460 :Last Saturday ◆TCAnOk2vJU :2006/03/27(月) 20:45:00
それから走ること約一分、二人は例の公園に到着した。 周辺地図を何度も見返してみるが、この場所で間違いなさそうだ。 住宅街から少し離れたこの公園は、さすがに夜とあって人通りも少ない。時折仕事帰りと見られるサラリーマンや、ちらほらと車が通りすぎるのを見かける程度である。 時計を見てみると、針は九時五十八分を指していた。まだブラックマヨネーズの二人の姿は公園内にはない。 「呼び出した奴が先に到着するのは常識とちゃうんか」 福田が呆れたようにため息をついたその時、背後から人の気配がし、二人は一斉に振り返った。そこには思った通り、ブラックマヨネーズの二人が立っていた。 先に吉田が一歩前に出て、にやにやと笑いながら言った。 「待たしたな。今でちょうど、約束の時間ぴったりや」 二人がそれぞれ腕の時計を見ると、確かに針は九時ちょうどを指していた。 それから二人が顔を上げるのを待って、小杉が口を開いた。 「一週間ぶりやなあ、二人とも。元気しとったか」 徳井はむっとしたような顔で言葉を返した。 「当たり前や。それより、こんなとこに呼び出して何の用やねん。早よ済ませて帰らしてくれ」 それを言った途端、ブラックマヨネーズの二人は吹きだした。 「何やねん徳井、お前すぐに帰れると本気で思てるんか?」 小杉が馬鹿にしたように笑い、隣の吉田は小杉と同じく笑いながら、例のチョーカーを首から取り出してきた。福田と徳井は小さく舌打ちする。吉田は即行で勝負を仕掛けるつもりらしい。 徳井は横にいる福田に、小さい声で喋りかけた。 (福田、早よせえ! 使われたらどうにもならへんぞ!) (そんなこと言うたかて、どこにツッコんだらええんや!) 先程の小杉の言葉の中には、特にツッコめそうな目立った箇所は見つからなかった。 福田はポケットの中に手を突っ込んで石を握ったまま、一瞬の隙を逃さないといった様子で吉田と小杉を睨み付けている。しかし二人はまるで福田の意図が分かっているかのように、口をつぐんだままだ。 仕方ない、俺が、と徳井がズボンのポケットに手を入れて石を握ったその時、その行為に素早く反応するかのように、吉田が口を開いた。 「……悪夢、見せたるわ」 チュートリアルの二人の背筋に冷たいものが走り、吉田が先程より大きく口を開けた。福田は何か言わなければ、と焦り、思わず一歩前に出ていた。 ――しっかりせえ俺、こんなんやったらツッコミ失格やぞ! そんな福田の焦りをあざ笑うかのように、ついに吉田はその喉から大声を発した。 『もしお前らの上に、大岩が落ちてきたらどうす――』 その瞬間だった。 「何が大岩やねん! そんなもんお前の勝手な想像やんけ!」 吉田の言葉を遮り、福田は咄嗟に怒りの混じったツッコミ台詞を発動していた。 その途端吉田の石の光は失われ、言葉の効力もなくなってしまった。 吉田は怒った様子で、チョーカーの石をぐらぐらと激しく揺らす。 「またか……何やねんこれは!」 「能力使われたら困んねん。しばらく大人しくしといてくれるか」 福田が言うべきであろう台詞を傍らの徳井が代弁し、睨み付けてきたブラックマヨネーズの二人に向かって言葉を続けた。 「お前らほんまに正気なんか? 俺らから石を奪ってどうにかしようやなんて、俺らからしたら考えられへん。何のために俺らの石を奪うんや?」 「それは……」 なあ、と言って、小杉は傍らの吉田に同意を求めるかのように振り向いた。 吉田は未だに能力を封じられたことを根に持っているらしく、不機嫌そうな顔をしていたが、小杉の声にああ、と頷いた。 「そうや。ある人に頼まれたんや」 「ある人?」 すかさず、福田が吉田の発言の中で気になるワードを見つけて問い返した。 するとその瞬間、ブラックマヨネーズの二人の表情が変わった。