Phantom in August [14]

469 :Phantom in August  ◆ekt663D/rE :2007/05/08(火) 02:22:16

【22:17 渋谷・センター街】

「……………。」
サーペンティンから放たれた緑色の輝きが『白い悪意』の全身をスキャンするように走り、
隅々まで行き届いたと同時に今度は逆送して元の石に収まると同時に『白い悪意』の動きは劇的にぴたりと止まった。
中途半端な位置に両腕をもたげたままで、辛うじて何故己が動けずにいるのがわからないとでも言いたげに
小刻みに身体を震わせるぐらい。

しかしそれが、『今』のサーペンティンの能力。
蛇の石の名の通り、かつてパラダイスたるエデンの園に於いてイヴをそそのかし、禁断の果実を食させた蛇のように
手で触れた相手に己の望む行動を一つ取るよう促し、強要させる事が出来るというモノだった。
もっとも松丘自身は覚えてはいないけれど、『昔』の能力もスケッチブックに記した指示を相手に見せ、
その指示に従わせる能力だったため、本質的な所では大きく変わってはいないのだろうけれど。

「たいがぁー、今や!」
『白い悪意』を掴む手は離さぬまま、松丘はゆっくりと身体を起こしながら平井に鋭く呼びかけた。
「俺が動き止めてる間に、石を!」
「…はいっ!」
暴れる石の使い手を止める方法は二つ。石の使い手自身を行動不能にさせるか、使い手から石を奪うかである。
今までは前者の戦い方をしてきた平井だったけれど、失神を狙う攻撃が不発に終わった以上は
後者の石を奪う作戦に切り替えるのは当然であろう。
身体はこれまでの戦いによるダメージで悲鳴を上げているけれど、弾むような声で返答して
平井は『白い悪意』へと近づいた。

両手は白い光を放つのに用いていたからまさか石を握り込んでいるなんて事はないだろう。
ならば自分達のようにアクセサリーにして所持しているのか、あるいはポケットに収まっているか、だろうか。
プロレスの試合前にレフェリーがボディチェックをするかのように、平井はぺたぺたと『白い悪意』に触れ、
石の在処を調べていく。

松丘とサーペンティンによる『白い悪意』の行動の停止もいつまで続けられるかわからない…そう思えば、平井は
急いで『白い悪意』の石を見つけ出さねばならないのだけれど、胸元から腰回り、そしてボトムのケツポケットと
順繰りに調べても、石らしい固形物の感触は感じられなかった。
もう一度ぺたぺたと白いパーカーのポケットや胸元をチェックして、やはり石の気配はない…そう判断した所で。
平井はやおら目の前の『白い悪意』のフードで隠された顔を見上げた。
「…まさか、なぁ。」
思わずそう口にしてはしまったが、ピアスの石が実は…という可能性もある。
意を決し、平井は『白い悪意』のフードに手を掛け、それを一気にまくり上げた。

「……………。」
不思議な力が発揮されているとはいえ、決してまだまだ本調子ではないだろうサーペンティンを何とか煌めかせ、
『白い悪意』の動きを押さえ込んでいる松丘の目の前で『白い悪意』の後頭部、フードの下に隠されていた
サラサラとした茶髪が街灯の明かりの下に露わになる。
…その髪型、その色合い。何だかどこかで見た事があるような。
目に入る光景に、松丘が不意に既視感を覚えた、その瞬間。
「嘘…でしょう?」
ぼそりと漏れ落ちる平井の声が、松丘の耳に届いた。
そうやって驚くだけならともかく、続けて『彼』の名を口にしない方が良かったのかも知れない。
けれど、平井は目の前の人物の名を思わず口にしてしまう。
それにより、石の能力を維持させようとする松丘の集中が見事に途切れる事になったとしても。
その結果、またもや自分達が窮地に陥る事になったとしても。

「あなたは…つぶやき…シロー…さん?」

そう。
もちろんそれは所有者の美的センスの結果ではなく、意思持つ石に寄生されているという現れであるのだろうが、
平井の目の前に立っていた…正確には平井と松丘に挟まれるようにして立っていた『白い悪意』は、
眉間の部分に淡く輝く石を埋め込ませた男、つぶやきシローこと永塚 勤その人だったのだ。




【23:43 渋谷・某病院(ロビー)】

そこまで淡々と語った所で黒髪の語り部は一度口を閉ざす。
酒と煙草と『笑い』という議題さえあれば、喜んで一晩中喋り続けているだろう彼にしては…もっとも内容が内容だけに
仕方がないのだろうけども、らしくない重い口ぶりが続いており、多少滅入る所もあるのかも知れない。

