539 : ◆vGygSyUEuw :2006/04/30(日) 17:51:16
何だか、かれこれ五分ほど路地裏を走っている。
それを追うのは、誰とも知らぬ女芸人コンビ。
「待てーっ!」
「逃がさないわよ!」
威勢のいい声をあげて走る彼女たちは、そこそこ若くそれなりに可愛い。
もったいないなあ。
芸人なのも、黒なのも。
…うーん、我ながら関係各方面に怒られそうな独り言。
そんなことを考えている間にも着実にその差が縮まっていて、慌てて足を速める。
ああ、知らない道に入ってる。そんなこと気にしてる場合じゃないけど。
見慣れた背の高い建物が遠ざかっていくのが、ビルの谷間からわずかに見えた。
「もう、なんでよりによって女の子よこすかなあ…」
「こっちが弱いってわかっててやってるよねえ、全く黒は意地が悪いんだから…」
なかなかしぶとい追跡者にうんざりしている相方に、多少の皮肉をまじえて返す。
振り向きざまの推測ではあるものの、恐らくまだ20代半ばぐらいであろう相手に対し、
こっちは三十路も過ぎたヤロー二人。
しかも一人は肉体年齢おじいさん。っていうかオレなんだけどね。
早々に膝が泣き言を言っている。しかも呼吸もヤバげ。
石の力も使って騙し騙し走ってるけど、もうそろそろ限界が近づいている。
「どーする?」
「うーん、お引き取り願いたいけど…」
「無理っぽいね」
ちらりと振り返る。二人ともさすがに疲れてきたのか、
それともこのチャンスを逃すと何かまずいことでもあるのか、結構な形相だ。
石はまだ持ってないのか攻撃してこないけど、持久戦となるとこっちの方が当然不利。
「とにかく、このまま逃げててもらちあかないし、ちょっと軽く…」
煌めくアパタイトを胸ポケットから引き出し、一言。
「太ったっていいよ、だって大好きな君の量が増えるんだからっ!」
「……きゃあああああ―――っ!!」
指を鳴らしてすぐ二重音声で聞こえる、絹を裂くような悲鳴。
「…何やった」
我が相方が呆れ顔で呟く。
「いや、ちょっと『自分が急激に太った』って幻覚をね。
女の子には効果テキメン」
「あんた甘くねえよ」
声を絞り出しての説明に、即座にツッコミが入った。
いいなあ、まだまだ元気で。
同じ距離を走ってた筈なのに、倍以上の疲労を抱えてる気がする。
ああ、やっぱりもうちょっと体力つけた方がいいかな。
「鬼かアンタは」
「もー何でもいいよ…あの猛攻から解放されれば」
切れた息が整う前に、スタジオまで飛ぶ。
直前に視界の端に入るのは、呆然と座り込む二人の姿。
ごめんね、でも…ダイヤモンドは傷つかないだろ?
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