遅れてきた青年 [3]


35 名前:「遅れてきた青年」 ◆5X5G3Ls6lg   投稿日:05/02/13 18:40:31 

高橋が駅から出ると既に路面は乾いていた。
もう外は真っ暗だ。
高橋は大きくため息をついた。
石が手元にきてからもう一週間ぐらい経つ。
今の自分はいつ爆発するか分からない爆弾を抱えているようなものだ。
もし、人前で力を使ってしまったら。
それだけならまだいいが、誰かを傷つけたり、殺してしまうかもしれない。
一体自分はどうすればいいのか。
石の力が使えない事、最近の事務所内の雰囲気、矢作の事、
そして先ほど駅の立ち食いそばを食べたときに七味のふたが取れて
そばの上に七味が山盛りになってしまった事、そのすべてが高橋を苛立たせた。
飲めない酒でも飲みたい気分だが、飲み屋の雰囲気は嫌いだし、
そもそも人の多い場所にいく気がしない。
家へ向かう途中にあるコンビニでビールを買い込み、家路へと急ぐ。


ふと、小さな公園の街灯が目に入った。
小学生の頃よく遊んでいた公園にポツリとともった灯。
高橋は吸い寄せられるように公園の中に入り、街灯の下のベンチに腰掛けた。
何もすることがないので、ビールを一缶開けて飲む。
吐く息が白い。胃が冷たくなって体が震えた。
−ひょっとしてこの石には、力なんか無いのかもしれない。
高橋はお守りに入った石に触れながらそう思った。
今野や渡部たちに比べて、自分の様に地味で華のない石。
高橋はもう一口ビールを飲んだ。
このお守りは大学受験の時に母が買ってきてくれたものだ。
結局受験には失敗してそのまま引き出しに放り込んでおいたものを
何か石を入れるのに手ごろなものは無いかと探していた時に見つけたのだ。
浪人したとはいえ合格はしたのだし縁起が悪いという事も無いだろうと思ったのだ。
何より、石を持ち歩くのに今野とおそろいの携帯ストラップにするのも
薄気味が悪いし、ファンにすら煮しめた様なTシャツを着ているといわれる自分が
渡部達の様にアクセサリーにするのも抵抗があった。
−お守りっていらなくなったら神社に持ってくんだっけ…
 この季節に夜の公園でビールを飲むのは無理があったようだ。
薄着のせいだろうか、高橋の手が冷たい、足が冷たい、
なんだか腹も痛くなってきた様な気がする。
もう帰るか、そう思い飲み残したビールを近くの木の根元にかけた。
−小学生の頃この木の陰に秘密基地とかいって拾ったエロ本隠してたよな…
高橋が懐かしい思い出に耽っていると胸元のお守りがぼんやりと光りだした。

それは淡い光だが、Tシャツと上着を通り抜けて溢れてきている。
石は黒いのに温かみを帯びた白熱灯のような色の光だ。
高橋が、あわてて服の下から石を取り出そうとすると
視界の端で木がざわめいている様な気がした。
石から目を離し目の前の木を見ると一瞬その輪郭がブレた。
次の瞬間それは小さな若木になっていた。
あっけにとられつつも高橋はぼそりとつぶやいた。
「コント、関係ないじゃん」
しかしその口角はいつもより上がっていた。
高橋はポケットの中の携帯へ手を伸ばした。

※「ジンジャーエール」に続きます。
 [キングオブコメディ 能力]