Phantom in August [11]

65 :Phantom in August  ◆ekt663D/rE :2006/09/04(月) 00:55:21

【23:35 渋谷・某病院】

記憶を反芻するかのようにぽつりぽつりと村田が語るその最中で、それに最初に気がついたのは、赤岡だった。

「………っ!」
にわかにロビーの椅子から立ち上がり声にならない声を上げる、その視線の先には、三人の人の姿。
そのうち二人は点滴台と仲良しのようで、残り一人…彫りの深い顔立ちの長身の男が、不安げに彼らに付き添っているようだ。
「おぅ、終わったか。」
赤岡につられるように顔の向きを変え、三人の姿を捉えて。村田は一度喋るのを止め、安堵の溜息と共にぼそりと声をかける。

「……何、どないしたん、これ。」
点滴台を引きずりながら、三人の内の一人…松丘が素っ頓狂な声を上げた。
腕に繋がっている点滴の管はもちろん、手当てのためとはいえ腕や顔を覆う包帯やらガーゼやらが何とも痛々しい。
「わかりやすく言えば人気者やっちゅー事やな。お前らが、と言うよりもお前らが逢ぉた奴が、やけど。」
以前は頻繁に、しかし今は久々に見る顔が並んでいる事に、驚いたように目を見開く松丘に村田は告げる。
「…『白い悪意』、ですか。」
点滴台に体重を掛けながら、もう一人の怪我人…平井がおそるおそる村田に訊ねた。
そういう事、と頷いて返す村田に、平井は改めてこの場にいる面々の顔を見やり、ふぅと息を吐いた。
ずっと一人で戦っていたから、そんな実感はなかったと言えばそれまでだろうが。
こんなにも多くの芸人の手に力のある石は渡っていて。
そして彼らは突如として現れた『白い悪意』に対して脅威を感じ、何とかしようと考えているのだ。

…それができるなら、何故『白』と『黒』はずっと争っているのだろう。
それこそ何とかして、戦いを終わらせる事は、できなかったのだろうか?

その態度を頼もしいと思うのと同時に、そんな疑問が平井の内側でわき起こる。
確かに、多くの者が石に関われば、その分ややこしくなるだろう事は容易に想像できるけれど。
それでも。

「そういう事。 で…その格好からすると、お前ら、今夜は泊まりか?」
「あ、はい。点滴もありますし、運良くベッドが空いてるそうで、そこで泊まってけと。」
村田の問いかけに、彫りの深い顔の男…平井負傷の報に慌ててシアターDまで引き返してきたイヌがニャーと泣いた日のわかやまZこと中岸 幸雄が答えた。
目の前のそうそうたる面子に少し身が引けているような中岸の口振りに村田は幾らか微笑ましげに目を細めて。
「じゃ…さっきお前らが教えてくれた事、代わりにしゃべっといてやってるから。さっさと休んでこい。」
「でも……。」
「エェから、行け。」
せっかく久々に顔を合わせたのだ。少しぐらい懐かしあったりしてもいいじゃないか。
そう言いたげな表情をにわかに浮かべる松丘に、村田はぴしゃりと言い放つ。

その口振りが、相方に向けると言うよりも、かつての後輩に向けるような高圧的なそれであった事に、口に出してから気づいたか、反省するように村田は小さく舌打ちをして。
「別に意地悪で言うてる訳やないんだ。回復魔法かけられた…言うても、その傷、やろ?」
フォローするかのように言葉を続ける。
「……………。」
「そうだな。少しでも休んだ方が良い。」
村田の言う事はもっともであろうが、それでも不服げな目で見返す松丘に、不意に低い声が、かけられた。

声の主は、土田だった。
ホリプロコム勢の中に気配を消して混じり込んでいた部外者の突然の発言に、松丘達のみならず回りの井戸田達も思わず彼の長
身を見上げてしまう。
「…ただの怪我じゃ、ないんだからな。」
ぼそりと告げるその言葉に、小沢は思い出す。『白い悪意』と交戦した石の使い手達がその後どうなっていったかを。
今は、運良くも意識を保てているようだったけれど、ここで無理して彼らのようになってしまってはならないはずで。

「…だな。今は休むべきだ。そこののっぽ。二人を頼む。」
土田に続いて設楽も口を開いた。同時に微かに、彼の周囲で石の気配がわき上がる。
彼のソーダライトが秘めているのは『説得』の力。
かなり失礼な呼ばれ方をしたにもかかわらず、中岸はこくりと頷くと、傍らの怪我人二人を促しだした。

