ある冬虫夏草の話[前編]

63 :佐川優希 ◆bGB0A2qlVI :2005/08/01(月) 20:10:11
書中、暑中見舞い申し上げます。
三拍子の話を落とします。ちょっとホラーチックです。
死ネタという死ネタではないのですが、ご注意ください。

64 :佐川優希 ◆bGB0A2qlVI :2005/08/01(月) 20:10:59 

私が幼い頃、川原で見つけた綺麗な石を持ち帰ろうとして、止められたことがあった。 
 理由を聞いたところ、「こういう所にある石というのには魂が込められているから、 
 不用意に持ち帰ることはできないのだ」との事。 
 私は子どもながらに、普通に「汚いから持って帰るな」とでも言えば良いのに、 
と思ったものだ。 
 しかし、今になってその意味を知った気がする。 
 例えそれが、川原で拾ったわけでもなく、偶然見つけたわけでもなく、 
 運命によって巡り逢ったものだったと、しても。 

 まぁ、避けられないのが、世の常なのだが。 


  【ある冬虫夏草の話】[Will you marry me?] 


 「へぇ、彼女できたんだ……」 
 と、唐突な高倉の一言。独り言のようにも聞こえるが、 
 「な、何でお前知ってるのっ?!」 
久保をビビらせるには十分だったようだ。高倉は答えることもせず、手の中にある石に 
見入っていた。 
 そんな高倉の様子を見て、久保はある事に気づいた。 
 「ああ! また俺の過去勝手に見ただろ?!」 
 「うん」 
 「『うん』って……、やめろよなぁっマジで」 
 「どうして」 
 「どうしてって、プライバシーの侵害だからだよ」 
 「大丈夫、なんか、調子悪いみたいだから……」 
 「へぇ……お前でもそんなことあるんだね」 
 「うん……」 
 「って、それで納得すると思ったのかぁ?!」 
 高倉は勢いよく掴みかかろうとする久保をひらりとかわしつつも、石を凝視し続ける。 
器用な男だ。 
 「うーん……」 
 実際、高倉の石は調子が宜しくないようだった。いつもなら鮮明に見える映像が、 
今日はなんだか乱れている。音声も途切れ途切れ。 
 「諦めろ。見るなという天のお告げだ」 
 久保が無駄に殊勝な笑みを浮かべる。そんな彼に高倉は表情一つ変えずにこう尋ねた。 
 「久保には天のお告げが聞こえるんだ?」 
 「いや、聞こえないけど」 
 「嘘はよくないぞ?」 
 「お前なぁ……」 
 久保は何かを諦めた。 
 「久保、お前の石の調子はどうなんだ……って、お前は持ってなかったんだな」 
 「うん、まぁ、な」 
 「……ふーん」 
 高倉は再び手の中の石を凝視する。未だに調子が悪いようだった。その様子を見た久保が 
声を上げる。 
 「おまっ、俺が嘘付いてないかどうか過去をさかのぼろうとしてるな?!」 
 その久保の言葉に、高倉は心底感嘆したようにこう言った。 
 「すごいなぁ、分かるもんなんだね。でも大丈夫。やっぱり、調子悪いみたい」 
 「……」 
 久保は何かを諦めた。本日二度目。 
 「彼女、どんな人なの」 
 高倉に質問された途端、久保の顔が緩んだ。 
 「へへ、すっごく、かわいい」 
 「……世も末だな」 
 「なんだとぉ?」 
 「いや、深い意味は……」 
 「お前なぁ? 俺の彼女見たらほんっっっとに羨ましがるんだからなっ」 
 久保は自信満々にそう宣言する。 
 「じゃあ、見せてよ」 
 高倉は右手を差し出す。すると、久保は少し表情を曇らせた。 
 「別に良いけど……」 
と言ったまま、続きを話し出そうとしない。高倉は怪訝に思った。 
 「どうした? いいよ、今すぐじゃなくても」 
 「実は……」 
するとここで、久保は持参した大きなバックを振り返る。高倉もそれを追うように見る。 
 久保は言った。 
 「今日、来てるんだ」 
 「……え?」 
 久保は立ち上がるなり、バックの元へと行く。 
 「高倉、来いよ」 
 言われるがまま、高倉もバックの元へと行く。行こうとするのだが、 
 「久保、ごめん。なんか、それに近づきたくない」 
 そのバックはどこにでも売っているような、非常に大きい、ナイロン製のバック。 
 「……そっか」 
 何故か久保は素直に納得し、その大きなバックに手を掛ける。 
 「……久保。彼女の名前、なんて言うんだ」 
 高倉は、勤めて自然にそう言った。 
 そして久保は、『それ』を取り出すのと同時に、こう答えてくれた。 
 「あやめ、って言うんだ。ね、あやめちゃん」 
 その姿を見た高倉は反射的に口を押さえた。 


