Phantom in August [3]

399 :Phantom in August  ◆ekt663D/rE :2005/11/21(月) 23:24:09

【21:27 都内・某墓地】

墓地のあちらこちらで悲鳴の上がる中、設楽はどこか上機嫌といった様子で通路を進んでいく。
先ほども墓石の陰から身を乗り出して不気味なほどの笑顔を浮かべていた双子を軽くあしらったばかり。
「みんななかなか趣向を凝らしてて…結構やってみるモンだねぇ。」
「……………。」
けれど、肝試しというイベントを楽しんでいる設楽に対して傍らの井戸田は先ほどからずっと硬い表情を崩さない。
幾度話を振っても警戒の色を露骨に表している井戸田の反応に、設楽は苦笑いを浮かべて肩を竦めた。
「あのさ、イトリ。お前は真面目に俺の事見張ってるつもりなんだろうけどさ、本当に今夜は何もしないから。」
「……………。」
軽い調子で井戸田に告げても、彼の警戒は解けない。
ちょっと自業自得の所はあるかもだけど、どうもこれだけが興醒めなんだよね…と口に出さずに呟いて設楽は頭を掻いた。

『黒のユニット』に於いて幹部を務めている設楽と、『白のユニット』の一員として『黒』と敵対している井戸田。
井戸田の立場からすれば、今夜の肝試しに乗じて『黒』が何かやらかさないか見張っておく必要があるのは当然で
同時に設楽の立場からすれば、今夜の肝試しを利用して井戸田達『白』のメンバーを潰す計画は余りにも魅力的で。
肝試し実行の妨げになるだろうこの懸念を、設楽が今夜だけは『黒』を持ち込まないと明言した事で、何とかクリアして今日までこぎ着けてきたのだけれども。
やはり余りにも互いに明確に想像できるが為に、井戸田は警戒を解かず、設楽はずっと困り果てている訳で。
「俺が直々に何もしねぇって宣言してるんだ。素直に状況を楽しめないと…勿体ないぞ。」
「……………。」
最近は『白い悪意』とやらまで跋扈してるんだし、いつ何が起こるかわからないんだから。
そう呼びかけてもやはり井戸田の表情は変わらなくて。設楽はこれで何度目になるかわからないけれど、深い溜息をついた。
こうも頑固であるのなら、いっその事ソーダライトの能力を借りて井戸田を懐柔してしまおうかと設楽も思わなくもないけれど。
さすがにそれはワガママが過ぎるような気がして、まだ実行に移せずにいる。
その代わりにぐるりと辺りを見回して、設楽はポツリと呟いた。
「しっかし、みんなは楽しそうなんだけどなぁ。」
相変わらず墓地のあちらこちらで悲鳴が上がっている。
しかし、同時にはしゃぐような楽しげな声もちらほら聞こえ、石の使い手だけにわかる石が発動する気配も伝わってきていた。
脅かし班の赤岡の黒珊瑚や島田の白珊瑚はもちろんだろうが、脅かしに対抗する側も日村のスモーキークォーツや
磯山のバイオレットサファイアなどが力を放っているようだ。

「……………。」
設楽の仕草につられるように、井戸田も顔をもたげ、辺りを見回す。
…はしゃいでる面々を危機感のない無邪気な奴らだとでも思ってるんだろうか。
相変わらず険しい井戸田の横顔を眺めながら、設楽がそんな事をぼんやりと考えていると。
不意にピクっと眉がしかめられて井戸田の表情に変化が訪れる。
「……何だ?」
その原因は、設楽にも瞬時に理解できた。
感じたのだ。ひときわ強く石の力が発動する気配を。しかも、それは少なくとも此処にいるはずのない人間の石で。

「あの馬鹿……っ!」
故に。声には出さずに呻き、設楽は苦い表情を浮かべる。
その表情が元の楽しげな物に戻るには、それから幾らかの時間が必要となった。




肝試しの通路から少し外れるだけで、墓地はすぐさまその顔を本来の死者の眠る場としてのそれに変える。
闇が覆うその中を、懐中電灯で足下を照らしながら小沢と川元は歩を進め、やがてどちらが先という事もなく立ち止まった。
いくら今が夜であるとは言え、辺りを包む蒸した暑さに苛立つかのように川元はふぅと息を吐き、すぐさま片手で携帯を掴み出す。
そういえば、小沢達が出発するちょっと前にも彼はどこかに電話を掛けていたように思う。
どこか場違いのように携帯の液晶が放つ光を眺めていると、慣れ親しんだ文明の利器の力なのか少し落ち着けてきた気がして
小沢はゆっくりと側の段差に腰掛けた。

その間にもひっきりなしに感じる石の発動する気配、そして耳に届く悲鳴と歓声。肝試しはまだまだ続いている。
「……………。」
けれど一度喧噪から離れると、そのただ中に居る時よりも冷静な目で状況を眺める事が出来るような気がして。
小沢も一つ深い息を吐いて、大丈夫、怖くないと口に出さずに呟いた。
…ここに居る連中はあくまで人を驚かそうとしているだけで、石や身の安全を脅かそうとしている訳じゃない。
怖くなんかない。怖くなんかない。むやみに驚いて、怯える必要なんか無い。
そう何度も自分に言い聞かせるようにしていたけれど。


