お弁当


697 名前:じゃあちょっとためしに◆dRwnnMDWyQ 投稿日:04/09/29 03:52:36

「悪いな〜、いつも。小木が作ったお弁当超うまいからよ〜。」
「いいんだって、矢作の力のおかげなんだしさ。」

相変わらずのんびりまったりとした時間が流れている。楽屋で二人、仲良さげに広げている弁当は
小木の手作りのもので、家庭料理風の玉子焼きや、おにぎりが並んでいた。
「うわ、この玉子焼き、お母さんが作ったのとおんなじ味じゃん。」
矢作が玉子焼きをうまそうに頬張るのを小木がにこにこと眺めていた。
「あれ、矢作、ちゃんと野菜も食べなきゃダメだよ〜。それに口にご飯粒ついてるよ。」
「ん?」
そう言って小木は矢作の口の端についている飯粒を指で拾うと口にそのまま運んだ。
「あ・・・すまねえな。小木。」
「いや、いいんだよ。それよりパセリもちゃんと食べてね」

まるで母親のようにかいがいしく世話をする小木に矢作は何も言わずにただ、世話をうけている。
小木の能力はただ「どんな職業の能力もコピーできる」といったものだったが、
何故か性格までトレースしてしまうらしい。
ただ、それは石の能力によるものか、本人がただなりきっているだけかは矢作にもわからなかった。

今はちょうど「料理好きの主婦」の能力をコピーしているために、
まるでお母さんのような性格になりきってしまったらしく、かいがいしく矢作に世話を焼いているわけだ。

「ほんと小木の力さまさまだな。こんなにうまい弁当が食えるなんてよ。」
「何言ってるんだよ。矢作が電話で暗示かけてくれたからでしょ。」

また、のんびりまったりとした時間が流れようとした、その時だった。
「おぎやはぎさんですよね。石を渡してもらいましょうか?」
多分コンビであろう、怪しい陰が二人に忍び寄ってきた。


怪しい闖入者に思わず矢作の眼光が鋭くなる・・・。
「そうだけど・・・。誰?」
見たところ二人の知らない芸人のようであった。きっと「石を手に入れれば有名になれる」
だとか思い込んでいる若手か、まだ養成所に通っている芸人見習いか・・・。

「そんな事、どうでもいいじゃないですか。多分貴方が知らない芸人です。
・・・・いや、芸人にもまだなっていないかな。ただ、貴方達が石を渡してくれれば危害を加えたりはしませんよ。」

二人の男たちは、おぎやはぎに少しづつ詰め寄っていった。いつの間にか小木は能力を解除したらしく
眠たげに男達を、そして矢作を見ていた。矢作と目が合う。うなづき合う。そして覚悟を決めた。

「ねえ、君たち・・・。」
「良かったら矢作と二人分の石あげるよ。ほら。」

そういうと、あっさりと男達に石を渡した。
「はあ?!」
余りにもあっさりと大切なはずの石を渡したもので、男達は石を手にしたまま呆然と立ちすくんでいた。


「いいんですか?大事な石なんですよ?!」
ツッコミらしい茶髪の男が思わず声を上げた。多少抵抗はするかと思っていたが、
まさかこんなにあっさりと大切な石を渡すとは思わなかったからだ。おぎやはぎは平然と男達を見据えていた。

「だってなあ・・・。別に石を悪い事とかに使わないしなあ・・・。」
「そうだよね。別にあげちゃっても大丈夫だもんね。」
「あ、でもよー・・・。」

矢作が何かに気づいた様に小木の方を向いた。
「石渡しちゃったら、あの人らに怒られるんじゃねーの?」
「あの人って、スピードワゴン?くりぃむしちゅー?」
「いや・・・なんかさ、俺らに石大事に持っとけっつったじゃん。どうする?」
「う〜ん、確かに言ってたような・・・でもさ、石渡しちゃって、この人達とか、他の奴らとか俺達に攻撃したらヤダね。」

まるで石を持っている二人など目に入らないように話を進めている。
おぎやはぎの石を持っている二人の芸人(いや、この場合は見習いといったほうがふさわしいだろうか?)は
二人を呆然と見詰める事しかできなかった。

「でもさ、もし渡しちゃったら矢作のこと、守れなくなっちゃうよね。」
「バカ。何言ってるんだよ〜。俺が小木守るんだって。」
「いやいや、矢作のおかげで石の能力使えてたんだから。お前がいなきゃ何にもできないんだからよ〜」

「何言ってるんだよ。お前の能力のおかげでオレだって助けられてるんだから…。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」

