鍛治くんじゃ...ない? [前編]


527 名前:518 ◆IpnDfUNcJo   投稿日:04/09/11 19:12:48

「何だこれ」
木村が手に取った石は表面が磨かれた様に凹凸がなく、黒々とした輝きを放っていた。
「鍛冶、これお前の?」
「ああ、うん」
頷いて木村の手からその石を受け取ると、鍛冶はいつもの笑顔で顔の横にそれをかざして見せる。
「こないだ道端で拾ったんだ。なんか珍しいし綺麗だから持って帰ってきた」
ふうん、と気のない返事をして、その黒い石をじっと見つめる木村。
そんな様子を怪訝に思った鍛冶は、咄嗟に石を握りしめた。
「これは俺が拾ったやつだからな!絶対やらないからな!」
「いやいや、欲しいとかじゃないって別に」
「じゃあ何だよ?」
笑いながら否定してもいまだに訝しげに見つめてくる鍛冶に、木村はポケットから何かを取り出し、
鍛冶の眼前につき出す。
目の前に何かをつき付けられた事に一瞬驚きつつも、それを正視して鍛冶は「あ」と声を発した。
「石だ」
鍛冶の目の前に木村が示したのは、やや平べったく丸みを帯びている、透き通った綺麗な紅色の石。
「な?俺もこないだ拾ったんだよ。何かお互い似た様なモン拾ってんなーと思っただけ」
そう説明すると木村は手を引っ込めて、角度を変えて光に当てる様に指先で石を転がす。
鍛冶はしきりに感動を覚えた様子で互いの石を見比べていた。

「本番までまだ時間あるし、一応ネタ合わせしとくか」
ポケットに石を仕舞いながら木村が腰を上げると、鍛冶もそれに続いて立ち上がる。
余程大切にしているのか、石は手に握り締めたままだ。
「じゃ、一回通すぞ」
木村の言葉で、今回の収録でやるコントの練習が楽屋の片隅で始まる。
最初はさくらんぼブービーお決まりのネタ、『鍛冶くんじゃない?』。
流石に場数は踏んでいるだけあり、間の取り方も慣れたものなので、特に問題もなくネタは進む。
そしてコントの見せ場(?)とも言えるやりとり。

「あれ?鍛冶くんじゃない?」
「うん!」

オチがつき、次のコントへ切り替えようとした時、木村は異変に気付いた。
鍛冶が自分の隣に立たず、やや俯いたまま何か唸っている。
「鍛冶?おい、何だよネタ中に」
仕方なく中断して訊ねるが、鍛冶には木村の言葉がまるで聞こえていないようだった。
それどころか唸り声は段々と荒々しいものに変わり、顔つきも普段とは別物、
それこそまるでコント中のようになっていく。
「鍛冶…?」
「があぁーーーー!!」
木村が呟いた瞬間、鍛冶は両腕を振り上げ、獣の様な雄叫びを上げた。
咄嗟に後ろへ飛び退いたおかげで拳が直撃するのは免れたが、あまりに突然の事に
木村は足元のバランスを崩して床に倒れ込んでしまう。
その拍子にポケットに仕舞っていた石が床の上を転がったが
そんな事は今の木村にとってはどうでもいい事だったため、気にも留めなかった。
「痛ってぇ…」
思いきり床に打ちつけてしまった腕をさすりながら、豹変した鍛冶を見上げる。
その目は焦点があっておらず、完全におかしくなっているとしか言い様がなかった。
「何だこれ…」
木村は立ち上がる事も忘れて、しばらくの間呆然としながら鍛冶を見ていた。
鍛冶は、まるで理性を失ったかの様に暴れまくり、室内にある荷物、飲み物、弁当など
色々な物が次々と散乱していく。
気が付けば周りにいたごく数人の若手芸人たちが、何事かと言わんばかりにこちらの様子を伺っていた。
くそ、止めようとか思わねえのかよ、と心中で毒吐いてみるものの、今はそんな事に気をとられている時でもな

