Phantom in August [12]

288 :Phantom in August  ◆ekt663D/rE :2007/01/23(火) 00:32:13

【22:10 渋谷・センター街】

重めの体躯が宙に浮き、続いてアスファルトに叩きつけられて。松丘の口からごほ、と空気が漏れる。
「………っ!」
大丈夫ですか、と思わず半身を後方に向けて呼びかけようとする平井の傍らを、
間髪入れずに『白い悪意』が文字通り風のように駆け抜けていく。
人の動きとは思えないその素早さは、先ほど雑居ビルから飛び降りた際に減速したのと同じ要領で
今度は逆に石の力で加速した為のモノだろう。
先ほどは行わなかった移動方法。それは彼が、『白い悪意』が本気になったという表れで。

「くっ……」
急速な視界の変化と痛みで自分の状況を把握しきれていない中、それでも何とか身体を起こそうとする松丘の目前に
『白い悪意』が立ちはだかるようにして出現…そう表現するのが妥当なほど唐突に姿を現して。
「まずは……お前からだ。」
告げながら『白い悪意』は右手を伸ばして松丘の襟首を捉え、そのままぐいと強引に引っ張り上げようとした。
普通ならシャツの襟の部分が引き延ばされて終わりだろうが、やはり石の力が微妙に働いているのか、
松丘の鈍重げな体躯が僅かに持ち上がる。
「松丘さん!」
前方にいたはずの『白い悪意』がいつの間にか背後に回り込んでいた事で、しばしあっけにとられていた平井が
ハッと我に返ったか、声を張り上げた。
「そいつ、柔道使います!」
「…………っ!!」
ほんのついさっき、猛烈な足払いを仕掛けられ、アスファルトに叩きつけられた事を思い出したか
端的に発された平井の忠告に、松丘は思わず右手で己の襟首を掴む『白い悪意』の手首をふり解こうと掴み返した。

「…やめ、ろっ!」
わざわざ自ら起きあがらせてやり、そこでまたアスファルトに叩きつけるという算段…そう察しての松丘の抵抗に
無駄だよとでも言いたげにパーカーのフードの下から僅かに覗く『白い悪意』の口元に歪んだ笑みが形作られる、けれど。

その瞬間、松丘の右手首で揺れるブレスレットの石がパッと鮮やかに発光した。
例えその身が踏まれ土にまみれようとも、それが為により力強く蘇る麦の若芽のような緑の輝きが、
石から松丘の右手に走り、そして右手から『白い悪意』の手首を介してその全身へと走り抜けていく。
光は一瞬で『白い悪意』の全身をスキャンするかのように巡ると元の松丘の手へと収束し、石に吸い込まれていって。
ピリッと痺れるような痛みを松丘が感じると同時に、『白い悪意』は松丘の襟から手を離した。

「痛っ……」
僅かに浮き上がっていた体躯が路上に落とされ、どさりと尻餅をつくような格好になるけれど。
それでも掴んでいた『白い悪意』の手を離し、松丘の「止めろ」の言葉に従うかのように
『白い悪意』がぴくりとも動かないのを良い事に、半ば這うようにしながらも一旦間合いを取り直す事は出来る。
駆け寄ってくる平井の傍らで起きあがり、喉元と左腕と臀部を順番にさすって松丘ははぁと一つ息をついた。
「松丘さん、今の……」
突如輝いたサーペンティン、そして不可解な硬直を見せた『白い悪意』。
おそるおそる問いかけてくる平井に、松丘は戸惑うように動きを取り戻しつつある『白い悪意』から
視線を逸らさぬまま小さくコクリと意味深げに頷いてみせた。

「何となくわかった…こいつの『今』の力。」
「だから、何だ!」
緊迫した状況にもかかわらず…いや、その緊張の故かも知れないけれど。
どこか薄く笑っているようにも見える表情で松丘は小さく口にして、右手を前に突き出すように身構えた。
ブレスレットにあしらわれた石から淡い緑色の輝きが立ち上がり、その煌めきに苛立つように『白い悪意』は吼える。
「目障りなクズ石…目障りな奴ら……消えろ!」
衝撃波を放ったり、何かをぶつけたりしてくるような攻撃的な石を相手にしている訳でもないのに
なかなか相手を屈させる事の出来ない己への怒りを直接周りに転嫁でもしたかのような
強い悪意のこもった白い光球を『白い悪意』は両手の間に作り出す。
帯にして放っても、光球のままぶつけてもかなりの威力になりそうであるけれど。

「…ヤだね!」
「……その通りや。」
街灯の明かりを上回るかのようなギラギラとした白い輝きにも臆する事なく2人は言い返し、
根拠のない微笑み…いや、それは根拠がない為のモノではない。自分達の背中にある居場所、
そしてそこにいる石持たぬ者を守り抜くのだという意志と誇りからくる歴とした決意の微笑だ…を浮かべてみせる。
そして特に合図を交わしてはいなかったけども、その場から『白い悪意』を左右から挟み込もうと
彼らはバラバラの方向へと動き出した。

一箇所に集まっていると、平井のダルメシアンジャスパーを使いにくいからと言うのもあるし
『白い悪意』に隙を作るためにもここは分かれておくのが上策というモノだろう。
しかし。
「…馬鹿がっ!」
その程度は前もって予測していたのか。
いくらか嘲りの色も混じりつつの声色で『白い悪意』は吼えると、指先で光球を強引に2分割して、
平井と松丘それぞれの方向へと悪意と共に放ったのだった。

291 :Phantom in August  ◆ekt663D/rE :2007/01/23(火) 00:54:58
※ この話は2005年8月を舞台に想定して書かれた物です。

すみません、お久しぶりです。
ちんたらしている間に2005年の夏の一夜の話が2007年にまで突入してしまいました。
その間色々あり過ぎましたし、諸々不適切なようでしたら以降はしたらばの方に投下します。