余りにも緊張感のない場面でボケであろう黒髪の男が叫び声をあげた。
「いつまでやってるんですか?!とりあえず石を手に入れたらこっちのもんだ。あんたたちには当分
再起不能になってもらいますよ!」

おぎやはぎの二人は誉めあいをやめてこちらの方を見た。
「あら、どうする?ほんとに敵みたいだね。」
「そうだなあ・・・。とりあえず石を返してもらわなきゃね。」

矢作がチョコチョコと自分の石を手にしている男達に近づく。
「ごめんね。やっぱり石返してもらうかんね。」

「はあ?あんた、何言ってるんですか?そんな事できるわけないでしょう。」
石を手にしているツッコミらしき男がバカにしたような笑みを浮かべた瞬間だった。
矢作が男が手にしている石に向かって叫ぶ。

「その二つの石を渡すんや〜!!」
「・・・・・!!!」

間の抜けた関西弁で矢作が叫んだ瞬間、男の手のひらの石がまるでカメラのフラッシュの様に強烈に発光した。
「はい・・・どうぞ・・・。」
石を手にしていた男はふらふらと操られたように矢作に石を手渡した。
「どうもありがとうね。」
一つを小木に向かって投げ、自分のポケットにしまう。

「お前、何渡してんだよ!!」
「え?!オレ、今何したの?」
やっと我に返ったツッコみらしき男にボケらしき男が声を荒げた。矢作の能力によって暗示にかかり、
無意識に石を渡してしまったようだ。


矢作は先ほどの暗示でかなりの力を使ったらしく、今にも倒れこみそうに肩で息をしていた。
「矢作・・・?、平気?」
「ぜぇぜぇ・・・。ん・・・何とか・・・。」

「石を寄こせ!」
「うわぁっ!!!」
ボケらしき男が弱っている矢作を突き飛ばす。
「矢作ぃっ!!!!」
そのまま矢作の上に馬乗りになり、ポケットを漁ろうとする。そのままツッコミらしき男に向かって叫ぶ。
「早く・・・早く石をよこせ!!!おい、押さえつけろ!」
「とりあえず、矢作さんをさらってからにしよう!小木さんは何もできないって。」
「・・・うわぁ・・・小木ぃ・・・!!!」

矢作の悲痛な叫び声を聞いた瞬間、温厚な小木の中で何かが弾けるような音がした。

おろおろと事態の進行を見守っている顔から一瞬にして何の表情も伺えないような、
冷酷ともいえる無機質な顔つきになった。

「あんたたち・・・いい加減にしなよ・・・。本気で殺しちゃうかもね。」

小木のまるで底の見えない湖のような暗い眼差しと、その表情から男達はゾクリと背筋の凍るのを感じた。
得体のしれない恐怖を振り払うように叫ぶが、
ツッコミの男には恐怖がにじんでいるせいか、うまく声を荒らげる自信がない。
ツッコミの男が矢作の首を掴んで立ち上がり叫んだ。

「あ、あんたねー、矢作さんがどうなってもいいんですか?こっちはナイフ持ってるんだ!石を渡さないと・・・!」

矢作を無理やり引き起こすとナイフを首筋に構えた。
「・・・・・・お・・・ぎ。にげ・・・ろ。」
矢作はぐったりと目を閉じたまま、小さな声で小木の名前を呼んだ。
さっき、男に押し倒された時に頭を打ったんだろうか?

「矢作・・・、ただうなづくだけでいいから。」
「・・・・・・?」
「オレ、特殊部隊の傭兵になりたい。すげえ強い暗殺者にどうしてもなりたい!」

矢作が完全に気を失う瞬間だったのか、それとも頷いたせいだったのか首をガクリと落とした。

承認だね・・・。

その瞬間、小木の石がまばゆいばかりに発光し、目つきが一瞬で変化したように見えた刹那。
矢作の首筋にナイフを構えるツッコミ風の男に音もなく近づくと手刀をナイフと首筋にたたきつけた。
「うわぁあっ!!!」
ガクリと気絶する瞬間、崩れ落ちる矢作の身体を打って変わったように優しく抱きとめると、ゆっくり床に寝かせる。
「え?あ・・・?嘘だ・・・?」
小木の能力による変貌ぶりと、崩れ落ちる相方に男が呆然とした瞬間だった。
「ぐわっ!!!」
首に巻きつく小木の腕の存在を感じた。
「ねえ・・・本気で折っちゃうからね。で、どっからこの石のこと知ったの?」
「ぐ・・・、ぐぅ・・・っ。」

