Last Saturday[1]


96 :Last Saturday  ◆TCAnOk2vJU :2006/02/02(木) 17:01:57 
 とある土曜日、チュートリアルの二人は関西ローカル番組「せやねん!」の収録のた 
め、朝早く、収録の二時間前から楽屋入りしていた。 
 何故二時間も前に来たかというと、この間の土曜日の収録で二人揃って遅刻してしま 
い、他の出演者たちに怒られたためである。もちろん、この時間に楽屋入りというのは普 
通の感覚で言えば早すぎるので、他のメンバーはまだ一人も来ていない。 
 自分たちの楽屋でめいめい好きなことをしてくつろぎながら、二人は同時にあくびをし 
た。 
「やっぱり、いくらなんでも早すぎたかなぁ」 
「そやな。まだ誰もおらへんしな」 
 福田のため息混じりの言葉に答えながら、徳井はいつものようにズボンのポケットに入 
れている自分の石を取り出した。 
 徳井の持つ石はプリナイトと呼ばれるもの。その透き通ったグリーンの色は、果物のマ 
スカットを連想させる。つい先日徳井はこの石を手に入れ、能力に目覚めたのであった。 
 部屋の光に透かして石を眺めている徳井を見て、福田は再びあきれたようにため息をつ 
いた。 
「ほんまに好きやな、その石」 
「はは、そう見えるか」 
 徳井は笑いながらそう返し、手に持った石をもてあそび始めた。 
 福田はそれをしばらく見つめていたが、自分の鞄の中をごそごそとやりだし、自分も徳 
井が持つのと同じような石を取り出した。色は徳井と同じグリーンだが、白いふが入って 
いてまろやかな肌触りを持つ石である。 

 徳井は福田が石を取り出したのを見て、お、と言った。 
「お前の石な、どんな石かわかったで」 
 え、と言う福田に、徳井は言葉を続けた。徳井はインターネットを駆使して、自分の石 
や福田の石のことも調べてきたらしい。 
「名前はヴァリサイト。物事を冷静に見つめる助けを促すて書いてあった。まあお前には 
ピッタリの石なんちゃうか?」 
「どういう意味やねん。俺、そんなに冷静でないように見えるんか」 
「たまにテンパってる。ツッコミやのにな」 
 徳井がそう言って笑うと、福田はうるさいなぁ、と言いながら、さほど不快ではない様 
子だった。こういうやりとりは二人の間では日常のことである。幼なじみだから、遠慮な 
くこういうことが言い合えるというのもある。そんなやりとりを終えた後、福田は自分の 
石に視線を落とした。 
「そやけど、まだようわからへんなぁ。お前の能力のことも、俺のこの石のことも」 
「まあな。俺も自分の能力は把握したけど、この石が一体何なのかまでは掴めてへん」 
 石はある日突然、二人の元へやってきた。徳井は道端に落ちていたのを拾い、福田は 
ファンからのプレゼントとしてもらったのである。そこから徳井は、二人の楽屋に突然 
襲ってきた男を撃退するのに石の能力を使ったことで、能力に目覚めたのであった。 
 無論、二人とも最初は石を気味悪がった。あの能力を使えたのは現実的に考えて有り得 
ないことであったし、目の前で起きたこととはいえ、とても信じられる話ではなかったか 
らだ。 
 しかし捨てる気だけはしないという、二つの異なる気分に挟まれた末、二人は今もなお 
石を手元に置き続けている。徳井はズボンのポケットに、福田は小さな袋の中に入れて常 
に鞄の中に。徳井はそのせいで、ズボンのポケットの中に手を入れて石を触る癖がついて 
しまったらしい。 

 石の能力に目覚めてから、徳井は自分の石のことについて調べ、また自分で使ってみる 
ことで能力を把握した。彼はどうやら、人の記憶や何かの定義、常識などを自分の思うと 
おりに書き換える力があるようだった。 
 いつだったか飲み会で、とある芸人に冗談を言われ、ズボンのポケットにある石を握り 
締めながら「お前俺のこと、なんも知らんのとちゃうか」と言った瞬間、その芸人は徳井 
に向かって「誰?」と言い出し、他の芸人が徳井のことをどれだけ話しても、全く思い出 
さないという異常な事態が発生したことがある。 
 徳井はこれは石の能力だと思い、もしかしたら彼は一生自分のことを思い出さないので 
はないか、と危惧したが、何時間かするとだんだんと記憶が戻ってきていた。効果はいつ 
までも持続するわけではないということも、ここで分かった。 
 一方相方の福田は、石を持ってはいるものの能力の類を発揮できたことがない。福田は 
それでもいい、と常に言っていた。それにこれはファンからもらったものなのだから、そ 
んな変な魔力が封じ込められているわけがないと。そう何度も何度も語る様子は、まるで 
福田が自分自身に言い聞かせているかのようにも見えた。 
「まあ、別にええんちゃうか。知っても知らんでも、生活に支障はなさそうやし」 
「まあな。今んとこ何も起きてへんしな」 
 それは事実だった。徳井が能力に目覚めたあの時以来、二人の身の回りで変わった事件 
などは起こっていなかった。二人がそう言って、安心するのも当然といえた。 
「……おっと、もうそろそろスタンバイする時間ちゃうか」 
「ほんまやな。ほんなら行こか」 
 いつの間にか時間が過ぎていたことに気づき、二人は腰を上げて楽屋を出て行った。 