吉田がしまったという顔をして口を開け、その傍らの小杉はちっと舌打ちをして、吉田に向かって怒ったように叫んだ。 「アホかお前! 何バラしてんねん!」 どうやら吉田の失言だったらしい。第三者の存在を明かしてしまったのだから、当然と言えば当然だろう。その上先程の二人の行動を見れば、自分たち以外の第三者が絡んでいるのは本当のことだと言っているようなものだ。 「ほんで、そのある人って誰やねん」 徳井が何気なく尋ねる。もちろんあっさりと教えてくれるわけはないから、あまり真剣には訊いていない。案の定二人は黙ったまま、何も答えなかった。 さらりと、涼しい夜の風が四人の間を吹き抜ける。少し勢いを持った風である。普段触れるなら心地よいものだが、今のこの状況の中ではちっとも心地よいと思えない。 その風がどこかへ行ってしまった後、徳井は再び横の福田に小さな声で問いかけた。 「おい。やっぱりあいつら、操られてるっぽいな。バックに誰かいる」 「そやな。気になるけど、やっぱ黒のユニットとかいう――」 そこで、軽く徳井の方を向いていた福田はブラックマヨネーズの方を振り向き、言葉を失った。何かによって、月の光がきらりとこちらに反射してきたからだ。 徳井もすぐ後にそれに気づき、その“モノ”を確認してうっと唸ったまま唇を噛む。 ブラックマヨネーズの小杉がジャケットのポケットから取り出してきたのは、刃渡り十五センチほどのナイフだった。 石の能力ではなく本物の凶器が彼から出てきたことで、チュートリアルの優位はあっという間に崩れてしまった。二人はごくりと唾を飲み、身構える。 二人が怯えていると思ったのか、ナイフを持った小杉が唇の端に笑みを滲ませた。 「持って来といて良かったわ。能力なんか使わんでも、十分脅す材料になる」 「な、何しとんねん! それ、使うつもりとちゃうやろな?」 「アホか、使うに決まっとるやないか。まあ、あんまり使いたくないとは思ってたけどな」 福田の必死な言葉に対し本心なのかどうか定かではない言葉を吐いて、小杉はナイフをもう一度構え直した。ナイフの先にいる者は――無論、チュートリアルの二人。チュートリアルの二人は再びごくりと唾を飲み込む。 正直、彼らが本物の凶器を持ってくるという可能性など頭になかったから、この状況は二人にとってすこぶる悪い状況であった。 ブラックマヨネーズの二人にも言えることだが、チュートリアルの二人に関しても、石の能力自体に殺傷能力はない。その逆で、その攻撃を防ぐ能力もないのである。 「ほんなら、とりあえず先に脅させてもらおか」 チュートリアルの二人が次の行動に迷っていると、吉田が口を開いてそう言った。その後、吉田の言葉を受けて小杉が発言した。 「お前らが俺らに素直に石を渡してくれたら、俺らは何もせんと引き上げる。けど渡さへんつもりなんやったら、場合によっては命がなくなる可能性もある。どうや」 ブラックマヨネーズの二人を睨んだまま、徳井も福田も答えるべき言葉を探していた。 二人の石がたむらに教わった黒のユニットとやらに悪用されるのであれば、彼らに素直に石を渡すことなどできない。 だが相手は本物の刃物を持っている。その攻撃を完全に防ぐ術がない以上、小杉の言うようにもしかしたら刺されて死ぬこともあり得る。 ――そうか、だからあんな言葉を…… 二人は徳井に送られたメールの最後に書いてあった、“レギュラーは俺らのもんや”という意味深な言葉を思い出していた。嫌な予感は嘘ではなかったと言うことだ。 「どうしたんや。早よ答えてくれへんのやったら、悪いけど次の行動に移らせてもらうで」 吉田が急かすように言い、チュートリアルの二人は軽くそれぞれの相方の方を向いた。福田がどうすんねや、と徳井に目で訊くと、徳井は渡さへん、と小さく首を振ってきた。 これで決まった。二人はブラックマヨネーズの方を向き、石を握りしめながら答える。 「渡すわけにはいかへん」 「ほう。