲われたのっ?!」
その問いに、馬場が答えることはなかった。
一方その頃。
西野がとあるカフェで待ちぼうけを受けていた。
「馬場ちゃんまだかなぁ・・・」
彼はそう呟いて、それから珈琲を一口、運ぶ。
不意に首元に振れる。そこに、彼のチョーカーの紐があった。
――――やっぱり、逃げられへんのか。
その彼の苦しそうな声を聞いた者は、その場にはいなかった。
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