黒ユニット集会編 [前編]


139 名前:じゃあちょっとためしに ◆dRwnnMDWyQ   投稿日:04/11/13 00:54:53

 石川は指定された店に入ろうとして、急に流れてきた携帯のメールを覗いた。
 店は神楽坂の一等地にある、かなり高級な料亭を貸しきっているようだ。改めて黒のユニットの財源に思いを寄せる。

 携帯には和田からの、「無事に家に着いた」との旨がきらびやかな絵文字をちりばめたような、
石川にはかなり馬鹿馬鹿しいと思える文体で書かれていた。

 安堵しつつ店のドアを開けると、背後から、生気の全く感じられない仲居の声がした。
「いらっしゃいませ・・・石川様ですね?皆様が奥のお座敷でお待ちかねです。」
 店の仲居も操られているんだろうか・・・。その能面のような表情を見て思わず寒気がした。
 例のインジョンの失態の件を思い起こしつつも、恐る恐る襖を開けた。そこに広がっていた光景は・・・。

「すいません!仕事で遅れまして!」
「やあ、今日の主役がお出ましだねえ。」

 襖を開けると、ゆうに30人を超えているだろうか。そこには、石川の知らなかった世界があるようだった。
 今をときめく売れっ子の芸人やら、一度は仕事を頼みたいと思わせるような構成作家、
石川のようなまだまだ駆け出しの芸人には、会話どころか仕事で共演することすら叶わないような、
まるで自分が生まれる前から芸人をやっていたかのような大物芸人が、生気のない目でぼんやりと座っていた。

 人形のような顔で酌をして回る見覚えのある美しい女性達は、普段元気な笑顔を振りまいているモデルだろうか。
 来ている皆は、正面の開いている席にだけ目を注ぐだけで。
 出てくる豪華な料理や酒には皆、それほど手も付けずにただ座っていた。
 たった一人。この場の空気になんら、呑まれることもなく平然と料理や酒を口にする男以外は。

「設楽さん・・・。」
「まあ、座りなよ。石川君。まだまだ始まったばかりなんだからさ。」

 バナナマンの設楽は悠々と上座で寛いでいるようだった。うながされてそのまま、開いている下座の席に座る。
 周囲からの目が一斉に注がれ、まるで裁判を受けているかのような気になる。
 人形のように生気のなく、美しいグラビアモデルの美少女が酒を注ぎに石川の横に立っても、
 手が振るえ、うまく注がせることさえ出来なかった。

「みんな食べればいいのに。こんな豪華な料理なのにさ。」
 設楽が勧めるものの、最初から操られ意識をなくしている人間は動く事はなく、
 石川のように自分の意識をかろうじて残している者も恐る恐る口に運ぶことで精一杯だった。
 石川も設楽の勧めるままに料理を口に運んだが、普段石川の口に入る事はないような高級な料理すら、
 何の味も感じさせる事はない。自分の動きに熱心に目を注ぐ設楽の目線に何故か、震え上がるような恐怖を感じた。

――ひょっとしたらここで自分は殺されてしまうかもしれない・・・。
 石川が軽く目を閉じたその時、襖が開き、はっきりとした男の声がした。
「すいません、遅れまして。」
 

 その男の姿を見た瞬間、石川の表情が一気に凍りついた。
――まさかこの人も黒ユニットにいたなんて・・・。
 石川も直接会ったことはないが、ビデオも持っている憧れの芸人の一人である。
彼はアンガールズにも劣らないが、どこか颯爽として優雅な長身をひるがえし、上座にいる設楽の横に姿勢良く座った。
 設楽が彼に酒を勧める。
「酒飲む?」
「いいえ、話が終わるまでは結構です」

 下座にぽっかりと一つだけ空いてある席を見て設楽がニヤリと笑う。

「来れる人達はみんな揃ったみたいだね。じゃあ、始めようか?」

 一人づつ立ち上がり順番に、石や黒い欠片をを使った活動やその成果を話していく過程で、
 さすがの石川も震えが止まらなかった。

――自分は一体どんな罰を食らうんだろうか。
 インジョンの件では、彼は監視と共にインジョンが白ユニット面々を撃破するサポートをしなくてはならないという
 使命を帯びていたが、彼がその時、運悪く収録前であったが為に使命を果たす事が出来なかった。

 ある意味では仕方がないことであるが、収録までまだ時間が多少あったはずである。
何よりも優先させなくてはならない黒ユニットとしての、使命を放棄した石川自身が、無事で済むとは思えない。
 しかも、和田にまとわりつく死神が巻き起こしたアクシデントに遭遇したばかりである。

「次は・・・CUBEの石川君だね。前に出て。」 
 設楽の声がした瞬間、心臓が止まるような恐怖感を覚えながら、
 恐る恐る前へ出ると設楽と、上座にいる男の前にひざまずいた。

「何か、お通夜みたいな顔してるね。」
 設楽が石川の表情をみてケラケラと笑った。
「笑ってる場合じゃないですよ。設楽さん。彼のことなんですが・・・。」
 男の言葉を設楽がさえぎる。
「あ、石川君。あの、例の現場のスタッフの子いたでしょ?」
 思わずぽっかりと開いた空席の部分に目をやった。確かに、皆揃ったはずなのにそこには誰もいない。
欠席の理由を考える間もなく、次の設楽の平然とした言葉に凍りついた。
「彼ね、バイクでここに向かう途中に事故っちゃったんだってさ。」

「え・・・・・・。」
「怖いよね。まあ、腕を折ったぐらいで済んだらしいけど。うわごとで「死神が見えた」とか言ってたらしいよ。」
――死神!!!和田を襲った死神と同じ能力だろうか?一気に血の気が引く。思わず尻餅をついた。
「あ・・・うぁ・・・。そんな・・・。」
 設楽がケラケラと笑う。楽しげな笑みだが石川は悪魔のような微笑だった。
「ん?何でそんな顔してるの?石川君。別に君や相方の子には今は何にもしないよ。今日の出来事だって
 『シナリオライターさん』がちゃんと予想しててくれたんだよ。ね、『シナリオライター』さん。」
 設楽は横にいる長身の男の肩をポンと叩いた。
 シナリオライターと呼ばれた男は笑いもせずに設楽を、石川をじっと見つめていた。