君に捧げる青い春


37 : ◆L2gLDbsqeY :2006/08/29(火) 21:59:29 

「…井上さん」 
「しゃべっとらんと手ぇ動かしぃ」 
「いや、あのすいません、これ途中で終わらせてくれませんかね?」 
川島の手にはゲーム機のコントローラー 。
目の前にあるテレビの画面には2次元のキャラクターが肉弾戦を繰り広げている。 
たまに、手から炎が出たり竜巻が起こったりするのは 
ここ数ヶ月間自分の目の前で似たようなことが起こってるなというのをどこかでぼんやり思った。 

「そうやな、お前が俺を超えたら終わらせたるわ」 
「無理です、井上さん強すぎます」 
「何やの、お前最近付き合い悪いから絶対自宅でゲーム特訓しとるもんやと思ってたのに… 
むしろ前より弱くなっとるやん」 
「まぁ、最近別件で忙しくって…ろくにゲームも触れてなかったんで」 
「だから、俺が今ここでその弛んだゲーム根性叩きなおしたる」 
「それって叩きなおすものですか?」 
苦笑を浮かべながら川島は先ほど井上から課せられた、
対コンピューター100人抜きの37人目の対戦相手に必殺技をくらわせた。 
「そういや、河本もぼやいとったわ。『最近みんな付き合い悪ぅなって飲み会誘っても誰ものってこん』て」 
「そう、ですか」 
「何なん?そういうの最近流行ってるん?」 
その質問に対して川島は曖昧に笑って返すしかできなかった。 

次長課長の井上は彼らがまだ大阪にいた頃大変世話になった人物である。 
相方である田村の次に川島に声をかけてくれて極度の人見知りであった川島を変えてくれた大きな要因だ。 
以前は仕事で東京に来た際には、ほぼ毎回といっていい程井上とこういったゲームで遊んでいた。 
しかし、黒水晶を手にして以来、黒ユニットの芸人に幾度となく襲われ 
否が応にも戦いに巻き込まれる事となって彼らの周りの環境は一変した。 
どうやら思っていた以上に「石」は芸人の間に広がっているらしいが 
幸いにもこの先輩はまだ石を持っていないらしい。 
こんな無意味な戦いに自分にとって大切な人達を巻き込みたくない。 
だからしばらく相方である田村にも「石」の事は語らなかった。 
しかし、その相方も石の力に目覚め「一緒に戦う」と力強く言ったのはつい最近の事だ。 
だが、一方で川島は考えていた。 
田村の石が完全に覚醒した今ならその力を封印できるのではないかと。 
今からでも遅くない、戦うのだけは自分だけでいい。 
あまつさえ田村の石を覚醒させるに至ってしまった自分に少し憤りさえ感じていた。 

そんな中東京での仕事を終えた麒麟の楽屋前に突然現れた井上に驚いていると 
「川島、ちょっと来い」の一言を投げかけられた 
ついていった先は久々に訪れた井上の自宅。 
そして自分もまだ購入していないゲームでいきなり100人抜きという課題を与えられ現在に至るという。 
いくら突拍子もない言動をする井上の事とはいえ、いきなりすぎないか… 
そんな事を思い返しながら、慣れないキャラを動かしていると急に目の前の画面が一時停止した。 
ゲームを停止させた張本人、井上は頭をかきながら目を泳がせながら何かぶつぶつ呟いた後、
川島の方に向き直った。 
「川島お前や、昔っから厄介ごと一人で抱え込むんクセやな」 
「えっ?」 
「別にそれが絶対にアカンって言っとる訳やないけどや… 
お前が思っとる以上にお前の事心配してる奴おるんやから…」 
「心配…俺なんかの…ですか?」 
「なんかとか言うなや。お前いっつもそうやって自分卑下して…今後そういう態度禁止!これは先輩命令や」 
「いや、これはまぁ、性格上の問題なんで…まぁ極力改善していくようにはしていきますよ」 
「じゃあ、今ここでお前が何を抱え込んで悩んでるんかをさぁ、言え、今すぐ言え」 
「今すぐって、何ですか?刑事と犯人のコントやないんですから」 
笑いながらも内心川島は焦っていた。 
妙な所で勘のいい井上に誤魔化しがきくだろうか。 
だからといって正直に全てを話すという事もできるはずがない。 
川島が思考の海に沈みかけた時だった。 