「ねえ・・・教えないと本当に首折っちゃうよ。矢作をあんな目に合わせてこっちは気が立ってるんだからね。」
気が立ってるとは思えない小木の無機質な声と、
ギリギリと締め付けられる小木の腕から逃れようとしても、ビクともしない。
けして体力に差があるとも思えないのに・・・。

これが石の力のせい?このままじゃ、本当に殺される・・・。

男が苦悶の表情を浮かべながら口を開いた。
「それは・・・彼らが・・・『黒いユニット』・・・・・・。」

その瞬間、男の身体が発光した。バシッ!!!という砕けるような音がした。
「うわぁっ!」
特殊部隊になりきっている小木は光から目をつぶる。視線を男に戻すと、気絶していたはずのツッコミの方の男が
さっきの凶悪な様子からは別人のようにキョトンとした顔で小木を見つめていた。
「小木さん?何やってるんですか?」
「・・・・・・?」

首を絞められているボケの方も驚いて手足をバタつかせている。
「小木さん・・・!苦しいっすよ!何してるんすか?!」
「あ、ごめんね。」

力を解除させ、締め上げている首から腕を放した。さっきまでの男達とは別人のようだ。
「ねえ?どうしたの?」
「そんな事、こっちが知りたいですよ!ぼうっとしてたら矢作さんも相方もぶっ倒れてるし、小木さん首絞めてるし。」

すっとんきょうな二人のやりとりに気が付いたのか矢作がうっすらと目を開けた。
「矢作!大丈夫なの?」
「小木・・・こいつら・・・・何も覚えて・・・ないんじゃねえの?」
「え?」

「覚えて・・・ないの?矢作襲ったり、石を・・・。」
二人の見習いの男達は不思議そうに小木を見つめていた。

「え?石ってなんですか?俺ら養成所の稽古場に行ってたらなあ?」
「うん。気が付いたらここにいるし・・・、矢作さん倒れてるし、ナイフ落ちてて・・・
小木さん、相方の首絞めてて・・・????」

混乱する若手達に小木と矢作は二人で思わず顔を見合わせた。
「これって・・・。」
「ああ、まずいよな。よし、何もかも、忘れるんや〜!!!!」

すぐそばで石の能力の強い波動を感じ、スピードワゴンの二人がおぎやはぎの楽屋に急いでいた。
「大丈夫かな?あの二人!なんかヤバいことに巻き込まれてないといいけど!!」
「ああ・・・、最悪の事態を覚悟しといたほうがいいな!」
石を握り締め、楽屋のドアを開けた。

「小木さん!矢作さん!」
「あれ〜?君たちどしたの〜?」
「・・・・・・え?」

ドアを開けるとそこには、のんびりと昼寝する矢作と手作り風のお弁当を囲む、小木と見知らぬ若手の姿があった。
「いや・・・「アレ」の強い力の波動というか・・・」
外部者がいるため、声が小さくなる。

「ん?気のせいじゃない?ずっと俺ら弁当食ってたよ。食う?」
「あ!スピードワゴンさんだ〜。」
「小木さんの手作り弁当最高っすよ!」

矢作は疲れたようにぐったりと眠っていた。すやすやと安らかな寝息を立てている。

「・・・あれ?気のせいかな?」
「え・・・?だって・・・?」

「いいから食べなって。ロケ弁じゃ栄養偏っちゃうでしょ?」
そういうと、小木は井戸田の口にミートボールを放り込んだ。
「はあ・・・。んぐっ、うまい!おざーさん!これバカウマだよ!」
死語を叫びながら小木の弁当を頬張る井戸田を尻目に小木は小沢に近づくと耳元でそっとささやいた。

「『黒いユニット』に気をつけてね。」そういって黒いガラスのような小さな破片のようなものを渡した。
「小木さん、これ・・・?」
「さっき、あの子たちのポケットに入ってたの。何にも覚えてないみたいだけどね。
人を操る力とかさ、あるんじゃない?わかんないけど。」
「・・・・・・。」

「おざーさん!弁当なくなっちゃうよ!うまいよ!」
「ホラ、小沢君、早く行きな。」
「あ、すぐいく〜!」

何かの前兆のような予感がした。この黒い破片のほとんど力は失ってはいるが未だ禍々しさを湛えている光には。

悪い事が起きませんように。みんなをお守り下さい・・・。

小沢はポケットの中の自分の石を握り締めると、黒い破片を鞄にしまい、井戸田の方へ向かった。

(終わり)


 [おぎやはぎ 能力]