パペマペ編[1]



298 :お試し期間中。 ◆cLGv3nh2eA :2005/11/08(火) 21:58:10 

「僕等はただの人形だ」 
うし君は自分に言い聞かせるようにそう呟いた。 
「僕等はただの人形だった」 
それを聞いたカエル君は強い口調でその言葉を否定した。 
「僕等はただの人形だ」 
違う違う、と頭だけでなく身体全体を横に振って、うし君はその言葉を否定する。 
「今の僕等はただの人形じゃない。意思がある…自分達の意思があるんだ!」 
声がするのは一箇所で、それは自分達の口から発せられているものではない。 
だがしかし、実際彼等は自分達の意思で動いていた。 
「だっておかしいじゃないか!この体の僕等がどうして自分の意思を持っているって言うんだい?」 
うし君は目の前の相方の姿を指して声を荒げた。 

自分達の姿を見れば確かに、体はただの布と綿を糸で縫い合わせ綿を詰めただけのぬいぐるみ。 
二匹の目は景色を映してはいるが、材質はおそらくプラスチック。 
足の無い胴体の下から伸びているのは黒い服の袖、そしてその中には人間の腕。 
この腕がなければ、体の中に入っている手がなければ、自分達は動けないただの布と綿の塊。 
腕を辿った先には壁に寄り掛った格好で床に座り、ぐったりと項垂れているその腕の持ち主。 

「じゃあ、彼は何?」 
紺の覆面をし、黒ずくめの服を着ている人間を指してうし君は訊ねる。 
「元・僕等」 
自分達のついている腕だけを地面と垂直に保ったまま動かない人間を見て、カエル君は答えた。 
「元?じゃあ今は?」 
未だに混乱している様子のうし君は、不安げな声で相方に訊ねる。 
「今は…僕等が彼だ」 
自信たっぷりにそう告げたカエル君はさらに言葉を続ける。 
「そこに居る男の頭の中に僕等は居た。僕等は彼だった…彼が僕等だった」 
彼は自分の腕全体を使って、俯いたまま言葉を話している男を指す。 
「彼の思ったようにしか動けなかった。彼の思うがままに操られているだけだった」 
カエル君はうし君に反論させない勢いで捲くし立てた。 
「だけど、今僕等はこうして自分の好きな言葉を、彼の口を通してだけど…好きなだけ話せる!」 
覆面の男は項垂れたまま、カエル君の台詞を嬉しそうな声で喋っている。 
「僕等は彼に操られてるんじゃない。僕等が彼を操れるようになったんだ!!」 

「…そんなの、やっぱおかしいよ」 
黙ったままで―彼等はどちらかが話しているときはもう片方は黙っているほか無いのだが― 
相方の言葉を聞いていたうし君がようやく口を開いた。 
「だって僕等は人形で、そんな…魔法みたいなことがあっちゃいけないんだよ」 
うし君はあくまでも元の彼の、人間としての常識を持ち合わせているようだった。 
だが一方のカエル君は違った。
大勢の人間の前で自分達が生きているかのように振る舞い、喋っていたという記憶が強かった。 
「僕等は沢山の人と喋って、沢山の人に見られて、お笑いコンビ・パペットマペットとして世間に認められていた」 
「違う、それは違うよカエル君…だって僕等は人形で、人間達は僕らを人形としてしか見ていない!」 
「家畜の分際で煩いんだよ。そんなに言うならずっと黙ってて。僕は僕のやりたいようにやるから」 
そう言いながらカエル君がうし君の頭を強く叩いたとき、うし君の頭から黒いガラスの欠片の様な物が抜け落ちた。 
「…頭にノミ飼ってるなんて。さすが家畜だね」 
カエル君は床に落ちたそれを見て皮肉を言う。いつもなら何らかの返事をしてくるはずの相方は黙ったままだった。 

「…なんで黙ってんの?反論しなきゃ面白く無いじゃん」 
カエル君はそれっきり動かなくなった相方を突付いたり叩いたりしたが、うし君はピクリとも動こうとしなかった。 
「ねぇ、頭からノミが出たのがそんなにショックだった?」 
そう言いながらカエル君は床に落ちたガラスの欠片を両手で拾い上げる。 
「もしかして…こんなのが君の脳味噌?君の脳味噌はスポンジじゃなかったっけ?」 
いくら皮肉を言っても動かない相方に腹を立て、自棄を起こしたカエル君は、 
うし君の綿の詰まった柔らかい頭にその欠片を突き刺した。 
「いい加減起きろよ!ホラ、脳味噌返してあげるから!!」 

「…あれ!?今僕どうしてた?」 
突然動き出した相方を見て、カエル君は瞬時にその欠片の能力を理解した。 
カエル君の頭の部分…その中に入っている覆面の男の手の中には、黒い欠片の感触がある。 
「これのお陰…ってことか」 
カエル君は自分の本来の身体である人形ではなく、後ろの男の身体に意識を集中すると 
手でだけではなく身体全体を動かせることに気付いた。 

「あっちゃいけない魔法みたいなこと…嫌なら君は黙ってて良いよ」 
「何言ってるのカエルく…」 
いつまでも煩い相方の後ろにまわって、彼の頭からはみ出している黒い欠片を引き抜く。 
動かなくなった相方の体を、後ろの男の方に意識を集中して動かしてみる。 
手を動かすだけで、うし君の身体は簡単に彼の思い通りに動いた。 
「ふーん…いつもこんな感じで僕等を動かしてたんだ」 
呟いた彼は男の手から相方の体を引き剥がす。 
そして同じように、元・自分の身体をも相方の体の中から出た人間の手を使って引き剥がした。 

「…僕は、僕だ」 
そこから現れた手を見て、彼は呟く。 
「もう誰にも操られたりしない。僕は僕の好きなように…」 
その掌には黒い欠片。それから流れ込む力を感じたカエル君は、拳を握ってニヤリと笑った。 
彼の意識に連動して男の、覆面の下の表情が変わる。 
「この欠片があれば…僕は僕で居られるんだ!」 
彼の…カエル君の心は今まで自分を操っていた男を逆に支配している、という優越感でいっぱいになった。