Phantom in August [1]

254 :Phantom in August  ◆ekt663D/rE :2005/10/20(木) 23:17:18

【八月某日 21:50 渋谷・センター街】

渋谷駅にほど近い、とある雑居ビル。
エレベーターを使って一階に下りれば、入り口付近には若い女性を中心とした十数人ほどの人の姿があった。
一緒にエレベーターに乗り合わせた幾人かの人々と一緒に、その中を突っ切っていこうと歩きだす男に女性達の中には「お疲れ様です」などと男に声を掛け、会釈する者もいるようだったが。
男の足を止めようと呼びかけてくる者がない事を幸いに、男は足早にその場を通り抜けていく。
男は芸人。女性達は客。これはシアターDでのライブ終了後によく見られる光景の一つ。


場所が場所だけあり、結構深い時間にもかかわらず辺りには未成年とおぼしい若者達の姿も見受けられる。
あるいは早くも酔っぱらって路上で大騒ぎしている集団…格好からして大学生のサークル仲間だろうか…の側を通り抜けて渋谷駅の方へ向かおうとしていく男だったけれど。
「この気配は…。」
目を凝らせば通りの向こう、スクランブル交差点の光景が見えなくもない辺りまで来た所で男はふとその場に立ち止まった。
小柄な部類に入る男が急に立ち止まった事で、彼の後ろを歩いていた背の高い外国人が男にぶつかりそうになり
何か日本語訳したら放送禁止用語になりそうな罵声のようなモノを吐いていったが 、男はそんな事など関係ないといった様子でぎゅっと眉をしかめ、険しい表情を浮かべるとくるりと背後に向き直り、来た道を今度は小走りで戻って行き始めた。

「あー、どうしたんです?」
ライブ上がりで疲弊しているだろうに、それでも必死な表情で駆けていく男の耳に、ふと間延びした声が聞こえる。
視線を声のした方へ向ければ、男と同じく先ほどライブを終えたばかりの同じ事務所の芸人が、帰路につくべくエンジンをまだ掛けてないバイクに半ば跨りかけた体勢で男に呼びかけているようで。
「いや、ちょっと忘れ物…したからっ!」
男はその芸人にそう言葉を返し、それ以上の会話を避けるように走り去っていく。
上手く苦笑の表情が作れただろうか、とぼんやり思考する男の胸元で首から下がった南米の民族工芸品っぽい造形の首飾りが彼の足取りに合わせてぽんぽんと弾む。
その首飾りに組み込まれているウズラの卵を思わせる白と黒のまだら模様の丸い石が、警戒を促すように淡く光を放っていた。


「…………?」
切羽詰まったような口調で言葉を返された、バイクに跨っていた芸人は不思議そうに彼の後ろ姿を眺める。
あの慌てぶりだと財布でも忘れたんやろかと誰に言うでもなく呟いた所で、彼の表情もハッと変化した。
「…俺も携帯忘れてるやん。」
いつものポケットにねじ込んであるはずの携帯の、硬い手触りが今はない。
早く気づけて助かったと小さく口にしてバイクから降り、男もまた出てきたばかりの雑居ビルの方へと歩き出した。
その彼の右手首で、健康グッズのチタンブレスレットと一緒に銀のプレートに淡い緑色の石があしらわれた麻紐のブレスレットが揺れている。



雑居ビルの手前で道を変え、ビルとビルとが作り出す路地に男は駆け込んでいく。
ビシビシと肌に伝わる刺々しい気配がいっそう強まり、やがて見えた人影に、男はようやく足を止めた。
男の前に立っていたのは、真夏にもかかわらず、ナイロン地の白っぽいグレーのパーカーを羽織った人間。
その顔はフードに隠されていてよく見えなかったけれど、別に相手が誰であろうと男には関係ない。
明らかに相手が敵意と悪意を放っている以上、力を持つ石の持ち主としてこれ以上好きに彷徨かれる訳にはいかないのだから。
それ故に、男はわざわざここまで引き返してきたのだ。
ライブでの疲れは確かにある。けれど、悪意あるモノを無視して帰る事は彼の信念と石が許さない。

「お前だな。噂の…『白い悪意』は。」
呼吸を整えながら男はパーカーの男へと呼びかける。
「……………。」
パーカーの男からの返事はない。けれど、俯き気味だったパーカーの男の顔がわずかに持ち上がり、フードの下で彼の唇が笑みの形に歪んでいるのが見え、それが男への返答となる。

「間に合って良かった。それじゃ、早速で悪いけど……」
一つ深呼吸をしてから男は左手で胸元の首飾りを握りしめ、そして右手でパーカーの男を指さした。
首飾りの淡い光を放つウズラの卵のような石が、輝きを増す。

「イヌがニャーと泣いた日からのメッセージっ! 大切なモノを守るため、ここから先へは…絶対に行かせねぇ!」

男が…イヌがニャーと泣いた日のたいがぁーこと平井 博がそう吠えた瞬間。
首飾りの石、ダルメシアンジャスパーが叫びに呼応するようにその能力を開放した。



【同日 20:37 都内・某墓地】

繁華街から離れ、住宅地からもはずれにある、とある墓地。
場所柄、こんな時間では人の気配などそうあるとは思えないこの墓地に、今夜は何故か20人近い若者達の姿があった。
彼らの顔に浮かんでいるのは、いずれも何か楽しげな表情で、一体何事だろうと思う者もあるかも知れないが。

