ONE NIGHT R&R [1]


181 名前:シャロン◆ygLwUQlNuI 投稿日:05/03/10 23:42:53


彼はゆっくり、テレビ局の廊下を歩いている。
思い出すのは、この前物陰からそっと様子をうかがっていた戦いの場面。

身を呈して、後輩を守ろうとする相方の姿。

あいつらしいや・・・

彼がふっと口元を緩めた瞬間。

「おはようございます。」
冷たい声が後ろから響いてきた。

・・・あいつだ。

振り向かなくてもわかる。
忌々しい、あの男の声。

「・・・なんの用ですか?」
彼はゆっくりと後ろを振り向く。
バナナマン・設楽が薄笑いを浮かべてそこに立っていた。

「失敗したらしいですね、吉本の後輩をけしかける作戦は。」

そんなの、言われなくてもわかっている。
その為に、またひとつ面倒臭い<仕事>を言いつけられたばかりなのだから。
石の力を使わなければならない<仕事>を。
恐ろしい石の力を使う代償の疲労以上に、石を使ったときの精神的ダメージは大きすぎる。
だから、今までなるべく石の力は使わないで済むようにしてきたというのに・・・

「アナタともあろう人が、失敗なんて・・・!」
設楽の皮肉に満ちた言葉が彼を刺す。
彼の胸元が淡くオレンジに光った。
「しかも、何の躊躇もなく相方を襲わせたでしょう?
さすが、貴方は『黒いユニット』のためなら相方も差し出すんですね。いやぁ、さすがだ!」

設楽の「悪意」を受けて、彼の胸元の輝きがどんどん増してくる。
いつしか、彼はオレンジの輝きに包まれていた。
その光景に、さすがの設楽も一瞬たじろぐ。

輝きに後押しされるように、彼がゆっくりと口を開く。
「・・・シナリオライターがいないと何もできないような人に、ぎゃあぎゃあ言われたくありませんね。」

凍りつく空気。

睨み合う、二人。



「あ〜、いた!」
彼の背後から、明るい声がした。
その瞬間、彼を包んでいた輝きが消える。
振り向くと、こちらに駆け寄ってくる「丸い」男の姿。


設楽の相方、日村だ。
日村は彼に「おはよーございまーす」と声をかけ、設楽に言った。
「早くネタ合わせしないと、間に合わないよ?」
「今行くよ。」
設楽は彼のほうを全く見ようともせず、その場を去った。

バナナマンの二人が廊下の角を曲がり、見えなくなったところで彼は深く深くため息をつく。

今更、引き返せないんだ・・・

彼、ペナルティ・ヒデこと中川 秀樹は、静かにその場を立ち去った。



楽屋に戻ると、相方の脇田がコントのキャラクターのメイク中だった。
「・・・どこ行ってたのヒデさん。」
「いや・・・煙草買いに。」
「ふぅん。」
高校時代からの長い付き合いだ。
嘘がばれてることくらいわかっている。

だけど、今の俺たちはお互いに騙し合う関係・・・
俺の手元に石が転がり込んできた、あの日から。

「脇田、メイク終わったら、ネタの確認するぞ。」
「わかった。」

でも、そんな私情をネタに挟むことはできない。
俺たちはプロの芸人なんだから・・・


相方がどんどん気持ちの悪い顔になっていくのを尻目に、中川は煙草に火をつけた。

この仕事が終わったら、もうひとつの仕事が待ってるんだ・・・。



テレビ局からも程近い、古びた倉庫。
人気のないこの場所は、「石」を持つ者たちの恰好のたまり場となっていた。


二人の男が、そこに立っていた。
一人は、中川。
そしてもう一人は、雨上がり決死隊・蛍原 徹。

「・・・なんか、用?」
穏やかな笑顔で、静かに蛍原が口を開く。
「ここに来た時点で、何の用かはわかってると思います。」
蛍原とは対照的な厳しい表情で、中川は言った。
ま、な。そうつぶやいて、蛍原は上を見上げた。
「黒、やったんか、ヒデは。」
「そうですね。」
「そっか・・・。」
蛍原は再び視線を中川に合わせた。
「俺は、黒いユニットに入るつもりはないで。」
その表情は、先ほどとは比べ物にならないほど、険しかった。
「・・・力づくで、黒いユニットに入れるつもりか?」
蛍原は右手をそっとポケットに入れながら言った。
中川は静かに首を振る。
「俺の石の能力では、攻撃できないので。」
「じゃあ何で・・・」


「蛍原さんは、」
中川が蛍原の言葉を遮って話し出した。
「わかっていないんですよ。」
「なんやねん。」
「黒いユニットの勢力は、蛍原さんが思っている以上に強くなっているんです。
芸人だけでなく、スタッフさん、もちろんワンナイに関わるディレクターさんや構成作家さんにも・・・。
今、黒いユニットと手を組まなければ、後々損をすることになりますよ。」
「・・・そんなんわからへんやろ。」
語調は強いが、蛍原の目には動揺が浮かんでいるのが見て取れた。
「今に、黒いユニットに属さない芸人は干されることになりますよ。・・・いや、むしろ。」
中川は蛍原の目をしっかりと見た。
「俺が、芸能界から追放します。白側の人間を。」
「・・・なんでそんなことする必要があるんや?」
蛍原も、中川に負けないほどの強い視線を送る。
「そんなの、決まってるじゃないですか。」
中川の声は冷たかった。

