Last Saturday[4]

294 :Last Saturday  ◆TCAnOk2vJU :2006/02/28(火) 23:41:48

 ブラックマヨネーズの二人が倒れている場所にやって来たのは、なんとたむらけんじだった。思わぬ人物の登場に、チュートリアルの二人はただ驚くばかりである。
「どうしたんですか、こんなとこで」
 徳井がそう尋ねると、ああ、とたむらは笑いながら答えた。
「たまたまや、たまたま。俺さっき店から出てきたばっかりでな。帰ろうと思って歩いてたら、なんかお前らがやばそうやったから」
「え、でもたむらさんの家って、こっちとは反対側の方じゃないですか?」
 福田がすかさず疑問を口にしたが、たむらは笑顔を崩さずに答える。
「ちょっと向こうに寄る所があってん。でも良かったわ、ほんまに間に合って」
 そう言われて、やっとチュートリアルの二人は石を持ち逃げされるところだったと気づいた。はっとして倒れているブラックマヨネーズの二人に目をやると、それぞれの手には徳井と福田の石が握られていた。やはり小杉と吉田はこのまま石を持ち逃げするつもりだったらしい。
「そうそう、石やんな」
 二人の視線の先に気づいたらしく、たむらはゆっくりとしゃがみ、小杉と吉田の手のひらから石を奪った。そして立ち上がり、二人にそれぞれ石を返す。
「えっと、こっちの石が徳井ので、こっちのが福田のやっけ?」
「あー、そうです。ありがとうございます」
 徳井と福田は礼を言いながら、たむらから自身の石を受け取った。たむらはぱんぱんと手をはたき、よっしゃ、と言って笑った。
「これで一件落着やな。うん、だんだんテンション上がってきた」
 最後関係なさそうな言葉を呟いたことにチュートリアルの二人は首を傾げたが、敢えて突っ込まずに別のことをたむらに尋ねた。
「あの、もしかしてこの二人が倒れてるのって、たむらさんがやらはったんですか?」
 たむらはその問いに、おう、と頷いて肯定した。
「能力使ってん。ほら、この石で」
 たむらはそう言って、ポケットから石を取り出した。その石は淡いワインレッドで、決して綺麗とは言えなかったが、石の歩んできた年月を反映しているような、そんな石だった。
 たむらが石を持っていたことも驚いたが、何より二人を一瞬でノックアウトしてしまうような能力を持っていることにも驚いた。

「俺のテンションに合わせて、悪口言った芸人に衝撃を与えるっていう能力やねん。どや、面白いやろ?」
 そうは言われたものの、徳井も福田も今は笑える気分ではなかった。だが一応先輩なので愛想笑いをしておき、そして同時に自分の石に目をやる。
 自分の石は今は冷たくなっており、熱は微塵も感じなかった。石を見て、福田は自分の石が熱くなった時のことを思い出し、徳井にそれを伝えた。その時徳井は吉田の暗示にかかっており、とても福田に構っていられる状態ではなかったからだ。
 徳井はそれを聞き、へえ、と言って軽く首を縦に振った。納得したようなしていないような微妙な反応だったが、今の福田はそれに突っ込む気力もなかった。
 すると、二人の話を聞いていたたむらが、納得したように頷きながら言った。
「へえ、そうか。ほんならお前らも、もう能力使えるようになってんねんな」
「はあ、そうみたいですね。何がどうなって、能力が使えるようになったんかは知りませんけど」
 まだ能力を一回しか使っておらず、能力を把握できていない福田が呟くように言った。それを聞いてからたむらはうんうんと頷き、そういえば、と急に話題を変えた。
「お前ら、この石が一体何なんか知っとるか?」
 たむらの問いに、いえ、と二人とも首を横に振る。この反応は予想通りだったらしく、さほど驚くこともないまま、たむらは納得したように頷いた。
「そらそうやろなぁ。まあ、ええわ。ほんなら……そうやな、近くに知り合いがやってる喫茶店あるから、そこ行こう。俺が説明したるわ」
 そう言って、たむらは二人を連れて行こうとしたが、動かずにその場にいる二人に気づき、なんやねん、と尋ねた。
「いや、この二人、このままここに置いといていいんですか?」
 徳井はそう言って、倒れているブラックマヨネーズの二人を指差した。たむらはああそれか、と言って、顔の前で手を振った。
「心配ないて。さっきの俺のテンションはそんなに高くなかった。すぐ起きてくるやろ」
 チュートリアルの二人はその説明でも納得いかないような様子だったが、たむらは無理やり二人を喫茶店へと連れて行った。

