Phantom in August [4]

415 :Phantom in August  ◆ekt663D/rE :2005/12/03(土) 18:35:42

【22:17 新橋・居酒屋】

「じゃ、とりあえずこれぐらいで。」
各テーブルに個室完備の居酒屋の一室で、メニューを一通り指定して注文を受けに来た店員にエレキコミックの今立 進は告げる。
同じテーブルについているのは彼の相方のやつい いちろうこと谷井 一郎とアンジャッシュの2人。
それは共演している番組での合同コントの収録上がりにとりあえず一杯でも、というありふれた光景かも知れない。

「……………。」
店員が姿を消すのを見計らって、はふぅと渡部 建は溜息をついた。
「…どした?」
仕事による疲労とは異なる質の疲れをその表情に見せる渡部に谷井は問う。
けれどその答えを聞かずとも、ある程度はその原因もわからなくもない。
「やっぱり、『白い悪意』?」
「……………。」
重ねて問う谷井に、渡部は視線だけでこくりと頷いて返す。
その様子にそれも仕方がないか、と声に出さずに今立は呟いた。

今回突如降って湧いたように現れた、『白』や『黒』はもちろん石と無関係な芸人にまでも無作為に暴挙を起こす存在…『白い悪意』に対し、
そしてそれによって生じた混乱を突いて『黒』が勢力を伸ばさないよう、本職をこなしつつ『白のユニット』中心人物として対策を講じなければならない渡部達の苦労は、側で眺めて知っている以上に計りしれない物なのであろう。
「せめて正体がわかればこいつに気をつけろーってできるんだけどね。」
メニューをテーブルのサイドに戻しながら今立は小さく呟いた。
被害者達や目撃者達からボチボチ集まってくる情報によれば、その『白い悪意』はフードや帽子などを目深に被っていてその顔を見せる事はないらしく。
芸人なのか、それとも芸人に関わる職の人間なのか、それとも石が勝手に取り憑いた一般人なのか。
その正体すら把握できないのが現状で。
「ま、被害に遭っちゃった人とかは『白い悪意』じゃないって予想から除外できるけど…」
如何せん元となる若手芸人の数が多すぎる。
こちらもぐったりという形容がよく似合う口調で児嶋 一哉が呟いてテーブルに両肘をつく。

「今ン所は無事だけど…そっちも気をつけろよ?」
「わかってる。ま…それはお互い様だけどね。」
ぼそりと漏れる児嶋からの忠告に谷井が明るい口調…それは別に『白い悪意』を侮っている訳ではなく、
相手の気を楽にさせようという彼なりの配慮からだろう…で答えて八重歯を見せて笑った、その時。
渡部の携帯が不意に電子音を奏でだした。

「…………?」
失礼、と小さく前置きしてから渡部は携帯を取りだし、着信を受ける。
仕事の件だろうか、それとも他の芸人からの他愛もない用件?
料理がまだ何も来ていない事もあり、3人がそれぞれ渡部の方に意識を向けていると。
「え…本当ですかっ?」
相手の用件を聞いていた渡部の表情が急速に険しい物へと変わっていった。
「救急車はまだ? ちょっと時間が掛かる? 良かった。わかりました、ちょうど近くにいるので急いで向かいます!」
口調から余裕が消えていく渡部の言葉に、谷井の表情からニヤニヤと浮かんでいた笑みが消える。

「…何があった?」
「噂をすれば何とやら、かな。D…シアターDに怪我人が運び込まれた。奴に…『白い悪意』にやられたって言ってるって。」
通話を終え、携帯を閉じる渡部にすかさず児嶋が問うと、返ってくるのは渡部の苦々しげな言葉。
「あそことか、Fu-とかラママとか…ある程度知られてる劇場のスタッフの人に奴絡みで何かあったら連絡くれるよう頼んでたんだ。」
心を読むまでもなく、何故そんな連絡が渡部に? という疑問が自然と表情に浮かんでいたのだろう。
エレキの2人に渡部は付け加えるように説明して、座っていた席から立ち上がる。
「そうだったんだ。でも、ここ近くって言うにはDから遠くね?」
一応都内って言えば都内だけどさ…そう問いかける谷井に対し、渡部は小さく笑んで今立の方へ手を差しのばした。
「…どうしたの? ってか、何その目。」
一見すれば微笑んでいるように見える渡部の目が、微塵も笑っていない。
追いつめられてるんだなぁ…と改めて口に出さずに呟き、手を差しのばしてくる渡部とは裏腹にわずかに表情を引きつらせながら
今立はどこか確認するように問う。

「Dへのルーラと怪我人へのホイミ、お願いできるかな。何なら好きなゲームソフトと引き替えでも良いし。」
事情を知らない人間からすると、何ゲームと現実を混同しているのだと言わんばかりの言葉を
当然のように口にする渡部に今立は思わず肩を竦めた。
「…やっぱりか。」
予想通りの渡部の要求…協力要請に自然と浮かぶ苦笑い。
「石を使うとしばらくゲームやる気になれなくなるからキツイんだけど…ま、人助けだしね。わかった。」
……って言うか、ここでNoなんて言えるはずねーだろ。
頭を掻いて今立はそう答え、相手の思考と『同調』できる力を秘めた石を持つ渡部に悟られるのを覚悟で内心で軽く毒づけば。
渡部の表情がふっと申し訳なさそうなそれに変わったように思えて。再び今立は肩を竦めてゆらりと立ち上がった。