「ライバルは、少ないほうがいい。」

「・・・お前、」
蛍原の声は、今まで聞いたことがないほどに低く、静かだった。
「そこまでして、売れたいんか・・・黒いユニットに自分を売ってまで。見損なったわ。」
蛍原のポケットからぼんやりと光が漏れている。

蛍原はそっと自分の腕時計を確認する。
30秒・・・それまで持つやろか。


「俺は雨さんやDonDokoがどうなろうと構わないんですよ。・・・もちろん、相方も。」
「・・・」
蛍原は怒りを抑えて、ただじっと中川を睨む。
「ただ、黒いユニットの勢力は強ければ強いほどいいんです。」
「・・・」
「黒いユニットは基本的に『量よりも質』ですから・・・蛍原さんがこちらについても正直何も変わらないんですが。」
「・・・」
「人がいないよりは、マシでしょう?」
「・・・」

もう一度、蛍原は腕時計を見た。
叫ぶなら、今や。
蛍原は彼の石−モスアゲート−を強く握り締め、大きく息を吸った。

「・・・しゃべっとるがな!!」

蛍原の声がモスアゲートにより拡声され、倉庫中にこだました。
あまりの大声に、中川も耳を押さえてしゃがみこむ。

蛍原は手近にあった鉄パイプを握り締めて中川に向かって走って行った。
「ヒデ、目ぇ覚ませや!」
力いっぱい鉄パイプを振り下ろす蛍原。
中川は間一髪で避ける。
「お前がそんな奴だとは知らんかったわ!
俺らやDonDokoはともかく、相方まで見捨てるような奴やとはな!
ホンマ最悪や!!」
蛍原は滅茶苦茶に鉄パイプを振り回す。
「それがお笑いの世界でしょう?!ライバルは蹴落とす。邪魔な人間は、たとえ相方といえど容赦しない!」
中川は角材を手に応戦する。

「ちゃう!!」
そう叫んで、蛍原が大きく横に振った鉄パイプが、中川の脇腹を捕らえた。
「くっ・・・」
その場にうずくまる中川。
「・・・ちゃうで、ヒデ。それはちゃう。」
蛍原が静かに中川に語りかける。
「裏切ったらあかんねん。相方だけは。
先輩や後輩、同期の仲のええ芸人とは違うんやで、相方の存在は。
『こいつや!』思える相方に巡り合えたら、そいつだけは絶対に裏切ったらあかんねん。」

中川は、聞こえるか聞こえないかくらいの声で呟いた。

「知ってます。」
「え?」

聞き返してきた蛍原に、中川は力いっぱいタックルをした。
「うわっ!」
その場に倒れこむ蛍原。
中川はサッカーの名門、市立船橋高校サッカー部の厳しい練習に耐え、
大学卒業時にはJリーグからのスカウトもあった程の男。
身体能力は高い。
あっという間に蛍原を組み敷くと、中川は胸元からペンダントを引っ張り出し、強く握った。

そして意識を集中させる。




彼の頭の中に蛍原の声が響いてきた。



−見損なったわ、ヒデ!

−ヒデがこんな奴やとは思わんかった!

−お前なんか、二度と俺の前に現れんな!

−ヒデは最悪の人間や!!




「ぅあああああああああっ・・・!!」
中川の頭を鈍い痛みが襲う。
それと同時に、ペンダントに埋め込まれた石、クリソコラから真っ黒な闇があふれ出した。

闇は一直線に蛍原に襲い掛かった。

「わぁぁっ!」




蛍原は闇の中に漂っていた。
闇が蛍原を覆い、蛍原自身からも闇が溢れ出てきているようだった。



憎しみ

妬み

恨み

それらが蛍原の胸の奥から湧き上がってきて抑えきれない。
暴力的ななにかが蛍原の中を満たし、そしてはちきれる。

「くっ・・・」

そこで蛍原の意識は途切れた。



「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
荒い息をしながら、中川はなんとか立ち上がった。
倒れている蛍原のポケットからモスアゲートを取り出す。

それは、黒く濁った光を放っていた。

そっとモスアゲートを蛍原のポケットに戻し、その場に座り込む。

久しぶりに使った石の力。
荒い息はしばらく収まりそうにない。


−見損なったわ、ヒデ!


さっきの蛍原の声が延々と頭の中でリピートする。

傷つくことは忘れたはずだった。
憎まれることには慣れたはずだった。

「・・・にしても、きっついな・・・」

暗い天井を見上げながら中川は呟いた。
その言葉が、強い石の力を使ったために漏れた言葉なのか、
慕っている先輩の悪意に満ちた言葉を聞いた為に漏れた言葉なのかは、中川自身にもわからなかった。

191 名前:シャロン ◆ygLwUQlNuI 投稿日:05/03/10 23:57:00

雨上がり決死隊・蛍原 徹

石 モスアゲート(コミュニケーション・濃緑)
能力 30秒以上黙った後、「しゃべっとるがな!」と叫ぶことによって拡声され、相手にダメージを与える。
条件 黙っている時間が長ければ長いほど効果が高い。
「なんかしゃべれや!」という前フリがあると効果があがる。
喉に負担がかかるため連続使用は3回程度が限度。
補足効果として、頭を力いっぱい振って髪の毛を揺らすと、その揺らしている間だけ相手を黙らせることができる。
頭を振っている間は完全に無防備になる。

 [ペナルティ 能力]