 たむらは喫茶店に着き注文をするなり、石にまつわる話をし始めた。
 最近、お笑い芸人の間でこういった能力を持つ石がばらまかれていること。そしてその石を巡った二組の芸人たちの存在。
 熱心に話に聞き入る二人に、たむらも話しがいがあるようで、少しテンションの高い状態でそれらのことを話し続けた。
 既に注文した人数分のコーヒーは持ってきてあり、話が終わった頃にはほとんど冷めてしまっていた。
「――そういうわけで、今まででもいろんな奴が石の能力を使って戦ってんねん。これからお前らの石かて、さっきのブラマヨの二人みたいに狙ってくる奴が出てくるやろな」
「そんなん……」
 自分たちが軽い気持ちで持ち始めた石が、そんなに大変な代物だったとは。徳井と福田はため息をついた。訳の分からない戦いに巻き込まれるのは、もうごめんだった。
 しばらくして、ふと気になることがあったというように、福田がたむらに質問した。
「そういえば、黒のユニットの連中は俺らのような芸人の石狙ってるんですよね? そやったらさっきのブラマヨの二人も、黒のユニットにいるってことですか?」
「うーん、そやなぁ」
 たむらは難しそうな顔をして、言葉を続けた。
「確かに自分らの意志で、黒のユニットに行ったんかもしれん。けどもしかしたら、誰かに黒い欠片を与えられて、操られてるだけかもしれんな」
「黒い欠片?」
 徳井が聞き返したので、たむらは黒い欠片についての説明をした。
 たむらはあくまでも彼らが自身の意志で黒ユニットにいるかもしれないとは言ったが、チュートリアルの二人としては、その黒い欠片とやらに操られているに違いない、と思いたかった。
 口は悪いが人の良い二人が、彼らの意志で自分たちを襲うとはどうしても思えなかった。

 はあ、と大きなため息をついた後、福田は再びたむらに尋ねた。
「ねえたむらさん。なんとかして、俺らがその戦いを避けることはできひんのですかね」
 たむらは顔をしかめた。
「石を持ってる限りは、いや、石の能力に目覚めてしまったんやったら、もう無理やろな。連中はしつこいぞ。きっとお前らが石を持ってて、能力使えるって知ったら、どこまででも追いかけてくるやろな」
「うわっ、最悪やな……」
 徳井がため息をつきながらそう呟く。それは福田も同感であった。石を持っただけでも二人の生活は一変したのに、まさかそれがこれからも続いていくとは。悪夢のようである。
「まあ、俺からはこれからも頑張れとしか言いようがないな」
 あっさりと返したたむらに、福田は少し不満げに唇を尖らせる。
「ちょっと、そんなん他人事みたいに……」
「他人事やない。俺かて石持って能力使こてんねんから、お前らと状況は一緒や。俺も毎回毎回お前らを助けるわけにもいかんし、その辺りはお前らでなんとかしてもらわなあかんからな。そういう意味を込めて、頑張れよって言うたんや」
 たむらは厳しい口調でそう言った。これには、さすがにチュートリアルの二人も黙ってしまった。
 黙っている二人を前に、沈黙に耐えられなくなったのかたむらは突然席を立った。
「さて、ちょっと話しすぎたか。ほんなら俺、もう帰るわ。またな」
 一方的にそう行って、二人が呆然としている間にさっさと店を出て行ってしまった。
 それからしばらくして、福田がテーブルの上に載っているものに気づき、声を上げる。
「うわっ、コーヒー冷めてるやん。しかもたむらさん、自分の分も払わんと帰ったし」
「ほんまや。ちょっと、これこそ最悪ちゃうか……」
 徳井も気づき、二人は同時に肩を落とした。今更冷めたコーヒーを飲むわけにもいかない上、たむらの分のコーヒー代まで払わなくてはいけなくなった。
 たかがコーヒー代くらいと二人は自分自身を納得させることにして、さっさとレジで会計を済ませ、店を出た。

 ブラックマヨネーズの二人とやり合った、その次の週の金曜日。
 毎週レギュラー出演している某番組の収録があって、チュートリアルの二人はスタジオにやって来ていた。
 あれから約一週間経っているが、徳井と福田の間に流れる緊張感はなかなかほぐれようとしなかった。番組中にはそれを出さないようにしていたが、もしかしたら少しはぎこちない感じがしていたかもしれないと思い、収録語の楽屋で二人は顔をしかめていた。
 そうしてしばらく二人が楽屋でぼうっとしていると、突然テーブルの上に置いてあった徳井の携帯が震えだし、その場で踊り出した。徳井はおもむろに手を伸ばし、すぐにバイブ音が止まった携帯を見てメールかなと呟きながら、携帯を操作し始めた。
 そうしてしばらく携帯の画面を眺めていたかと思うと、徳井は突然、反対側に座る福田の方に勢いよく身を乗り出してきた。
「ちょ、福田、これ読んでみ」
「え? 何やねん」
 福田は徳井から携帯を受け取り、画面に目を走らせたかと思うと、たちまち目の色を変えて徳井の顔を見つめた。ほらな、と言いたそうな顔をして、徳井も福田を見つめる。
「あいつら、何考えとんねん……」
 その徳井宛てのメールには、こう書いてあった。

