43 : ◆LHkv7KNmOw :2006/01/23(月) 10:27:37
今日は晴れ。絶好の釣り日和だ。白も黒も、石のことは今日は忘れて、楽しもう。
と言うことで。
「矢部くーん、釣れたぁ?」
「うーん、まだ」
何人かの芸人仲間を誘って、釣り堀にやって来たカラテカ矢部と相方の入江。
二人以外にも石の能力者は何人かいるが、誰も「石」なんて単語を出してこない。
くだらない日常会話に笑いあいながら、幸せな時間を過ごす。
浮きはぷかぷかとゆったり上下しているだけで、魚は一向に掛からない。
餌が悪いんだ、きっと。などと思ってたが、周りの芸人たちは、次々と魚を釣り上げて大漁のようだ。
「えー、嘘でしょー…?」
情けなく眉をハの字に顰めて、もう一度竿を握り直した。坊主頭には紫外線が痛くて堪らない。
すこしでも暑さから逃れようと鞄から帽子を取り出し、きゅっと深く被る。
「えっ、矢部くん、今時麦わら帽子って…え〜…?」
入江が笑いを含んだ口調で矢部の隣にしゃがみ込む。矢部はむっとした表情で帽子のつばを上げた。
太陽の光が目に入ったのか、何度も瞬きをしている。
「麦わらを馬鹿にしないでよ。凄いよコレ、涼しいんだから」
「まあ、もやしっ子にはそれくらい無いとなぁ」
その言葉に、矢部は黙り込む。当たっているから何も言い返せないのだ。
体重39キロの、アンガールズにも劣らない細い身体は、
長い間外に放っておくと、あっという間に蒸発してしまいそうだ。
入江が、これも使えと日傘をクーラーボックスに立て掛けた。
「……掛かれよぉ」
いつの間にか真上に昇り、さんさんと照りつける太陽が眩しくて堪らない。
「…お客さんのハートを釣ってるみたいだな…」
「はは、言えてら」
どこかで聞いたような台詞に入江が乾いた笑い声を上げる。
そのまま、何も起こることはなく、穏やかな時間だけが過ぎていく。
暇つぶしにお菓子をつまんだり、ネタ合わせしてみたり、ツバメの巣作りを観察したり。
「矢部さん、そんなにツバメが珍しい?」
じっとツバメを見つめたままの矢部に一人の後輩が声を掛けると、矢部は首を縦に振り、笑って言った。
「うん、“子供が生まれるのが楽しみ”だって」
後輩は、ふーん?と首を傾げた。
そして一時間ほど経った、その時…
「あっ、矢部さん!引いてる、引いてる!」
誰かが慌ただしい声を上げ、手招きをすると、一本の釣り竿の前に何人もの人が集まってくる。
「よぉし…絶対釣るぞ〜…!」
矢部は麦わら帽子を脱ぎ、腕捲りをして釣り竿を掴んだ。力を込めるが、一向に魚の姿は見えない。
隣から後輩たちや入江が手伝うように竿に手を添える。
一瞬だった。どんな大物かと思いきや、釣れたのは一匹の小魚。
「う…うっそでしょ〜矢部く〜ん…!」
あまりの非力さにすっかり脱力する入江。
ああ、そう言えばこいつは、ワカサギ釣りに行った時も、満足に氷に穴すら開けられなかったなあ。
「ご、ごめんごめん。でもさ、やっと釣れたから、バケツ持ってきて…よ…、…?」
突然矢部の表情が強ばる。その視線は今釣ったばかりの小魚へ…。
『助けて、助けてよ〜…殺さないでよぉ〜』
矢部にだけ聞こえる声で、小魚は言う。
「こっ…!殺すなって…言われても…」
「…ヤベタロー、どうした?」
周りの後輩たちが珍しいものでも見るかのような目で矢部を見つめた。
その時、入江が魚のたくさん入ったバケツを抱えてやってくる。それを矢部の目の前にどん、と置いた。
矢部の顔が少し引きつった。魚の声が、耳に響く。
『後生だから、逃がしてくれー!』
『私のお腹には赤ちゃんが居るのよ…子供を産ませてよ…』
『畜生、彼女に手を出すな、俺から先に殺せ!』
『うう、済まない、父さんを許してくれ…』
『いたい、いたいよう…』
『お母さ〜ん…』
「うわーっ!!こんなの生き地獄だぁあーっ!!」
急に頭を抱えて騒ぎ出す矢部に、周りはぎょっと目を見開いた。
「入江くん、逃がしてやってよ〜!!」
「逃がすったって、ここ釣り堀だぞ!?てゆうか何で泣いてんの?」
それでも矢部は「逃がして」と懇願し続けた。入江は訳が分からなかったが、泣かれてしまっては仕方がない。
渋々魚を池に戻した。散り散りになって泳いでいく魚を、あ〜ぁ、といった顔で見送る芸人たち。
只一人、矢部太郎だけは笑いながら手を振っていたが。
「お礼なんて、いいよぉ〜、へへへ…」
あー、ちょっとイタい人だなあ、矢部さんて。
という声が聞こえたけれど気にはしなかった。
この日から、矢部が暫く魚料理を食べられなくなったのは、言うまでも無いかも知れない。
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47 : ◆LHkv7KNmOw :2006/01/23(月) 10:36:57
矢部 太郎(カラテカ)
石 …パープルジルコン【石言葉は”おしゃべり”】
能力…知性を持つ生物(外国人はもちろん動物や鳥、虫など)と会話ができる。
ただ、相手が日本語を喋り出したり矢部が相手側の言語を用いだすのではなく
石が言葉や仕草を翻訳して互いの意識に伝達する形になっているので、
まわりからは危険な人に見えるw
条件…人間以外の相手に能力を使った場合、後遺症で十分〜二十分ほど
相手の性質が移って抜けなくなる。
(犬だったら臭いをやたら気にしだし、蛇なら寒い所で動けなくなる)
以上です。本編と殆ど関係ないので番外編と言うことで…
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