「石…の事?」 

井上の口からその単語が飛び出た瞬間川島は自分の心臓が一際はねたのを感じた。 
心臓の脈打つ音が耳元で大きく聞こえる。 
石の噂が芸人の間で広まっているならそれが井上の耳に入っていてもおかしくはない。 
だが、川島に対して石の事を切り出すという事はすなわち少なからずとも川島の現状を把握した上での事。 
川島はポケットに忍ばせている黒水晶を握る。 
だが黒水晶は共鳴すらもせずひたすら沈黙を守っている。 

石を持っていない、しかし黒い欠片に操られている気配すらない。 
「どうして、いきなりそんな事聞いてきはるんですか?」 
一気に乾いた喉から出る声は弱冠かすれてはいたが、極力平静を川島は装った。 
「どうしてって、どうしても川島が何もいわんかったらこう言えって田村が…」 
「は?田村?」 
「あー、そういや俺の名前は出さんで下さいーみたいな事言うとったな… 
でも、もう言うてもうたし…別にえぇか」 
井上の口から飛び出た田村の名前に先ほどまでの井上の行動に合点がいき 
一気に緊張感がとけ笑いがもれてしまう。 
「ははっ、はははっ…あー、そういう事ですか…アイツに頼まれたんですか?」 
「まぁ…川島が元気ないから励ましたってくれって…」 
「やっぱりな…すいません井上さん。いらん迷惑かけて。」 
「迷惑とかこっちは思ってへんよ。俺かて最近お前の様子おかしいとは思っとったし… 
何とかしたいとも思ってたんはあったし」 
「ほんま下らん事先輩に頼むなやアイツ」 
ぼそっとつぶやいた川島の一言に井上は叫んだ。 
「下らん事ちゃうわ。田村はお前の事本気で心配しとったんやで!」 
突然の剣幕に川島は言葉を失う。 

「なぁ、相方ってのは何でも話せて、心から信頼しあって、 
どんな時でもお互いの事を気遣って支えあう存在ちゃうん? 
俺にとってはそれは河本で、川島にとってのそういった存在が田村やろ?」 
そんな井上の言葉にいつだか田村のいった言葉が蘇る。 

『俺ら二人で麒麟やろ!』 

「信頼…」 
川島の脳裏に二人で戦った時の記憶が蘇る。 
何も言わなかったのにお互いわかりあえて、 
ただ側にいただけなのにどこか心強かった。 
一人の時には感じなかった安心感。 
どこかでわかっていたはずなのに気づこうとしなかった。 
それを気づかせてくれたのは目の前の先輩の言葉。 
川島は改めて井上の何気ない偉大さを思い知った。 

「とにかく俺が言いたいんは、もっと田村とか俺とかbaseの奴らとか、 
そういった人らを頼っても全然構わへんねんで」 
「いいんですか?頼ったりして」 
「おう、いつでも大歓迎や」 
「ありがとうございます。」 
川島のそのセリフは目の前にいる先輩に対してそして、 
おせっかいにも余計な気を回してくれた相方に対しても 
心の中で同様の言葉を投げかけた。 
そう言っただけで川島は自分の中の渇いていたものが急速に潤っていくのを感じた。 

「井上さん」 
「ん?」 
「今はまだ、何も言えません…でも、全部終わったら必ずなんもかも話します」 
「それって、いつになるん?」 
「そうですね…ちょっと前まではまだかなりの時間がかかる思ってましたけどでもこれからは相方を、 
田村の事を頼るんでそんな遠い事やありません。」 
今までは先の見えない戦いだったはずなのにどこかそんな事を思えるようになった。 
「ほっか…川島、お前さっきよりえー顔しとるで」 
「井上さんのおかげです。いつか、全部終わったら話しますからそれまで待っててください」 
いつか全部、黒や白の争いがなくなりこの戦いが終わった後 
全てが笑い話で話せる時が来ることを信じているから、その時に全て。 

「ところで井上さん、俺明日、朝一番の新幹線で大阪帰らなあかんのですよ。 
やからもう帰ってええですかね?」 
「川島、お前下段の攻撃に甘いねん、ほら」 
「えっ?途中乱入?!てか終わらせてくれないんですか?」 

しかし戦いの波は容赦なく全てを飲み込んでいく。 
その波が井上を巻き込んでいく事をこの時の川島はまだ知らない。 

44 : ◆L2gLDbsqeY :2006/08/29(火) 22:20:39
以上です。
時期的には麒麟の田村が石の力に目覚めた直後
まだ井上が石を手にしていない頃の話です。
 [麒麟 能力]
 [次長課長 能力]