故意の空騒ぎ II・てんかいはきゅうげきに


158 : ◆LHkv7KNmOw :2006/02/11(土) 23:12:18 

ついカッコつけて廊下に飛び出したものの…。 
さて、何処に行けば良いのか。 
宮迫は楽屋の前で腕を組んだ。 
後ろでは蛍原が「どうするの?」と期待に満ちた表情で立っている。 
(まずは、人に聞くのが妥当か) 
とりあえず頭の中に浮かんだのは、今日同じ番組で共演した芸人達。 
その中でも真っ先に浮かんだ男に会いに行くため、歩みを早めた。 


「蛍原さんの携帯ですか?」 
丁度着替えている途中だったのかDonDokoDon山口は随分素っ頓狂な格好をしていた。 

「あ、持ってますよ」 
意外な返答。 
にこやかに言う山口と対照的に、雨上がりの二人は目を丸くした。 
山口はテーブルの上に置いてあった小さな携帯をヒョイと持ち上げ、差し出した。 
蛍原は山口と携帯を交互に見比べると、やっと口を開いた。 
「え、え?何でぐっさん持っとんの。まさか…」 
盗人扱いされると感づいたのか、慌てて山口が「違いますよ!」と手を振った。 
「置き忘れてたんじゃないですか、蛍原さんが!」 

一瞬の沈黙。 
「置き忘れた〜?はぁ、なーんやアホらし。」 
不謹慎だが、ちょっとした“事件”を期待していなかったと言えば嘘になる。 
宮迫はどこか残念そうに頭を掻きながら肩を落とした。 
溜息を吐き、時折肩越しに蛍原に厳しい視線を向ける。 
ちくちくと刺さるような錯覚を頭を揺らして振り払い、 
携帯を受け取ろうと手を伸ばした。 
その時、 

「ぁあー!無い!」 
蛍原の金切り声が廊下中に響き渡った。 
宮迫と山口もそのいきなりの大音量にビクッと肩を竦め、耳を塞いだ。 
能力を使ったわけでもないのに、耳の奥できーん、と音がする。 
「これ、これ見て!」 
宮迫の眼前に携帯を突き出す。 
その携帯に付けられているストラップ用の細い紐。 
その先に取り付けられていた筈の石が、無かった。 
よく見ると紐は途中で引きちぎられたような跡がある。 
視線が、今度は山口に向けられた。 
あ〜あ、と山口は再び眉を下げる。 

「ぐっさーん。」 
と、蛍原が詰め寄る。 
「だから、違いますって!」 
山口はうんざりした様子で手を挙げ、後ろに下がる。 
その後ろで何処ぞの探偵のように顎に手を当て、宮迫が神妙な顔をする。 
「ぐっさん、ちょっとその携帯…何処で見つけたん?」 




「一階のトイレですよ」 
「ちょお待てって。俺今日一階のトイレ行ってへんぞ?」 
「おーおー怪しいな。…何かおもろい事になりそうや」 
にやり、と宮迫は口端をつり上げる。 

石を手に入れたのは良いが、自分たちの周りではまだ何も起こっていない。 
毎日戦っていて生傷の絶えない者すら居るというのに、 
自分には特に生活で変わったことがないのだ。 
せっかく石を拾ったんだ。 
ちょっと位この平和が乱れないものか、と今思えば何とも馬鹿な事を考えていた。 
誰かが蛍原の携帯を盗み、石だけを引きちぎって携帯の本体はトイレに置いていった。 
と思って良いだろう。 

「じゃあ蛍原、この近くに自分の石の気配は感じんか?」 
その言葉に応えるため蛍原は固く目を閉じ、う〜ん、と集中し始める。 
宮迫も山口も息を殺して、瞬きもせずに目を凝らした。 
不意に、蛍原が「んっ?」と上ずった声を上げた。 
目を閉じたままキョロキョロと小動物のように辺りを見渡す。 
その動きに合わせて二人の目も動く。 
「…ん〜?」 
眉を寄せて、ゆっくりとした歩調で歩き出した。 

「宮迫さ…」「しっ、」 
静かに、と口元に人差し指を当てる。 
身体は微動だにせず、首から上を動かして目線で蛍原を追った。 
相変わらず蛍原は唸りながら少しだけ上体を屈めて歩いている。 
目を瞑っているからゴミ箱に足を引っ掛け、壁に頭をぶつけたりしていた。 
その度に宮迫と山口は目を細めた。 




蛍原が曲がり角に差し掛かり、二人の視界から消えた。 
顔を見合わし無言の合図をする。 
慌ててその後を追いかけた。 

どんっ 

「うおっ」「あだっ」「わあっ」 
丁度曲がりきった所で、三者三様の短い悲鳴が上がった。 
角を曲がって直ぐの所で立ち止まっていた蛍原の背中に、勢いよく走ってきた宮迫が、 
更にその後ろに芸人にしてはがっしりした体型の山口が立て続けにぶつかったものだから、 
一番前の蛍原は吹っ飛ばされるように前方に転んだ。 
その上に宮迫が重なって倒れ込む。 
下で「うぐっ」、とくぐもった声が聞こえた。 

「痛ったい!何すんねん!」 
「や、やかましいわ。もっと前におる思ったんや!」 
蛍原の頭に強かに打ち付けた顎をさすりながら、宮迫が怒鳴る。 
「どうしてこんな所で?」 
全くダメージのない山口は二人の前にしゃがみ込み、冷静に尋ねた。 
その言葉にはっと我に返り、蛍原が言った。 
「そ、そう。向こう!向こうの方から俺の石の気配が…!」 
未だ宮迫の下敷きになったまま、前方を指差す。 
三人の視線が同じ方に向けられた。 
廊下の向こう側で、スタッフと思われる男が歩いているのが見えた。 

その懐で、自らの石のものと思われる光が、きらりと漏れたのを、 
蛍原は見逃さなかった。 
「あ、あいつ!俺の石持っとる!」 
声を張り上げると、そのスタッフは蛍原に気付いたのか、 
顔を見るなり血相を変えて逃げ出した。 
「決定的、やな。」 
「追いかけましょう!」 
いつの間にか立ち上がっている宮迫と、山口が走り出す。 
待たんかーい!とお約束の一声。 
蛍原もようやく起きあがり、ばたばたと後を追っていった。 

距離は一向に縮まらない。 
自分たちよりはるかに若いスタッフは、軽い身のこなしで廊下を駆け抜けていった。 
三十代後半に差し掛かった雨上がりの二人や、体の大きな山口はなかなか追いつくことが出来ない。 
(やばっ、逃げられる…!) 
そんな思いが頭を過ぎった、その時――― 

あっ、とスタッフが声を上げた。 
前から歩いてきたのは、ガレッジセールのゴリこと照屋年之と、相方の川田広樹。 
こちらも山口と同じコント用の派手な服とメイクだった。 
全速力とも言えるスピードで走ってくる宮迫たちに驚いた二人は立ち止まり、 
何だ何だ?と壁際に避けた。 
「ゴリ、川田!そいつっ、そいつ捕まえろ!」 
宮迫は二人に向け大声で叫んだ。 
「はい?」 
「そいつ通すな言うてんねん!」 
そいつ、とは。 
今こっちに走ってきているスタッフの事だろうか。 
訳が分からないが、先程の必死な声を聞くとただ事ではなさそうだ。 

「……おりゃあっ!」 
本能的だろうか。 
すっかりお馴染みとなったピンクのひらひらのミニスカートをなびかせながら照屋が助走を付け、飛んだ。 
照屋の華麗なドロップキックを正面から見事に食らった男は、 
廊下を二メートルほど転げ、動かなくなった。