『今日の午後十時、以下の場所に来い。 吉田 小杉』

 その下に呼び出し場所の公園の名前と、ご丁寧に周辺地図まで添付されていた。二人ともが知らない場所だったので周辺地図が載っていたのは幸いだったが、そんなことで喜んでいる場合ではない。
「おい、どうすんねんこれ。行くんか?」
「いや……ほんま、あいつらの考えてる事全然分からへんな」
 福田の問いに、徳井は首を振って明確な答えを避けた。福田はうーんと唸り、腕を組んで考え込むような仕草をする。
 徳井は福田から携帯を受け取り、再びメールをまじまじと見つめた。やはりそこに書いてあることは変わりなく、向こうのメールアドレスも携帯に登録してある吉田のものになっている。
「つまりや、もう一回俺らを呼び出して、のこのこ呼び出した場所にやってきた俺らから石を奪う……っていう作戦なんか?」
 話を整理しようとしているかのように、福田が上を向いて呟くように言った。徳井は同意するようにゆっくりと頷く。

「まあ、向こうもそういう意図で送ってきたんやろうな。それで、ほんまにどうする? 福田くん」
 突然意見を聞かれ、福田は少し戸惑いながら言った。
「いや、どうするって……そら、のこのことあいつらの罠にはまりに行くのはアホやと思うけど、でも行かんわけにもいかんやろ。お前はどうなん?」
「うん、俺もお前の言うとおり行くべきちゃうかなと思う。あいつらがもし操られてるんやったら助けてやらなあかんし、自分らで黒に行ったとしてもなんとか説得せなあかんやろ」
 徳井のもっともな意見に、福田は深く頷いて賛成した。
「そうやな。ほんなら行くか。戦いはできるだけ避けたいけど」
「あー、それは同感やな。まあ説得の間、お前が吉田の能力と小杉の能力封じといたらええやろ」
 徳井の提案に、福田は戸惑ったような表情を見せる。
「えっ、けどどうやったら能力が発動するんかまだよう分からへんし……」
 徳井は呆れたようにため息をつく。
「お前、この一週間のことやったのにもう忘れたんか? 一回うめだの舞台で間違って俺の能力封じてしもたやないか」
「あ、ああ、そういえばそんなこともあったなぁ」
 福田はようやく思い出したような顔で、うんうんと頷いた。
 この一週間のうちに一度舞台でネタをやった時、福田は能力を発動させてしまい、徳井の石の能力を何分か封じてしまったのだ。
 ちょうど先日ブラックマヨネーズに襲われて、石を常に持ち歩いていなければ気が済まなくなっていた頃だったので、福田は誤ってポケットの石を握ったまま普通通り徳井にツッコんだのである。
 ネタが終わって楽屋に戻ると、徳井は石が反応しないと嘆き出し、福田は焦りながら舞台で一度石を触ってしまったことを告白した。
 幸いなことにすぐに徳井の石は反応するようになったらしいので事なきを得たが、あのまま徳井の石が使えなくなっていたらどうしよう、とその時は真剣に悩んだのであった。
 その経験で、どうやら福田の石はツッコミ台詞に反応するらしいという結論に至ったので、結果的には良かったのかもしれない。
「ほんなら、とりあえずあいつらにツッコんどけばええんやな?」
 福田が確認すると、徳井は頷いた。
「そういうことや。石握っとくの、忘れんなよ」
「分かってるわ」
 福田は軽く頷きながら、顔の前で手をひらひらと振った。