「でも料理頼んじゃったし、みんなで動いちゃ駄目だよな…。」
渡部と今立に続いて児嶋と谷井も椅子から立ち上がっては見たモノの。ふと児嶋が困ったように小さく呟く。
注文した食事はともかく、少なくともそろそろ飲み物は運ばれてくる頃合いだろう。
「じゃ、オレ様が料理を見張っててやるから、急いで用件済ませて戻ってくるが良い。」
どうしよう、と思わず互いに顔を見合わせる中、谷井が一人ドスンと椅子に腰を下ろして3人に態とらしく偉ぶった口調で告げた。
「もちろん、会計を押しつけられるのは厭だから、財布は預からせて貰うけどね。」



【22:12 都内・某TV局(美術倉庫)】

無数のセットや大道具が収められ、木材の独特の匂いが漂う美術倉庫の片隅に一瞬淡い光が走り、空気が震える。
トン、どすどす。
続いて上がった小さな物音の正体は、宙から床に降り立った3人組。

「ン…良かった。石の気配は残ってる。ここで間違いないと思うんだけど。」
軽やかに降り立った男が辺りの空気に漂う独特の感触を確かめるように呟いた。
「確かに一つ二つ…そんな感じがするみてーだな。」
彼の言葉に同意するように、茶髪のスーツ姿の男が眉間にしわを寄せつつ言葉を紡ぐ。
もう一人の黒髪のスーツ姿の男は着地に失敗したようで床に座り込んでウンウン呻っているようだ。
「でしょ? って事だから…早速ここで何があったか調べるよーに。」
そんな哀れな黒髪のスーツ姿の男にニシシと笑い、視線を茶髪のスーツ姿の男に向けて
最初に口を開いた男…堀内は両手を腰の両側にやって告げた。

「調べるようにって言ったってなぁ……話が全然見えてこねーんだが。」
小さく溜息をついて茶髪のスーツ姿の男、くりぃむしちゅーの上田 晋也は堀内を軽くにらみ返す。
「こちとらさっきまで番組収録してたんだぜ?」
「だから俺だって休憩に入るまで待っててあげたんじゃん。」
「まぁなー。いきなりスタジオん中に瞬間移動してきた時はどうしたもんかと思ったしな。」
頬をふくらまして反論する堀内と上田のやりとりに、ようやくもう一人のスーツの男、有田 哲平が割り込んできて。
言葉の内容ほど慌てたとは思えない口調でついさっきの出来事を思い返す。

土田に逃げられた堀内は、『白』の仲間であり信頼できる相談相手でもあるくりぃむしちゅーの2人に
早速土田の件を伝えようとしたのだけれど。
瞬間移動してスタジオに行ってみれば、彼らはレギュラー番組の収録中で到底堀内の話を聞ける状態ではなく。
その堀内の何かを伝えたい様子は上田達にも何となく気づけても、共演しているゲストの面々がベテランの有名所揃いだった為に
自分達から休憩できないかどうかと言い出せるような空気などどこにもなくて。
結局、それから堀内は休憩が言い渡されるまで延々とスタジオ内で待たされる結果となってしまったのだ。
「とにかく、駄目元で良いからやっちゃって。」
「駄目元で良いって…一応石を使うと痛い思いするんですけどね。僕。」
こちらの話を聞いているのかいないのか。長い付き合いながら時々わからなくなる相手の物言いに呆れ果てたように
上田はブツブツと文句を呟きながら身につけているチョーカーを服の下から引っ張り出すと、
そこにあしらわれている石…ホワイトカルサイトを右手で握りしめた。

「まぁー…ここに御座います大道具の数々。一般的に舞台装置と同義に用いられる事が多いんですけれど、
 そもそも語源は歌舞伎の用語で大道具方と呼ばれる役職の人に組み立てられたモノを色々省略して大道具と呼んだ事に始まりまして……」

呼吸を整え、表情を真剣なモノに変え。
石がスタンバイ状態に入ったのを確かめてから上田は記憶の中にある知識を口に出していく。
呪文のように流れる言葉に呼応するかのようにホワイトカルサイトは光を放ちだし、それが紡がれ終わると周囲のセットが記憶していた光景が
上田の脳と石にそれぞれ流れ込んできた。

「……くっ」
「どう? 見えた?」
「おい、大丈夫か?」
石を用いた事による反動で痛む身体を押さえながらその場にうずくまる上田に、堀内と有田が駆け寄ってそれぞれ声を掛ける。
2人から発せられた問いかけにそれぞれ答えるようにコクコクと頷いて返しながら。
「見えたぞ…土田の奴……ったく、何を考えてやがるんだ…」
幾度も荒い呼吸を繰り返す中で上田の口からかろうじて呻くような呟きがこぼれ落ちた。
眉間にしわを寄せたまま、2人に説明するために上田は先ほどここで起こった出来事をゆっくりと思い出す。


虚空に作られた赤いゲート。
その中にためらうことなく右腕を差し入れている、土田。
やがて土田は腕を引き、ぐいとゲートから引っ張り出された、それは。
それぞれ見覚えのある若い芸人が二人。

川元とその腕にしっかりと抱きかかえられた、小沢だった。

 [エレキコミック 能力]
 [くりぃむしちゅー 能力]