遅れてきた青年 [2]


646 名前:「遅れてきた青年」 ◆5X5G3Ls6lg  メェル:sage 投稿日:05/02/06 18:20:45 

高橋は、冷蔵庫の中から糠床の入ったタッパーを取り出した。
外からは、雨だれの音が聞こえてくる。
糠床をかき混ぜるのは、高橋の夜の日課だ。
糠を丹精込めてかき混ぜていると指先に何か硬い感触のものが当たった。
小石のようだ。
勝手に釘を入れるのをやめろといったから父はこんなものを入れたのだろうか。
高橋にとって、糠床は大事な一人娘、
その中の茄子やきゅうりは目に入れても痛くない孫のようなものだ。
そんなところにこんなどこの馬の骨ともわからない石をいれるなんて。
全くガキじゃあるまいしと腹を立てる。
窓から捨ててやろうと思いその前に手を洗うついでに石も洗った。
黒っぽい小さな丸っこい石。
その辺に落ちていたにしては、表面が磨きこまれたようにつるつるしている。
ひょっとしたら、父が釘のお詫びにと糠漬にいいからわざと入れた糠漬グッズの一種なのかもしれない。
そう思って高橋はその小石を取っておいた。
翌日父に聞くと自分が入れたものではないといった。
−ひょっとしたら、あれなのかもしれない。
高橋は、その日石を持って出かけた。



その日はアンジャッシュの番組に呼ばれていた。
番組の収録までの待ち時間に高橋は今野に何気ない風を装い声をかけた。
「トイレ一緒にいこうよ」
「なんでだよ」
そういいながらも今野は素直についてきた。
トイレに着くと今野は、こっち来てといいながらトイレの隅へと高橋を呼んだ。
今野は、あたりをうかがってからポケットから石を取り出した。
「これ」
「お前もかよ」
そういいながら高橋もポケットから石を取り出す。
「犬の散歩してたときに拾ったんだよ」
「犬がウンコしたところに落ちてたんだろ」
「離れてたよ」
「それはいいけど、これってあれだよなあ」
「あの話って本当なのかよ?嘘くせえ」
二人も以前聞いたことがある芸人の間で出回っているという石の話。
高橋が口を開こうとしたとき、水を流す音がして二つあるうちの一つの個室のドアが開いた。
児嶋だ。
思わず石を隠そうとする二人にいいからいいからと言いながら、顔の前で手を振っている。
うんざりしたという表情だ。
「お前らのところにも回ってきてたのかよ。JCA生まで全員持ってんじゃねえの」
また、水を流す音がした。
「おい、冗談になってねえぞ」
もう一つの個室からため息をつきながら渡部が出てきた。


一体いつから二人は個室の中にいたのか、
そう聞こうと高橋がまた口を開きかけると渡部が洗った手をペーパータオルで拭きながら話し出した。
「お前ら石の噂はきいたことあるよな?」
そして手短にこの不思議な石をめぐる話をした。
もちろん矢作の話も。
「どうして今まで話してくれなかったんですか」
しかし、高橋も今野も事務所内を包む不穏な空気には気づいていた。
そして皆がなぜか二人を避けるような態度をとっている事にも。
普通に接してくれたのはCUBEの二人ぐらいだ。
渡部と児嶋は二人に協力を求めていた。
白ユニットに入って石の封印に協力しろというのではない、ただ矢作の事だけには協力して欲しいと。
二人とも矢作の異変には気づいていた。
仕事の疲れがたまっているのだろうかと心配してはいたのだが。
「もちろん協力しますよ」
空気を読まない現代っ子キャラが売りの今野も神妙な顔でうなずいている。
「ところでお前ら自分の石の力がなにかわかったのか」
渡部が真剣な表情を崩さないまま聞く。
「まだです。だって昨日手に入れたばかりですよ」
「まあ、児嶋も時間かかったしな」
渡部はちらっと児嶋を見た。
「人によるんだよ。ちょっとしたきっかけで使えるようになったりするよ。
 まあ、コントをやってみるのもいいかもしれないな。
 アンガールズの山根君なんかコントをやると使えるんだよな」


その夜高橋は、自室の整理ダンス相手に不毛なツッコミをつづけていた。
自分の馬鹿馬鹿しい行動に嫌気がさし、ごろんと布団の上に寝転がった。

―やっぱりライオンに噛み殺されたい人、はまずいよな

そう思いながらもう一度タンス相手にコントを開始しようとすると、机の上に置いた携帯が鳴り出した。
今野からだった。
今野は興奮した声で話しだした。


「ぼーっとしてんじゃねえよ」
そういいながら、今野は高橋に缶コーヒーを差し出した。
いつのまにか、部屋の中に皆が戻ってきていた。
雨ももう止んだようだ。
「これ、おごり?」
「さっさと飲めよ。そろそろ俺らの番だぞ」
「・・・サンキュー」
高橋は、まだぼんやりとした頭の中で石の事を考えなが缶を開けた。

―結局俺の力って

缶を口に持っていこうとすると後ろから急に肩をたたかれた。
びっくりして、コーヒーをこぼしそうになる。
「がんばれよ、遅れてきた青年」
児嶋がにやっと笑って言った。