「それにしても知らん場所やなぁ。こんなとこ、来たことないわ」
 その日の午後九時半頃、二人は呼び出し場所の公園の近くだと思われる住宅街を歩いていた。
 道の脇に建っている家々からは光がこぼれているものの、外には人の姿が全く見えない。二人は何度も送られてきた地図を確認しながら、道を歩いていた。
「ほんまにここでええんかな。もうちょっと早よ出とくべきやったか」
 徳井が少し悔しそうな、不安そうな顔をしてそう言った。その言葉に反応して、徳井の前を歩く福田が振り返った。
「ちょっと、もう一回地図見せてくれへん?」
 徳井は頷いて、福田に自分の携帯を渡した。福田はそれを受け取り、携帯をいじってしばらく画面を見つめながら、ぶつぶつと呟いていた。
「――で、これがここで……あれ? これ、地図の下スクロールできるやん」
 福田の何気ない発言に、徳井は驚きの色を顔に出した。
「えっ? まだメッセージがあるってことか?」
「うん、そうみたい。……えーとな」
 福田は改まった様子で、こほんと咳払いをしてから読み上げた。
「“レギュラーは俺らのもんや”って。訳分からんねんけど」
 福田はそう言って、携帯を徳井に差し出した。徳井はそれを受け取って、画面を見つめた。
 地図の下には確かに文字があり、そこには先程福田が読み上げたように“レギュラーは俺らのもんや”と意味深な一言が書いてあった。福田が言うとおり、全く訳が分からない。徳井は携帯の画面から顔を上げ、福田に尋ねた。
「なあ福田、これどういう意味やと思う? レギュラーって何やろ?」
 福田は難しい顔をして、うーんと考え込む仕草をした。
「そうは言われてもなぁ。まあレギュラーで思いつくんは……『あるある探検隊』のレギュラー?」
「もしそうやったら、この文はレギュラーの二人を人質にとってるっていう意味か?」
 徳井の思いつきに、福田はうーん、ともう一度唸った。
「いや、けど腑に落ちひんな。もし人質いるんやったら、もっとでっかく書いて脅しそうなもんやけど」
「ほんならレギュラーて何やねん。まさかガソリンのこととちゃうやろしなぁ……」
 そこで二人は歩みを止め、首を傾げて同時に唸った。

 しかしいくら考えても、その答えは出ない。おまけに時計を見てみれば、約束時間がすぐそこまで迫っていた。二人は慌てて歩き出し、地図を確認しながらもまだ頭の中で“レギュラー”の意味を考えていた。
 地図でいえばもうそろそろ公園につくかというところで、福田が突然大きな声で長々と独り言を言い出した。
「あーあ、それよりあいつら、こんな遅い時間に呼び出しよって。明日番組の収録入ってんのに、ちょっとはそのへん考えてくれたかてええやろ。ほんまにもう、あいつらは明日出えへんからって……」
 その独り言で思い出したかのように、徳井がああ、と頷いた。
「そういえばそうやったな。何の番組やったっけ?」
「あれや、“せやねん!”や。ほんまに、自分のレギュラー番組くらい覚えとけよ」
 福田が呆れたように徳井の問いに答えた途端、福田と徳井ははっとして立ち止まり、同時に顔を見合わせた。今の自分たちの会話の中に、重要な単語が混じっていたではないか。
 まさに先程、その単語を発した福田がおそるおそるといった様子で口を開いた。
「なあ、レギュラーってまさか……」
「ちょっと福田くん、もしかしてドンピシャちゃうかこれ」
 徳井は再び歩き始めながら慌てて携帯を操作し、地図の所より下にスクロールさせて例のメッセージを出す。それを見つめながら、徳井は納得したような顔つきで頷いていた。

「一応意味は通るな。番組のレギュラーは俺らのもんや、っていう意味やろ?」
「おいそれ……わざわざ俺らへのメールに書いてきたってことは、まさかあいつら、俺らのレギュラー番組を奪うつもりなんか?」
 徳井は一度唸ってから、首を横に振った。
「いやいや、そんな簡単には無理やろ。プロデューサーとかとコネがあるんやったらまだしも、あいつらそんなんあるわけないやろ?」
「まあ、そらそうや」
 けど、と福田は言って、真剣な表情を見せた。
「こんなに自信満々に書いてきてるんやったら、ただ俺らをビビらすための嘘、っていう感じはせえへんよな……?」
 ごくり、と唾を飲み込む音が、ひんやりとした夜の空気に伝わって響いた。
 レギュラーを正当な――といっても、コネを利用するのは正当とは言えないが――やり方で奪えるならいいが、ブラックマヨネーズの二人にはそんなことはできない。ならば最後に残された手段は一つ、強引に奪うしかないだろう。
 つまり、チュートリアルの二人がいなくなればそれでいい――あの二人がそう考えていたとしたら。
 その考えに至った瞬間、二人の背中に冷や汗が伝った。
「……嫌な予感がするのは俺だけか?」
「いや、俺もやねんけど」
 その時、ちょうど住宅街の外れに、木の生い茂る公園があるのが見えた。地図と現在地を見比べながら、二人は慌てたように公園の方に走り出した。


 現在時刻、午後九時五十五分。