「…あ、赤岡っ!」
まだ残念に思う気持ちはあるけれど、そこまで言われるなら…と渋々歩き出して、数歩。
不意に松丘は立ち止まると、集団の中にいる一人へと、呼びかけた。
「………っ」
その声に弾かれたようにビクリと反応する赤岡に、松丘はブレスレットの揺れる右手を掲げ、
包帯やらガーゼやらで覆われた顔に柔和な笑みを浮かべて、告げた。

「…石、預かっててくれて、ありがとうな。」
「………はいっ!」
一言そう告げれば、あとはずるずると廊下の方へと引っ張られていくばかりだったけれど。
その松丘の背中を、もしかしたらその一言が聞きたいが為にここまで着いてきたのではないかと思わせるほどの
心からの安堵の表情で、赤岡は見送る。



やがて今夜の殊勲者の気配は辺りから消えて。
一度『白い悪意』に関する話が途切れた事を良い事に、周囲の視線は自然と赤岡へと集中した。
「…預かってるって、何の事だよ。」
「そのままの意味です。」
問いかける井戸田に赤岡はぼそりと答えて、設楽の方へ彼にしては露骨に冷ややかな視線を向ける。
「去年の秋…誰かさんが、満身創痍なあの人の石すら奪わせようとしたから。」

きっぱりと言い切る赤岡の言葉に、土田がぷっと吹き出し、設楽はにわかに渋い表情を浮かべた。
「……一応、止めとけとは言っといたんだけどなぁ。追いつめられた奴は何するかわからないから。」
そのまま口振りだけは他人事のように設楽は呟き、肩を竦める。
「それで知らない誰かに奪われるぐらいなら、僕にやる。その代わりまた強く光りだしたら必ず返せと…そう言って
 虫入り琥珀と一緒にあの人の石を…サーペンティンを預かったんです。」
やっぱりですか、と言わんばかりに設楽を見やりながらも説明する赤岡の脳裏に浮かぶのは、風の強い夜の出来事。



 『テンションを上げて』 
 『もっとテンションを上げて』
 『最高にテンションを上げて』
 『石を、暴走させろ』

普段は他者へ向ける石の力を己に向けて用い、あの秋の初めの出来事から日々輝きを失っていく石を無理矢理に煌めかせて。
黒く汚染された輝きを放つ石の持ち主達に立ち向かっていく、松丘の背中を。
まだ自分の石である黒珊瑚の力を使いこなせていなかった赤岡にはただ見ている事しかできなかった。

――力が、欲しい。 誰かを…それ以前にまず自分達を守るために強い力を持つ石が欲しい。

その時の強い焦燥感が、しばらく赤岡と島田を誤った道に踏み込ませたりも、した。
結果、小沢達のお陰で目が覚めて。虫入り琥珀や色々収集した石は手放した、けれど。
それでも彼に必ず返すと約束した、旅人を守ると言われる緑色の石だけは、こっそりと手元に置き続けていたのだ。




「それで、約束通りあの人に返して…こんな事になって。
 まだ渡すには早すぎたのか、それとも良いタイミングだったのか。僕にはわかりませんけれど。」
そう説明を取りまとめて、赤岡はふぅと息を吐いた。
「それよりも今は『白い悪意』です。それで…どうなったんですか?」
そのまま設楽に向けていた視線を村田の方へ向け、問う赤岡に。ようやく話題が元に戻ったかと村田は小さく頷いて、おもむろに口を開いた。




【22:08 渋谷・センター街】

非常階段を一段一段上り詰め、一番石の気配が濃く漂う最上階の踊り場に出て。
白いパーカーを羽織った男…『白い悪意』は、そこに先ほど見た芸人の姿がない事に気づく。
あるのは、階段にバランスを取って置かれてあるもはや卓上カレンダーほどのサイズになったスケッチブックのみ。
『お疲れさま!』
これ見よがしに書き付けられた、かろうじて読み取れるその文章は、わざわざ非常階段を昇ってきた彼に対してのモノか、
それとも相棒として長年付き添ってくれたスケッチブックに対してのモノか。

「……………。」
不意に外で石の気配が発されるのを感じ、『白い悪意』はビルの外の路上に目を向ける。
そこには自分が追いかけていたはずの、二人の芸人の姿。
石によって呼び出されたモノだけあってそれ自体が石の気配を色濃く放つスケッチブックの紙…松丘言うところの『撒き餌』につられて『白い悪意』が非常階段を上ってくるのに合わせ、彼らはタイミング良くエレベーターで一気に地上へと逃げたのだ。

チッと舌打ちすると同時に、『白い悪意』は右手を取り残されたスケッチブックの方へ向ける。
掌に白い光が生まれると同時に、スケッチブックはその場から弾き飛ばされて壁にぶつかり、緑色の光の欠片になると『白い悪意』を包み込んだ。