い。
鍛冶をどうにかしないと、多分後々面倒臭い事になる。
そう思って木村が口を開きかけた時。

「おい、お前ら何してんだ!」
背後から突然響いた声に驚いて振り返ると、番組で何度か一緒になった事もある先輩たちの姿が目に入った。
「上田さん、それに有田さん…」
「何か若手の奴が、さくらんぼブービーが大変な事になってるって
言うから来てみたんだけどさー、結局これはどういう状況なワケ?」
どうやらこの事態をスタッフか誰かに報告しに行った芸人が
途中で会ったくりぃむしちゅーの二人にこの事を告げたらしく、
事態を大体把握した有田が別段焦った様子も見せずに木村に問い掛ける。
木村はその軽さに拍子抜けしつつも、何とか説明する言葉を探した。
「鍛冶の奴がいきなりおかしくなって、暴れ出して」
「いきなり暴れ出した?」
「はい、ネタ合わせ中、何か唸り出したと思ったら急に」
それを訊くと、上田は一層厳しい顔つきになって鍛冶を凝視する。
普段あまり見ない目線の鋭さに、事態は思っていたより深刻なのかもしれないと木村は初めて感じた。
そして、鍛冶を注意深く観察していた上田の視線が、ある一点で止まる。
「……あれだ」
ぽつりと上田が呟き、有田も静かに頷く。
木村は何の事だかさっぱり分からずに、二人同様鍛冶の方を見やる。
すると、ふとある事に気付いた。
鍛冶の右手、握られている拳の奥から何か淡い光が洩れている。
確かあそこには、先程見たあの黒々とした石が握られている筈。

「え?まさかあの石…?」
「やっぱり石、持ってたんだな」
木村の言葉尻をさらって、上田が確信を得た様な声音で言う。
「上田さん石の事知ってるんですか?あれ何なんですか?どういう物なんですか?」
「まあ、ちょっと落ち着け」
一気に問う木村を制し、上田が首に下げていたチョーカーを引っ張り出す。
わずかに揺れているそのチャームは、紛れもなく何かの石だった。
しかし、木村や鍛冶のそれとは違って水晶の様に透明度があり、形もいくらか角ばっている。
「これが俺の石だ。少し前に拾った」
その言葉に、石を見つめていた木村が弾かれた様に顔を上げる。
こんな短期間に同じ様に石を拾った芸人が何人もいるなんて、ただの偶然にしては出来過ぎている。
もしかしたら鍛冶がおかしくなったのも──

ガシャン!!

いきなり大きな音を立てて何かが落ちる音がする。
思わず音のした方を見ると、鍛冶がいまだに猛獣の如く暴れ、
挙句に果てには500mlペットボトルを食い千切っている姿が目に入る。
人間の歯や顎の力では有り得ない壮絶な場面を目の当たりにした木村は愕然とし、
鍛冶に対して言い様のない悪寒を感じた。
先程の音はどうやら彼がぶつかったのか何かで机の上の灰皿が落ちたらしく、
鍛冶の足元には吸殻と灰が散乱している。
「詳しい説明は後でする。とりあえず今はアイツを止めるのが先だ。
お前ら、ここは俺たちで片付けるから一旦外出とけ!」
まだ楽屋内にいた他の芸人たちに上田が叫ぶ。
全員が困惑しつつも出て行ったのを確認し、楽屋の扉を閉めると、
上田は有田の方を振り返って何か目で合図する。
有田は「任しとけ」と力強く頷いて、ズボンのポケットから一見すると質の悪い金の様な石を取り出した。
そしてそれを強く握り込むと、精神を集中させるかの様に大きく深呼吸して鍛冶をじっと見つめる。
一種異様な光景に畏怖感を感じつつも、木村はその様子を固唾を飲んで見守っていた。
すると、有田の拳の奥から鍛冶同様小さく光が洩れ始め、それは次第に強まっていく。
光は更に強くなり、もはや目を開けていられないくらいのそれに木村と上田は反射的に目を閉じた。
瞼越しにも光が弱まってきた事を確認し、恐る恐る目を開くと。