「…ちょっと待ってください。」
俄に沈黙が訪れるロビーの陰鬱な空気を払うかのように、小沢が小さく手を挙げてから口を開いた。
「最初に言いましたよね。『白い悪意』は標準語を喋る男だった、って。
 もし『白い悪意』がつぶやきさんってわかってたら、最初っからそうだって言いますよね?」
そんなちょっとした朝まで生テレビ的な仕草を見せる小沢に、語り部たるその人は一瞬驚いたように
その大粒の目を見開き、続いてその目を愛おしむように細めてみせた。
「エエ所に気がついたな。実はあいつらは『白い悪意』がつぶやきやって一言も言ってへん。
 せやけど…渡部くんがあいつらの思考と同調しててくれたお陰で、あいつらが伏せてた出来事も拾い起こせたんや。」
口には出さずとも、過去を思い出そうとする時にどうしても脳裏をよぎるイメージ、リフレインする声。
今立の回復魔法による治療を受けつつ状況を語る松丘ら二人の様子を一歩下がって聞いている…様子を装いながら
渡部は密かにその石の力を用いて語られざる出来事、記憶の断片を探っていたのだ。
「単純に信じられへんかったのか、あるいは『白い悪意』やって明らかにする事でこの一件が片付いた後も
 あいつが孤立してしまうのを恐れたか。さすがにそこまでは渡部くんも拾えへんかったみたいやけど、
 伏せてたんはその辺りの理由なんちゃうンかな。」


「……甘い、な。」
ボソッと設楽の口から言葉が漏れる。
黒の幹部として物事にあたっている彼からすれば、この対応は甘く生温い事この上ない事だろう。
下手に正体を伏せ続けて現状を続けるよりも、広く公開して警戒を強めつつ、攻撃的な能力の石の持ち主を集め、
彼の自宅や良く立ち寄る場所に送り込んで反撃に打って出た方がよほど良いではないか。
全く、と憮然とする設楽の横で、土田は曖昧に口元に笑みを浮かべて肩をすくめた
「ま、向こうもそう思ってるからこそ、視えたモンをワザワザ教えてくれてるっつー訳だし。」
「…だから、敢えて当事者のあの人に喋らせなかった、という事ですか。」
また、シアターDの時と同じように重要な情報を伏せられる可能性があったから。
半ば強引に怪我人達を追いやった目の前の人の判断にようやく納得がいった、と言った様子で赤岡は呟く。
「……そういう事や。じゃ、ここからは渡部くんの視た情報も混じるけど…話を続けるな。」
まだどこか納得していない様子の井戸田とその隣の重要な情報を聞き漏らすまいと集中している小沢を見やり、
語り部は一つ息を吐いて間をおくと、それからまた淡々と言葉を紡ぎ出した。




【23:43 渋谷・某病院(病室)】

場合によっては、後に運ばれてくる急患を優先してどいて貰うからね、という前置きもありつつ
ここで一晩過ごすようにと指示された病室で。
平井と松丘は各々倒れ込むように寝台に横たわると、寝心地の悪い中で両手両足を伸ばした。
こうやって一息ついてみると、幾ら回復魔法のお世話になったとはいえ身体の節々が痛んでいて
あぁ、自分らは激しく闘ったんだな、と言う実感がわいてくる。
喉が渇いたから、とここまで付き添ってきた中岸に金を持たせて自販機でジュースを買いに行かせれば、
病室は俄に静寂に包まれるけれど。
「…松丘さん?」
「んぁ…?」
白い天井をぼんやり見上げ、視界の隅に脱水症状対策の点滴のパックを捉えながら、平井は隣の松丘に話しかけた。
「良かったんですか? あの人の事、喋らなくて。」
平井が不安げに問いかけるのは、ちょうどロビーで話題になっている人物について。
お願いしてしまうけど…と頼み込んでくる松丘に口裏を合わせる形で渡部達の前では黙ってしまった平井だったが、
それがベストな判断とはやはり思えない。
「…意味、無いと思たから。」
そんな内心が滲む不安げな平井の問いに、松丘はぼそりと短く答えた。
「どうせ伝えても…他の石を持ってるみんなが対策取る頃には…あの石はとっくに宿主を変えてる筈や。」
やったら…黙ってても問題ない。
疲労からかまぶたを中程まで降ろし、しかし天井というよりもどこか虚空を見やりながら松丘は平井に答える。
その口ぶりは重く、先ほどのロビーで見せた態度とは別人のよう。

「確かにそうではありますけどね……」
でも、Dまで駆けつけた渡部達、そして病院に現れた面々の存在と行動力を思えばもう少し周りを信じて良いような気もしますけど。
口に出掛かった後半部分は強引に呑み込んで、平井ははぁと溜息をついた。
先ほどまで二人が戦っていた『白い悪意』の本性は永塚などではなく、主を主と思わない、あまりに万能なる力を
己の復讐のためだけに用いようとする石そのものだったのだから。

474 :Phantom in August  ◆ekt663D/rE :2007/05/08(火) 02:34:37
※ この話は2005年8月を舞台に想定して書かれた物です。

松丘 慎吾 (鼻エンジンVer.)
石:サーペンティン (蛇紋石。黄色がかった緑の石。「旅人を守る石」)
能力:相手の疲労や肉体的ダメージを自分の身に引き受ける代わりに、相手に一つ思い通りの行動をとらせる。
 慢性的な疾患や毒、精神的ダメージは範囲外。
 行わせる行動の複雑さや継続時間は引き受けるダメージの量に比例する。
条件:相手の身体に触れていないと能力が発動しない。
 当然、自分の限界以上のダメージを引き受ける事は出来ない。

それと、当初の予定より展開を色々弄ったせいでタイムテーブルが機能しなくなっているので、
後で全体的に修正するかなかった事にします。
ミンナのテレビ組に一報が入る時刻までバトってるなんてありえないしorz