 「せやねん!」の収録は無事に終わった。前回の遅刻に突っ込まれることもなかった。 
 二人はそのことに胸をなで下ろしながら、自分たちの楽屋へ戻ろうと廊下を歩いていた 
時だった。 
 共演者の一人・ブラックマヨネーズの小杉が二人の前に現れたのだ。とても慌てている 
様子だったので、気になって徳井は声をかけた。 
「小杉、そんな慌ててどうしたんや?」 
 小杉は徳井と福田に気づき、おう、と言ってから、心配そうな表情を見せた。 
「いや、ちょっと……俺の持ち物がなくなったんや」 
 言葉を濁すような言い方だったので、福田は首を傾げた。 
「持ち物って、何なくしてん?」 
「いや、それがな」 
 とても言いにくそうにしている。いつもの彼からは考えられない態度だったので、徳井 
は少し笑いながら言った。 
「そんなに言いにくいモンて何やねん」 
「ほんまや。お前キョドりすぎやぞ」 
 福田もつられて笑う。小杉はまだ迷っている様子だったが、ついに観念したように言っ 
た。 
「……実はな、育毛剤やねん」 
 その答えを聞いた瞬間、二人は笑いをこらえきれず、ぶっと言って笑い出してしまっ 
た。二人の反応を見て、小杉はやっぱりなと言わんばかりに顔をしかめている。ひとしき 
り笑った後、福田は言った。 
「お前、そんなもんなくすて……やばいんちゃうんか」 
「いや、ほんま冗談やなくてマジでやばいんやって。お前ら知らんか?」 
 そう言って、小杉はとあるメーカーの育毛剤の名前を挙げた。二人はさあ、と首を横に 
振り、小杉はそうか、と肩を落とした。 
「実は吉田も肌に塗るクリームなくしたって言うてんねん。なんかおかしいわ」 
「二人ともなくしたんか? しかもめっちゃ大事なモンやのに」 
 福田が訊くと、ああ、と小杉は頷いた。チュートリアルの二人もさすがに笑うのを止 
め、一緒に探したろか、と申し出た。小杉は助かるわ、と頷き、二人を自分たちの楽屋に 
連れて行った。 

 部屋の中には小杉の相方である吉田がいて、必死な様子で部屋の中をかきまわしてい 
た。小杉が呼びかけると三人の方を振り向き、おう、と手を上げた。 
「どうや吉田、見つかったか?」 
「いや、全然や。鞄の中とか、全部見たんやけど」 
 そうか、と言って小杉は軽くため息をついた。そんな二人の様子を見ていた徳井があっ 
と思い出したように言った。 
「もしかしたら盗まれたんちゃうか?」 
 他の三人はその発言にはっとしたようだったが、すぐに福田がそれはないやろ、と否定 
した。 
「第一、盗む理由が分からへん。財布とかやったらまだしも、育毛剤と肌のクリームやで?」 
「そこなんやけどな。でも、二人とも他の場所に持っていった記憶とかないんやろ?」 
 徳井が訊くと、ブラックマヨネーズの二人は同時に頷いた。 
「ずっと鞄の中に入れてたはずやねん。やから部屋の中を必死に探してたんやけど」 
 ふむ、と徳井だけは納得したような表情を見せる。
他の三人はまだ腑に落ちないといった様子で、首を傾げていた。 
 その時、突然外から声がかかった。 
「おい、小杉、吉田! これお前らのとちゃうんか?」 
 四人はその声に反応し、びくっと楽屋の外の方に振り向いた。そこには共演者の一人で 
あるたむらけんじ、通称たむけんがいつものにやにやとした顔で立っていた。徳井はため 
息をつき、たむらに咎めるような視線を送った。 
「もう、驚かさんといてくださいよたむらさん」 
 たむらはあはは、と気にも留めていない様子で笑った。 
「悪い悪い。それよりこれ、小杉と吉田のモンとちゃうか?」 
 たむらがそう言って手に持ったものを差し出してきた。四人が一斉に注目し、一瞬の後 
にブラマヨの二人はあっと声を上げる。 
「それ! それですわ、俺の!」 
「やっと見つかった、良かったわ……」 
 二人は安堵したようにため息をついて、たむらからそれぞれの持ち物を受け取った。 
「なんか本番が終わってから楽屋に帰ったら、机の上に置いてあってん。こんなん持って 
るのは小杉と吉田やろうなあと思って、ここに持ってきたんやけど」 
「いやぁ、ありがとうございます」 
 こんな物を持っている、とさりげなくからかわれたにも関わらず、小杉と吉田は本当に 
たむらに感謝したような顔をしていた。そのからかいに気づいた徳井と福田は、今更突っ 
込むわけにもいかず傍らで苦笑していた。 
 たむらは二人の嬉しそうな様子を見て、うんうんと頷いた。 
「良かった良かった。ほんならまたな。今日はお疲れさん」 
「あ、はい! ありがとうございました!」 
 慌てたように小杉がそう言って、吉田と同時に頭を下げた。 
「まあ、これで一件落着、か?」 
 福田が言うと、傍らの徳井がそうみたいやな、と頷いた。 
「良かったな二人とも。ほんなら俺らもこれで」 
「おう、ありがとう」 
 吉田が礼を言い、小杉も軽く頷いた。徳井と福田は手を振ってそれに応えた後、ふうと 
ため息をついて、自分たちの楽屋に帰っていった。 


 これが全ての始まり。 
 とある、土曜日の出来事だった。