「………は?」
眼前に現れた光景に、木村は思わず間抜けな声を上げる。
今まで有田が立っていた筈の場所には、何故か見慣れた…ただ、今まで実物を見た事はない人物がいたのだ。
「あの上田さん……何でここにムツゴロウがいるんすか」
そう、目の前に現れたのはお茶の間でもお馴染みの動物王国の主"ムツゴロウさん"。
こんなところにいる筈のない人物の出現に木村が戸惑って上田を見ると、
肩をがっくりと落としている姿が目に入る。
「あの野郎……いや、ある意味正解なのかもしれねえけどよ…何でそっちに行くか……」
「上田さん!?どうしたんですか!?」
「…いや、何でも。しかしあれじゃあ今の鍛冶は抑えられねえな…」
ため息の様な声で上田が呟く。
木村は混乱しかけている思考を何とか整理して再び問いかけた。
「あのすみません、あれ何なんですか?何で急にムツゴロウが…」
「ああ、あれは有田だ」

「…………はぁ!?」
上田の予期せぬ言葉。
数秒間の思考停止の後に、先程より大きな声を上げて目を見開く。
「だから、あれは有田。あいつ、相手の弱点を探り当ててその対象となる物に変身出来んだよ。
何かこの石には持ち主に妙な力を与える作用があるらしくてな。鍛冶がおかしくなったのも多分そのせいだ」
上田の説明を聞きながら、木村はどこか作り話を聞かされている感覚に陥り
もう一度鍛冶と有田(ムツゴロウにしか見えない)の方を向く。
「かわいいですね〜。おーほらほらほら」
気味が悪い程の笑顔で鍛冶の頭を撫でる有田を、鍛冶が引っ掻いたり圧し掛かったりしている。
その画は正直、自分たちのコントより余程シュールで不条理な物に見えた。
「おーおー、これがこの子なりのじゃれ方なんですよ〜、かわいいでしょう?」
ね?と笑いかけられた木村の背を、ぞわぞわと虫の這う様な感覚が走る。
攻撃としか言い様がない事をされながらも有田本人は至って楽しそうであるが、
こちらとしては気持ち悪い以外の何者でもないし、野獣化している筈の鍛冶ですらやや引いている。
今目の前で起こっている事を見る限りでは上田の話を嘘だと否定する気にはなれず、
木村は大きくため息を吐いた。
「じゃあ俺の石も…」
「ああ、お前の石にも何か能力があると思って間違いねえな。
ごく稀に対で本来の力を発揮する石もあるらしいし、お前らの石がそうかもしれない。
…ところで、お前の石は?」
言われて、ポケットから石を出して上田に見せようとする。
が、どれだけ探っても指先に石の感触はない。
「あれ…ない?何で…」

木村が呆然として呟いた言葉に、上田の表情が険しいものになる。
「ない?お前、まさか失くしたのか!?」
「いや、さっき間違いなくポケットに入れました!くそっ、何でだ!?」
焦る木村を緊迫した表情で見守っていた上田は、気が付いた様に自分の石を見た。
「そうだ、これで何とかなるかも…」
もし何も分からなかったら無駄にパワーを消費する事にはなる。
が、可能性が0ではない以上、これに賭けてみるべきだ。
石を失くしたのなら、と、それに関する記憶を必死に手繰り寄せる。

「えー、石と一言で言っても色々な種類がありますね」
何を思ったか、上田が突然「石のうんちく」を語り始める。
木村はその行動の意図がまったく読めず、石を探る手を止めてそれを聞いていた。
ふと気付くと、上田の石が淡く光り始めている。
まさかこれも石の力を引き出すためなのだろうか?
「その中でもうちの相方・有田の誕生月にあたる二月の誕生石、紫水晶の事をアメジストと呼びますが、
これはギリシャ神話の酒の神バッカスが純白の石に葡萄酒を注いで生まれた物だと言われており、
古代ローマの美食家たちは、酒酔い防止として食事時には必ずアメジストを身につけていたそうです。
また、このアメジスト、ギリシャ語では"酔わない"という意味であり、
この石は人生における悪酔いを回避してくれるとも言われております。
因みに日本の国石はこのアメジストと同じ水晶、クリスタルだそうです」
言い終え最後のポーズまで完璧に決めると、上田の石が強く光を放つ。