ほんなら遠慮なくやらせてもらうわな」 小杉はますます笑みを深め、その表情は隣の吉田にも伝染した。来る、と戦慄を覚えた二人は、思わずナイフを凝視していた。 「うらぁぁ!」 小杉が大声で叫びながら、ナイフを振りかざして二人の方に突進してきた。二人は咄嗟のところで避けたが、小杉の目は血走っており、ナイフを振る手つきも冗談の時のそれではなかった。 本気だ、と二人は悟った。本当に殺されるかもしれない。 やがて小杉は、福田にターゲットを絞ったようだった。福田を執拗に追いかけ、ナイフを容赦なく振ってくる。 福田はなんとか避け、徐々に後ずさりしていく。ここで背中を見せるわけにもいかないのだろう。それに、背中を見せる余裕すらないほど、小杉の手の動きは速かった。 徳井は何もできぬまま焦っていると、突然背後に人の気配がして思わず振り返った。そこには吉田がいて、なんと彼まで小杉と同じようなナイフを手にしていたのだ。 ぞくりと背中に冷たいものが走り、徳井は慌ててうわっと叫びながら吉田のナイフを避けた。 「油断してたら、痛い目に遭うで」 吉田は呟くようにそう言い、続けてナイフを振ってきた。小杉ほど手際よくはないものの、それでもナイフを手にしているというだけで何とも言えない怖さがある。 徳井は福田の様子を見ることなどできるはずもなく、そのまま自分までもが追い込まれていった。 ――どうにかならへんか、どうにか…… 体を動かしながら必死に頭を回転させてみるが、いい考えは浮かばない。迫っていってナイフを奪うというやり方も考えたが、ナイフに近づくというだけで危険すぎる。 これがドラマや映画の中なら上手く間を詰めて相手を倒すところなのだろうが、これは現実だ。今の徳井や福田にそんな芸当ができるわけがない。 ふと、その瞬間吉田の手から伸びたナイフが徳井の脇を掠めた。あまりに突然だったので徳井は後ずさるのが遅れ、足がもつれて転んでしまった。 するとそのすぐ後、同じように倒れ込んで地面を掠る音が響いた。はっと横を見るとそこには尻餅をついた福田の姿。 二人は全く同じ体勢になり、そして同時にブラックマヨネーズの二人からナイフを突きつけられた。 「さあ、早よ石出せ。もう逃げられへんで」 吉田がそう言ってチュートリアルの二人の行動を促した。福田も徳井も身動きが取れず、黙って吉田と小杉を睨み付ける。 「そんな怖い顔しても、俺らは退かへんで。威嚇にもなってない」 この場にいる誰もが分かりきった台詞を小杉が吐き、チュートリアルの二人はいよいよ追いつめられることとなった。 すぐに考えて次の行動に移らなければ、このままやられてしまう。こんなところで死ぬわけにはいかない。だからといって、ここまで守り続けた石をあっさりと差し出すわけにもいかない。 ――あのナイフさえなかったら! 徳井は悔しさに唇を噛みしめ、石を一層強く握った時だった。 突然、頭の中に一つの考えが浮かんだ。はっとしてズボンにある石をもう一度握り返す。石はそれに反応し、じんじんと熱くなり始めた。 ――これや、これやったらいける! 徳井は笑みを見せる余裕は既になくなっていたが、ぎこちない笑みを作り、石を握ったままブラックマヨネーズの二人に問いかけた。 「なあ、ほんまにそのナイフ使えると思てんの?」 訳が分からない、という表情で、徳井以外の三人が徳井の顔をまじまじと見つめた。それから少しして、吉田が嘲るように笑いながら言う。 「は、何言うてんねん! 当たり前やないか、こんなによう切れそうな刃やのに」 「そうか、でもな、それ間違ってんで」 不可解な言葉を続ける徳井に、今度は小杉がキレたように怒鳴り返した。 「何が間違うてんねん! お前頭おかしなったんか!」 小杉の言葉の後、徳井は今の自分にできる最大限の笑みを唇いっぱいに広げ、石を固く握りしめた。 そして口を開き、言葉を発する。 『そのナイフ、どっちともさびてて全然使いもんにならへんやないか』 |