ザ・プラン9編[2]


311 名前:22 投稿日:04/11/25 12:29:43

 梅田駅の雑踏の中、浅越は我に返った。
 (なんで駅?っていうかタバコ吸ってる!!)
 手にしていたタバコに咳き込み、慌ててもみ消す。が、足元には大量の吸殻が散乱している。
記憶が完全に飛んでいたらしい。
どうしてこういう状態になったのか、なぜここに居るのか、全く検討が付かない。
ただ、さっき感じた頭痛はないようだ。
 (とりあえず戻ろう・・・)
 こんなところで考え込んでいても、なにも打開されることはないはず。
浅越はとりあえず劇場に戻ろうとして、ポケットのふくらみに気づく。
 ポケットに手を突っ込むと、中から出てきたのは小さな箱。タバコの箱ではない。
どちらにしろ見覚えがないのは確かだ。
 少し躊躇しながらその箱を開けると、中には大量の黒い石が入っている。
石が勝手に箱に入ってポケットに飛び込んでくるはずがない。
浅越自身が収集し、箱に入れてポケットに入れたと考えるのが妥当だろうか。

 (あの石を早く壊せ。さもないと・・・)
 石をジャラジャラと手でかき回していると、さっきと同じ声が聞こえてくる。
 周囲を見回すが、誰も自分に話し掛けている様子はない。そしてその声は、浅越にしか聞こえていない様子。
 (早く壊してしまうのだ。さもないとお前が・・・)
 思考をまとめようとしている間にも、声は繰り返し聞こえる。
 (さもないと、何だ?)
 (あの石を壊せ。一分でも早く。)
 浅越の疑問に答えるように、声が反応してくる。
 (早く壊せ。とにかく早くだ。)
 (壊すにしても、どの石を壊せばええんや?鈴木さんの翡翠か?)
 (あの石がある限り、お前が・・・・)
 そこで声はぷつりと途切れた。
 (あの石ってどの石や!俺が何やねん!)
 しかし、もう声は聞こえてはこない。ただ、さっきよりも箱の中の石が増えている気がする。
 (何やねん、一体。)
 苛立ち、無造作に石をつかむと、また意識が遠のいた。

 浅越はタバコに火をつけると、劇場に向かって歩き出した。
その表情は、さっきとはうって変わって、冷たいという他に表現の仕様のないものだった。

「サンストーンとゴールドストーン。へぇ、いいっすね。」
「やろ?それやったら衣装に使えると思って。」
楽屋では、浅越をのぞくメンバーが、久馬の持ってきた石を物色していた。
「こんなん、どっから調達してきたんや。」
「あー、昨日芝田の方の露店で。」
「芝田の露店?あんなところに露店なんか出てましたっけ?」
「いや。昨日だけ。めっさちっさい露店で、めっちゃちっさい男の子が売ってた。」
「怪し!大丈夫なんすか?」
「大丈夫やって。値段も安かったし、ただの石やし。」
「やったらイイっすけど・・・」
いまいち納得がいかない表情でヤナギブソンは再び石に視線を戻す。たしかに、言われてみれば「たかが石」だが。
「サンストーンねぇ。」
灘儀は、自分の衣装に宛がわれる予定の石を、手のひらの上で弄んでいる。
すると、ドアが開き、トイレに行くと言って長い時間席を外していた浅越が戻ってきた。
途端灘儀が立ち上がり、浅越に詰め寄る。
「おい!お前、さっきの何やねん。」
しかし、浅越はそのさっきと同じ強い力で灘儀を突き飛ばした。
「ちょぉ待てや。急に何・・・」
そう言って浅越の元へ行こうとした鈴木に、あの声が聞こえた。
(あなたを待っていました。)
「え?」
声と同時に、鈴木が首からかけていたチョーカーが大きく光を放つ。
それに呼応するように、灘儀が持っていたサンストーンも光りだした。

 (あなたを待っていました。)
 あの声が鈴木に聞こえる。
 「さっきから、待ってた待ってたって何やねん!」
 (声に出さずとも、会話は出来ます。我々の声はあなたにしか聞こえていません。)
 言われて周囲を見ると、他のメンバーはこの事態に右往左往している。
 (で、これはどういうことや?俺を待ってたって?)
 (我々はずっと、王の帰還を待っていたのです。)
 (はぁ?)
 (あなたが我々の声に答えてくださるのなら、この状況は回避できるでしょう。)
 (・・・・・ホンマか?絶対か?)
 (王に嘘など申しません。)
 (・・・・・分かった。お前らの声に答える。)
 (御意!)
 声と同時に、鈴木のチョーカーの光はいっそう増す。
 そして灘儀の手の中のサンストーンも同じように。
 途端、灘儀が吸いかけて灰皿に置いていたタバコから、大きな炎が浅越に向かって放たれる。
 あまりの勢いに、浅越は面食らって倒れこんだ。
 (おい!どういうことや!)
 (我々はあなたが呼べば答えます。ですからどうか、救いを。)
 (ちょぉ待て!俺は・・・・)
 言いかけて、鈴木の意識はメンバーが浅越の身を案じて駆け寄る声に移る。同時に、声も、石の光も消えた。

さっき起こったことが嘘のように、楽屋はいつも通りだった。
大きな炎が出たという痕跡は一切残っていない。
突き飛ばされたときにぶつけた灘儀の腰は痛いし、浅越は気を失ったままだが。
「どうなっとんねん。なんやねん。」
灘儀は必死に首をかしげ、自分の手の中にある石を物色する。しかし石は光らないし、炎も出ない。
「確かに火ぃ、出ましたよね?」
「出てたな。」
「でもどこも焼けてない。」
「変ですね。」
3人の話を黙って聞いていた鈴木は、これ以上隠しておいても良くないと思い、思い切って切り出す。
「・・・俺、変な声聞いてもたかも。」
鈴木の言葉に、全員の視線は集中した。

「王の帰還、ねぇ。」
鈴木の話に、久馬が訝しげな顔で、取っていたメモを読み直す。
本公演のネタになりそうな話だが、現実に起こってしまうと物騒で仕方ない。理解できない点も多かった。
「鈴木さんが王様なんすか?」
「知らんがな。」
「でも鈴木さんだけに声は聞こえたんでしょ?」
「そうやけど、今日になって急にやぞ。何やねん、この石。キモいわー。」
「俺に持ってた石も光っとったし、処分した方がええんと違うか?」
「でもなぁ・・・」
突然現れた厄介な石に、4人は苦悩の表情を浮かべる。浅越の豹変振りも、石の力も、謎ばかりだ。
「翡翠は中国では、王の石と呼ばれています。」
4人の会話に、急に浅越が加わり、4人は身構える。しかしなにも起こらないし、鈴木に例の声は聞こえない。
「大丈夫か?」
「はい。記憶は、ありませんけど。」
「記憶が、無い?」
「トイレに行ったときに記憶が途切れて、気付いたら梅田の駅に居ました。
そこですぐに又記憶が途切れて、気付けばこの有様です。」
「お前も何か、石持ってるんか?」
「・・・とにかく、石のこと、詳しく調べなきゃダメですね。」
言いながら起き上がると、浅越は立ち上がり、メガネと荷物を取る。
「俺が居ると危なそうなんで、今日は帰ります。石の事、調べておきますね。」
弱々しい笑顔で言うと、浅越は出て行こうとする。
「おい、大丈夫か?」
久馬の問いかけに、浅越は振り向かずに言った。
「すみませんでした。」
その声は本当に消え入りそうで、けれどさっき起こったことを考えると、誰も浅越に近寄ることができなかった。