「…脅かし班が仕込みに入ってる間に、こっちはそろそろペアを決めようか。」
若者達の半分がばらばらと墓地の中へ散っていったのを見やり、
残った若者の一人…というよりも彼はもう立派な大人だろう…が残った面々にそう告げる。
「やっぱり潤と…コンビで一緒って駄目?」
その言葉に既にどこか怯えた表情の青年が男に問うけれど。
「それじゃ面白くないだろ? それにコンビの片方が脅かし班にいる場合どうするんだ?」
男はニヤリと笑って青年に告げ、小沢、諦めろと彼の頭をぽむぽむと軽く叩く。

完全に子供扱いされた事に反論する気も起こらず、小沢と呼ばれた青年…スピードワゴンの小沢 一敬は溜息をついた。
「何でこうなっちゃったのかなぁ…。」



肝試しがやりたいと言い出したのは、井戸田だった。
あるTV局の楽屋で発せられたそれは、半ば…というよりもほとんど冗談交じりのものだったように小沢は記憶している。
仕事はもちろん、白のユニットの芸人としての活動や何やらで忙しい日々を送っていたから。
一度羽目を外して遊びたい、楽しみたいという井戸田の考えは小沢にも理解できた。
特に力ある石を巡る戦いに於いて、最近は本職が忙しいからなのか理由はわからないが、
黒のユニットが大規模な作戦を立てて行動してくる事は少なくなってきていたけれど。
それでも小さないざこざは頻繁に起こっていたし、不穏な噂も耳にするようになってきていた。
それは白も黒も中立も、はたまた石の有無も関係なく芸人を襲う石の持ち主が居る……という話。
実際ここしばらく、事故や病気…と言う名目で病院送りになった若手芸人の数が増えたように小沢には思えてならない。
故に、自分達に出来る範囲で情報を収集してみたり、新宿の駅の周辺などライブ会場の多い地区をそれとなく見回ってみたりして逃げ延びた芸人の証言から『白い悪意』と呼ばれる噂の石の持ち主を突き止めたり、もしくは止めたり出来ないかと試みてはいたのだが。
そうは上手いようには物事は運ばないらしく。怪我人だけが増えていくのが現状だった。


「…良いね、肝試し。」
「小沢さん、途中で怖くて泣いちゃったりして?」
「酷いなぁ…そんな事ないって。」
だから、井戸田の発案した無邪気な話に乗ってそんな会話を他愛なく交わしていた所。

「だったら、やってみる? 肝試し。」
2人の話に割り込んできた設楽のこれまた無邪気な一言と、彼の呼びかけに事務所の後輩達が応じた事でいつの間にか話は実行の方向で進んでいき、そして今夜に至るという訳で。


「何ぼーっとしてるんだ? もうみんなペア決まっちゃったぞ?」
不意に横から日村に声を掛けられ、小沢はハッと我に返る。
見やれば、もう彼は後輩の魚でFの及川を引き連れてペアを決定させてしまっているようで。
慌てて小沢が周囲を見回してみると、確かに殆どの芸人達の間で二人組ができあがってしまっていた。
井戸田は設楽の隣にいるし、磯山はこれも後輩の芸人と組んでいるようで。
野村と号泣の二人はその石の能力も相まって脅かし班に入ったため、此処にはもう居ない。
今ごろ墓地のどこかで無駄にリアルな幽霊が一人、そして閃光と人魂・金縛り・悪寒・ラップ音要員が 手ぐすね引いて待ち受けている事だろう。
「……………。」
それを思えばこのまま一人で肝試しに突入する訳にも行かず、どうしようかと小沢がキョロキョロと見回していると。
一人、影の薄い青年がすっと小沢の方へと近づいてきた。

小柄なその芸人はダブルブッキングの川元。
こういった催しにはまず参加しないだろう彼がこの場にいた事にまず小沢は軽く驚くけれど、それは胸の中に秘めておく事にして。
「川元君も一人?」
「……はい。」
「じゃ、組む?」
「……お願いしても、良いですか?」
問いかければ驚くほど素直に川元は小沢に答えてくる。
「もちろんだよ。良かった…一人じゃなくて。」
小沢が安堵の笑みを浮かべて川元に告げれば、川元もホッとしたように胸を撫で下ろし、
彼の相方の黒田も「小沢さんの驚きっぷりを楽しめるなんて羨ましいですね〜」などとニコニコ笑いながら心にもない事を口にする。
すかさず小沢が黒田を睨み付けると、黒田は楽しそうに彼のペアなのだろう芸人の陰にサッと隠れてしまった。

「……ま、これで全員ペアになったのかな?」
一連の流れに苦笑しつつ小さく呟く設楽の携帯が、メールを受信して着信音を響かせる。
携帯を取ってメールを確認すれば、それは脅かし班のリーダーである野村からの配置完了の合図。


「脅かし班も準備できたようだし、それじゃ…肝試し、始めるか。」
携帯をしまい、設楽が告げたその一言が。
芸人達の今夜の催しの開会宣言となった。


260 :Phantom in August  ◆ekt663D/rE :2005/10/20(木) 23:36:20 
久々にこちらに投下させてもらいました。 
今回はタイトル通り2005年8月半ば設定の話で、自分が今まで投下した話と繋がってはいるものの、 
全体から見たら本編からは外れた番外編となってます。 
それでは、またしばらくの間お世話になります。 

 [スピードワゴン 能力]
 [江戸むらさき 能力]
 [号泣 能力]