 多分、それはファンの子から貰ったテディベアだったと、久保が言っていたのを高倉は 
覚えている。俺にそっくりだろう、と自慢していた。 
 「あやめちゃん、このテディベアが気に入ったらしくてさ、俺、思わずあげちゃったよ」 
 そのテディベアの腹部から頭部を劇的に突き破るようにして、 
『黄色い半透明の身体をした30センチぐらいの女』が、静かに『生えている』。 

 その姿はまるで、冬虫夏草。 
 屍骸を糧にすくすくと育った、冬虫夏草。 

 久保は本当に大事そうにあやめちゃんを抱えていた。高倉は問う。 
 「久保、それは、『何だ』?」 
 「……俺の彼女だよ」 
 高倉は、右手の石が冷えていくのを感じた。 
 「質問を変えよう。久保、『その石をどこで手に入れた』?」 
 久保の表情が豹変した。 
 「石なんかじゃない! あやめちゃんはあやめちゃんだ!!」 
 高倉には分かっていた。あやめちゃんが最近芸人たちの間に広まっている不思議な能力を持った 
「石」だということ。 
 そして、久保が持っているその石が、とてつもなく嫌な物だということも。 
 だからこそ、『あやめちゃんの持ち主である久保の過去を見ることが、拒絶されたのだ』 
ということも。 
 もっと早く気づくべきだったと、高倉は少しだけ後悔した。 
 「それにしても……」 
 高倉が、めずらしく感情を吐露する。 
 「なんなんだ、この急激な話の展開は」 
 非常に、イライラしているようだった。 



 ストップ。 
 リヴァースアンドプレビュー。 


 不法投棄。久保はたまたまその現場を目撃することとなる。そんな13日前の午後。 
 曇天、それなのに明るい。不吉なことが起こりそうな、打って付けの天気。 
 久保は、誰もいなくなったのを確認した後、そっとゴミの山に近づいた。 
 普段、こんなシーンに遭遇することも無かったし、ゴミ自体に興味を持っているわけでもなかった。 
 それでも、近づいた。もしかすると久保は、 
 運命を信じたのかもしれない。ああ、それと、 
 諦めを。 
  
 まぁ、それはいい。 

 久保は、予定通りにゴミの中に運命の人を見つけた。それが、あやめちゃん。 
 あやめちゃんというのは、誰が決めたのかは分からない。 
 あやめちゃん自身がそう言ったのか、久保が勝手につけたのか、そんなことは知る由もない。 
 私は思う。きっとあやめちゃんという字は 
 「殺」か「危」と書くのだと。とりあえず嫌な感じ。 
 それが、私が最初にあやめちゃんに抱いた印象。 


 プレイバック。 



 「……見えたか」 
 高倉はそう呟き、石の意思の意志でも変わったのかと、ややこしく解釈した。 
 そして再び久保とあやめちゃんを睨みつける。迫力満点。しかし久保がひるむ様子はなかった。 
もちろん、あやめちゃんは論外。 
 高倉は思う。久保にそっくりなテディベアが、あやめちゃんに食べられてしまった。 
 次は久保孝真が喰われるのかしら、と。それに追加するように、 
 「それは不味い」 
と、ぼやく。しかし、過去が見える力を持っただけの高倉に、あやめちゃん自体をどうにかする力は 
皆無だ。 
 ――あの人なら何とかなるのか? だが、久保が聞く耳を持っているのか?それ以前に、あやめ 
ちゃんの耳は聞こえるのか。 
 あふれ出るように不毛な思考が働く。 
 久保と高倉がお互いに睨み合ったまま、ただただ時間が過ぎた。高倉には、久保があやめちゃんを 
守らんとしていること以外には、何も分からなかった。 
 とりあえず、自分に何が出来るのか、高倉はそれを考えることに専念しようとする。 

 ……ところが。 

 「失礼します」 
 ノックの後に開かれる背後の扉。返事はせず、久保と高倉は後ろを振り返る。 
 そこには二人が知らない男が1人、堂々と立っていた。比較的整った容姿だったが、誰なのか 
さっぱり見当がつかなかった。久保はとっさにあやめちゃんを隠すように抱く。 

 [三拍子 能力]