故意の空騒ぎ III・はしれいいとしこいたおとなたち


526 : ◆LHkv7KNmOw :2006/04/22(土) 21:05:52 

「殺したのか?」 
「ま、まさか。」 
川田のとぼけた声に我に返ったのか、照屋は“しまった”と頭を抱えた。 
「あのー、何かすみません!大丈夫っすか?」 
一歩一歩歩く度に、大きな飴玉のような飾りの付いたゴムで纏めた金色の髪(ヅラ)が 
フワフワと揺れる。対して、カメラの前でキャラに成りきっているときよりも1オクターブ低い地声が 
滑稽さをより醸し出している。 
そんな照屋の格好の所為でこの場に緊張感というものは漂っていない。 
死んだように動かない男を見て、照屋は少し心配になった。 
「そんな、ちょっと蹴っただけで大げさな…」 
「(“ちょっと”って…)」 
川田が心の中で小さく毒づいた。 
野生児のようなキャラクターゆえ、普段から身体を張った仕事が多い彼にとって、 
頸椎を直撃する跳び蹴りがどれだけ身体に応えるものであるか分かる筈なのだが…。 
「あの、ちょっと」 


しゃがみ込んで揺り起こそうとすると、目の前に宮迫、蛍原、山口の足下が見えた。 
三者三様に肩で息をし、呼吸を整えながら顔を上げる。 
蛍原が安堵の溜息を漏らした。 
気絶したスタッフのベストのポケットに手を突っ込み、何かを漁っているようだ。 
そんな様子をぽかんと見つめ、 
「……?」 
照屋と川田は顔を見合わせて首を捻った。 

「何やってんすか」と川田が声を掛けようとしたその時、 
今までピクリとも動かなかったスタッフが、起きあがった。 
蛍原が「わっ!」と叫び、後ろへ飛び退いた。 
その拍子にせっかく取り戻した石を落としてしまった。 
丸い石はカラカラと床を転がっていく。 

一同は目を丸くして男を見た。 
照屋の蹴りを食らった直後にあそこまで動けることはまず考えられない。 
男の顔からは先程まであった“必死さ”が感じられなかった。 
その目の色が先程と違っていることを考慮すると、多分その男は一度気を失ったものの、 
黒い欠片に身体の運動神経のみ操られているのだろう。 
つまりまあ、こういうことだ。黒い欠片は、使い道様々な万能薬で、とっても厄介なやつなのだ。 


無機質な声で彼は言った。 
「………あとはたのむ………」 
と、周りの“空気”が変わったのが分かった。 
気付いた時には先程まで普通に仕事をしていたADも、重そうな書類を抱えていたスタッフも、 
あっという間に彼らの周りを取り囲むまでに集まっていたのだ。 

じりじりと壁の隅に追いつめられる。 
「え?え?何何何!?」 
「まさか、こいつら全員…」 
「えーと…?1,2,3,4,5,…、うわ、むっちゃおるやん」 
「蛍原、石は?」 
「どこ?」 
「あ、あそこや!」 

スタッフ達の足の間から微かに見える、床に転がっている青い石を指差す。 
と、一人がそれをさっと拾い上げ、非常ドアから外へと出て行ってしまった。 
「待てえ!」 

「蛍原さん、俺に任せてください!」 
言うが速く、照屋は踵を返した。 
大した事情も知らないが、どうやら先輩達が困っている、ということは理解できたようだ。 
ダンスで身につけたしなやかな身のこなしで人の波を軽くかわし、追いかけていく。 
川田も照屋の後に続いて走っていった。 

「二人ともあのカッコで外出て行きよったで。…絵的にアカンやろ?」 
「そんなんどうでもええから。それよりも…」 
宮迫はくるりと辺りを見渡した。明るい廊下に妙な静けさと緊張感が漂う。 
ゾンビのような生気のないスタッフ達が次々と歩み寄ってくる。 
(怖ぁ…) 
キョロキョロと辺りを見渡しても“ボスキャラ”らしき者は見あたらない。 

「ご、ごめんな?二人とも」 
蛍原が小さく手を合わせる。 

「いやいや、僕は平気ですよ」 
「俺も」 
白い歯を見せニコリと笑う山口と対照的に、宮迫は面倒くさそうな表情を露わにする。 
そしてポケットから煙草を取り出して火を付け、 
「こんな即席戦闘員仕向けよって。鬱陶しいったらないわなぁ」 
と、呟くのだった。 
「さて、と。ぐっさん、俺らの“仕事”を楽しくさせてくれるか?」 
「任しといてください!ぐっさんオンステージの始まり始まり〜っ」 
山口は煌びやかなラメが散りばめられた衣装をピッと整えると足を交差させてお辞儀した。 
周りが暗転し、一筋のスポットライトが小さなステージの上に立った山口の姿を照らし出す。 
一体どこから出てくるのか、バラエティ番組用の大量の紙吹雪が視界を覆った。