バチン。


「……………っ!」
しかし、不意に起こる物音に、小沢の肩はビクッと震えてしまった。
反射的に目を向けた先には、先ほどまで弄っていた携帯を閉じる川元の姿。
「……どうしました?」
用件が済んだのだろうか。携帯を元のポケットにねじ込みながら、川元は小沢に問う。
「な…何でもない。大丈夫。」
普段なら気にならない、ただ携帯を閉じただけの物音ながら。
激しく動きだす心臓を押さえるように胸に手をやりながら、小沢は軽く俯いて川元にそう答えた。
「……そうですか。」
小沢の動揺に気づいたのか気づいていないのか。それともそもそも気にするつもりもないのか。
ぼそりと川元は呟くと、携帯と入れ違いにポケットから引っ張り出したのだろう、ピンめいたモノをシャツの襟口に引っかけた。
闇の中でそのピンめいたモノからチカッと一瞬赤い光が瞬き、同時に発せられた独特の気配に小沢は胸を押さえたまま顔をもたげる。
もちろん、その独特の気配とは力のある石が発するそれ。

「……………?」
「…ウンバライトって石、ご存じですか?」
表情に警戒の色を混ぜ始めた小沢に、淡々とした口調で川元が問うた。
「……別名をマライアガーネットと言い…かつてはクズ石として扱われていた石。
 でも、正しく磨かれ見いだされたそれは、今はクズ石とは決して呼ばせない高い価値を得るに至る。」
所有者の言葉に誇らしげに呼応するかのように、小さいながらも赤い光は輝きを増す。

「川元君、それは…君の…」
「……ええ。しりとり王の時にスタイリストさんから頂いたんです。」
いや、押しつけられたと言った方が正しいかも知れませんね、と付け加える川元のシャツの襟にあるのは
小さい赤い石があしらわれた、シンプルなデザインのネクタイピン。
その小さな石が放つのと同じ赤い輝きが、川元の右手の人差し指の先端にも点る。
設楽がわざわざ宣言してくれた以上、今夜は何も起こらない…そう信じていた中でのこの川元の行動の意図がわからず、
小沢はゆっくりと立ち上がり、己の石であるアパタイトに意識を向けつつ、警戒するように川元を睨み付けた。

「……まぁ、これはただの戯言…自己満足なので気にしないでください。」
その小沢の態度の変化は川元にも伝わったのだろう。小さく微笑んで右手を胸の高さにもたげる。
「……そう、ただの自己満足です。先にこっちの石を提示する事で、不意打ちを卑怯な行いじゃないと思いこむための。」
小沢に聞こえたかどうか怪しい小声でそう呟くと同時に、ETよろしく赤く輝く指先で川元は虚空にスクエアを描く。
石の力が働いたか、描かれたスクエアはぼやけて消える事なくしばしその空間に存在し続けて。

「……石よ、小沢さんの身体の感覚を、閉ざせ。」
眉間を寄せて川元がそう命じた瞬間、赤いスクエアは一瞬にして拡大しつつ小沢へと襲いかかった。
「…………っ!」
色々と考える間もなく本能的に危険と察し、小沢はスクエアを避けようと試みる。けれど。
ここは墓地の細い通路。墓石を蹴散らす覚悟があるのならともかく、左右に大きく動く事が出来ない。
アパタイトを使って瞬間移動を行うにも、キーワードを口に出来るほど二人の距離は離れてなくて。
結局スクエアの一辺が小沢の身体をすり抜けて、小沢はスクエアの中心に捕らえられる形になってしまった。

そしてスクエアに捕らえられると同時に、小沢の全身から力が抜けていく。
以前、赤岡の黒珊瑚で金縛りにあった時のように、身体が思うように動かない。
効果を発揮したためか、徐々に彼を捕らえるスクエアは薄れていくけれど。
立っている事も出来なくなり、蹌踉めきながらゆっくりと倒れようとする小沢の身体を、ギリギリの所で駆け寄った川元が抱き留めた。
石を用いた後遺症だろうか。川元の腕は夏の暑さだけとは考えられない異常な量の汗をかいていて、
その顔色も先ほどに比べると別人のように悪い。

「……すみません。でも、こうしないと守れないモノがあるんです。」
ぼそりと発せられる川元の言葉は、感覚が薄れている小沢の耳に届いただろうか。
今やぼんやりと川元を見上げるばかりの小沢の瞳に、川元の背後に緑色の空間の亀裂が走る異様な光景が反射して映っていた。


404 :Phantom in August  ◆ekt663D/rE :2005/11/21(月) 23:41:34 
 川元 文太 (ダブルブッキング) 

石:ウンバライト (ガーネットの一種。宝石言葉は「内気、心を奪う素質」) 

能力:対象を口にしつつ指で四角を描く事で、何かしらを「閉ざす」事ができる。 
 使い方としては扉を閉ざして鍵を使っても開けられないようにしたり、心を閉ざして精神攻撃を防いだり、 
 感覚を閉ざして相手を無力化させたりといった感じ。 
 自分や何かを中心にして空間を閉ざして相手の動きを封じたり、身を守ったりもできるが、 
 その場合は必ず立方体状に空間が閉じてしまう。 

条件:空間を閉ざすのは、閉ざすサイズに関わらず一日に一回が限度。 
 能力を使う事に同意していない人間の心を封じる場合も消費する力が大きく、 
 全体的に能力の多用は出来ない。 


今回はここまで。 
なお、川元さんの台詞にある「しりとり王」とは関東ローカル番組「虎ノ門」のSP企画。