「っ…!」
光が弱くなると、上田は何故か右腕を押さえてうずくまってしまった。
「上田さん!?」
突然苦痛に顔を歪めた上田に木村が驚いて呼びかける。
上田はあまり心配をかけまいと、右手に走る激痛に耐えて何とか笑みを浮かべた。
「や、何でもねえ…それより、お前さっき石落としたんじゃねえか…?」
「え?…あ!」
そういえばさっき鍛冶を避けようとして転倒した際、石がポケットから転がり落ちたのだ。
あの時はそれどころではないと、すっかりと忘れていた記憶が徐々に鮮明になっていく。
しゃがんで床を探すと、机の脚の影に木村の石は転がっていた。
「あった……でも、何で上田さん分かったんすか?」
木村は石を拾い上げ、いまだに腕を押さえたままの上田に訊ねる。
「ああ、これが俺の力。何か、関係のあるうんちく言うとサイコメトリーみたく
相手の記憶を思い出させて写し取れるらしい。
ただ、使うだけでめちゃくちゃ痛い思いするから実はあんま使いたくねえんだけどな」
「…スミマセン」
「いや、お前責めてるわけじゃないからいいって。それより早く鍛冶の奴止めねえと。
有田の能力もそろそろ切れる頃だ」
上田が言うと同時に、有田の石がまた強く光を放った。
見ると、有田の体を光が包み、その姿はみるみるうちに普段の彼に戻っていく。
「いってえ!痛い、痛い痛い!鍛冶、離せって!」
"ムツゴロウ"の時は許容出来ていた痛みも"有田"の状態では我慢出来ないらしく
圧し掛かってくる鍛冶の体をどうにか引き剥がし、這うようにして逃げ出す。
鍛冶は唸りながら意味なく暴れ、机の上の物がまたいくつか落ちた。
「おう、有田…ご苦労さん」
「ああ、うん…。うっわー痛ってぇ…あいつマジで容赦ねえじゃん」
「そりゃそうだろ。自分の意思で動いてんじゃないんだろうし」
お互いだいぶ力を使ったためか、疲れた口調で会話を交わす。

一方木村は、石はあるものの自分の能力が分からないため、どうしていいか分からず困惑した。
そんな様子に気付き、上田が声を掛ける。
「後はお前に任せるしかないから」
「いや、でも俺自分の石にどんな力があるかとか全然知らないんですよ。
どうすれば鍛冶を元に戻せるかも分かんねえし」
「お前がそんな弱気でどうすんだよ。他にもう出来る事なんて…」
真剣な表情でこの場を託され、らしくない弱気な発言をする木村を上田が諭し始めた時。


「あのー、ちょっといいですか?」

四人しかいない筈の部屋に、その中の誰の物でもない声が響いた。



538 名前:518 ◆IpnDfUNcJo  メェル:sage 投稿日:04/09/11 19:35:18
 とりあえず今日はここまで。 
  
 鍛冶輝光(さくらんぼブービー) 
  
 石・・・・オニキス【和名:黒瑪瑙】(眠っている本能を覚醒させる石。運動能力を向上させる。) 
 能力・・・・数分(長くて十分程度)の間、野獣並の身体能力を手に入れることができる。 
 条件・・・・相方・木村の「あれ、鍛冶くんじゃない?」に対する「うん!」という言葉が覚醒のキーワード。 
 一度力が発動すると、体力の限界に達するまで自分では力を制御できなくなる。 
 また、理性をほとんど失うため、他人の言葉も聞こえないと言うか理解できなくなり、説得などは出来ない。 
 それに敵味方の区別もつかなくなる。 
  
 (残りの条件は最後の方のシーンに関わるため、後程表記します)

 [くりぃむしちゅー 能力]