  『ねぇ、……さん、……さん、見てください!』
完膚無きまでにスケッチブックを破壊して、ようやくわずかに満悦げな表情をフードの下に覗く口元に浮かべる『白い悪意』の耳に、不意に弾むような声が届く。

  『ようやく俺らにも石、回ってきたんですよ!』
  『えー、ずりぃ! 何で俺じゃなくてお前らなんだよ!』
  『何やろなぁ…年齢分補正が掛かったンちゃうん?』
  『でもずりぃよー。年功序列なんて聞いてねーしー!』
  『…ふて腐れない。……くんは若いんだし、きっと次ぐらいに格好良い力の石が回ってくるでしょう。』
  『そうかなぁ? うん、そうだな。そうに決まってる!』

何だろう、この声は。
そう思うと同時に、次々と様々な、そしてどれも聞き覚えのある声が『白い悪意』の耳に飛び込んでくる。

  『…相変わらず……は単純やなぁ。』
  『それよりも…お前ら、その石にどんな力があるかはわかってるのか?』
  『いや、まだ…とりあえず拾ったばかりやけど報告しとこ思て。』
  『そう。ちなみに……さん達には?』
  『あの人達にはこれから報告しに行きます。』
  『ま、多分あの人達も言わはると思うけど…みんなを守る事以外に石を使って戦ったらあかんぞ。』
  『……はいっ!』

「これは………僕は…一体……。」
『白い悪意』の口から、独特の語尾を跳ね上げるイントネーションを含んだ呟きが漏れた。

――あぁ、覚えている。
この頃、僕らはお笑いバブルのただ中で。
いつバブルが弾けるかという不安はあったけれど、それでも仕事はあったし、僕らなら昨日よりも今日、今日よりも明日を
何とかちょっとずつ良いモノにしていけると漠然と思っていた。
まさか、やがて道を分かち、道に迷い、道を踏み外し、道半ばに倒れながらもまた歩き出す未来が来るだなんて、
予想だにしていなかったんだ。
今となっては甘酸っぱい…いや、しょっぱい昔の思い出。しかし、何故、こんな事を思い出してしまうのだ………?

僕は……僕は………僕は………………


「…………芸人を、滅ぼす。」
ズキズキと痛み出すのか頭を両手で押さえ、ぽつりぽつりと呟きを漏らす『白い悪意』の口振りから
不意にイントネーションが消え、流暢な標準語が紡がれる。
同時に彼の周囲から強い石の力が放出され、それは路上にいる二人の元へも届いた。





「…ちょっと怒らせてもーたかな。」
引きつるような笑みと共に松丘が呟く声を傍らで聞きながら、平井は胸元の首飾りに手をやる。
これから始まるのは自分達の居場所…『城』の防衛戦。
けれど意外と、今の彼に恐怖はなかった。
ただ、『白い悪意』のいる雑居ビルの最上階の踊り場を、じっと見据えていた。

すると。
白いパーカーを着た男が踊り場の所に姿を現したかと思うと、ひょいと塀を乗り越えてくる。
もちろん、塀の外側に足場などあるはずもなく、男の身体は重力に引かれて真っ逆さまに落ちていく。
どう見ても自殺です。本当にありがとうございました。

「………っ!」
違う。
落下しながらも『白い悪意』は石の力を急速に発動させていき、それに比例するかのように、落下速度が減少していく。
身構える事も忘れて見入る二人の目前で、白いパーカーの男は…『白い悪意』は軽やかにアスファルトに着地した。

「……舐めた真似を。」
してくれたな。
そう告げ終えるよりも早く、『白い悪意』の周囲から放たれた白い光が路上を走り。
松丘の身体をそれまで立っていた場所から数mほど後方へと弾き飛ばしていた。

72 :Phantom in August  ◆ekt663D/rE :2006/09/04(月) 01:06:40
今回はここまで。
なお、この話は2005年8月を舞台に設定された物です。
そして今回で松丘さんの旧式の能力は登場しなくなるので、一応まとめておきます。

松丘 慎吾 (坂道コロンブスVer.)
石:サーペンティン (蛇紋石。黄色がかった緑の石。「旅人を守る石」)
能力:石の力で呼び出したスケッチブックに指示を書き、相手に見せる事で相手を指示に従わせる。
  相手が従う時間は数秒ほどなので、難しい内容の指示は不可。
  また、呼び出したスケッチブックは石の力で出来ているので、ちょっと頑丈。
条件:相手の目に指示が見えていないと効果は発揮できない。