オリラジ編[2]

253 : ◆uAyClGawAw :2006/02/23(木) 09:53:05

中田の様子がおかしくなったのを藤田が初めて認めたのは、彼を助けてから三日後の事だった。
久々に同じ番組での共演で、中田の姿を見つけると早速駆け寄って雑談を持ちかけようとする。
だが、話しかけても帰ってくる返事は酷く無感情で。
どうしたんだ、と肩に手を置くと、放っておいてくださいと言わんばかりに払いのけられた。
その顔には明らかに以前までの陽気さが無く、どことなく生気がない風にも感じ取れる。
だがそんなことに全く気付かなかった藤田は何だよ、と戸惑いつつも癇癪を起こす。
その声もまるで聞こえていないのか、興味を失ったようにまどろんだ黒い瞳をフッと逸らし、何処かへと去っていってしまった。
呼び止めたくても何と声を掛けたら良いのか分からず、彼を指差した腕は力なくゆっくりと降ろされ地面を向いた。
首を傾げながら後ろに振り返ると、瞳の中にに大村の顔のアップが映り込み、身体のバランスが崩れそうなった。
何すんだ、と怒鳴ると、大村は両手に持っていた二つの紙コップの内、片方を差し出し、これで許してやれ。と言った。
どちらにせよ最初からそれは藤田の為に買ってきた物だったのだが、藤田は一言、もごもごと口籠もった返事をし、立ち上がった。


ソファに腰掛け、ゆらゆらと湯気の出るコーヒーの水面を口を細くしてヒュウ、と息を吹きかける。
ずずっと一口だけ吸い、全身に染み渡る温もりを感じながら深い息を吐き出し、
幸せだ〜、と大村はいつものように爺くさい言葉を口にする。



「何だあいつ!」
藤田は先程の中田の態度に未だ怒りが収まらないのか、コーヒーを熱いまま飲んでしまい舌を火傷し、足をばたつかせて鬱陶しく騒いでいる。
自業自得なのだろうが、あーもう!と不愉快さを露わにしてアフロを掻きむしっている様を見ながら、
このまま一緒にいるとこっちまで意味無く苛ついてしまう、と大村は悟る。
だがそこは親友。へそを曲げた藤田の扱い方ならよく知っている。
大村はコップを持ち替えて相方の肩を叩いた。

「藤田よ、俺思ったんだけど。」
となるべく落ち着いた口調で言うと、「何だよ。」と刺々しい返事を返された。
身を乗り出して突っかかってくる藤田の肩を押し返し、何とか椅子に座らせる。
「あいつ“黒”なんじゃねえかと思うんだ。」
「どういう事だよ。」
怒り疲れたのか藤田の声は少しだけ落ち着きを取り戻していた。
大村はぐいっと丁度良い温度になったコーヒーを飲み、一息間を置いて続けた。

「それも、欠片で操られてるタイプの。」
藤田より少し前に、大村も中田に声を掛けていたが、同じように全く相手にされなかった。
目も合わさない彼の行動は、まるで自分たちとの接触を恐れているかのようで。
普段とあまりにも違いすぎるそれに、ただ事ではない悪寒を感じたのだ。
それは、時たま会う黒の人間と全く同じ気配だった。


「それでか。あいつ、どうもおかしいと思ったんだよ!」
やっと中田の異変の原因に納得し、藤田は立ち上がって大声を出した。
廊下を歩く若手やADが神妙な顔をして立ち止まり、二人に視線を向ける。
だがそれよりも一番驚いたのは大村の方だ。しーっ!と口に手をあてがい、ズボンを引っ張って無理矢理座らせる。
一瞬止まっていた時間は緩やかに動き出し、周りの人間たちはいそいそと自分たちの仕事に戻っていき、再び穏やかな午後の風景に変わった。
緩やかに流れる川の水のように目の前を行き交う人をボンヤリと見詰めていたが、暫くして、
どうする?と、にやりと笑みを作った態とらしい口調で大村が尋ねた。
その顔は、一つの答えを期待しているようで。
「どうするってお前…、」
藤田もその期待に応えるべく、同じように口元を緩めた。
そしてコップの中身を最後の一滴まで飲み干し、言った。
「決まってんだろ。」
二人はソファから腰を上げた。
黒が何をしようが勝手だと思っていたが、後輩のあんな姿を黙って見過ごすわけにはいかなかったのだ。


頭の中で何度も二人の先輩に向けて謝る。
中田は自分の意志を僅かながら保っていた。気を抜くと黒い破片にその意志すらも乗っ取られてしまう。
その回数と時間は日に日に増し続けていた。
隣には何時も藤森が居て、その手には幾つもの石を持っていた。
藤森が何かを言って自分に笑いかけると、何だか可笑しくなって笑い返す。
そんな記憶の映像が頭の中でビデオテープのように途切れながら再生される。

相手が白でなくとも石を持っている芸人は誰かれ構わず襲ってしまいそうな恐怖に、中田は悩んでいた。
と、不意に後ろから良く知った高い声が聞こえた。藤森だ。

「敦彦。」
「あっち行け。」
「まだ何も言ってないよ。」
相方に対して随分酷な態度だ、と自分でも思う。
眼を瞑って顔を藤森から思い切り逸らし、またあの黒い石で俺を連れてく気だろ。と言うと、
藤森は特徴的な形の眼鏡を両側の端からくいっと押し上げ、ふざけたように笑った。

「凄い苦しんでる。かわいそう。」
「誰の所為だと思って…、」
「うん、きっと欠片の力が弱いせいだ。…俺が助けてあげる。」
藤森の手にはビー玉と同じくらいの大きさの、真っ黒な石があった。
本来それは―――赤珊瑚は、こんな黒色ではなく深い朱色の艶のある鮮やかで美しい宝石の筈だったが。
僅かに残った理性をかき集め、中田は悟った―――また操る気か、と。
助けてやる。そう藤森は言った。
それは中途半端に黒い欠片の影響を受けた相方を楽にさせたいという気持ちからの優しさなのか。
完全に自分の…“黒”の味方につける為の上辺だけの台詞なのか。中田にとっては、どちらにせよ余計なお世話でしかない。
まだ中田の石は完全には黒くなっていない。今目の前にいる藤森を何とかすれば、突破口は開けるかも知れない。

ボツワナアゲートが、弱々しくも確実に、光った。
「あっ。」
まだ石の力が残っていたことが意外だったのか。藤森の表情が強ばり、驚いた声を上げる。
だが、サッと後ろに飛び退き、一定の距離をとった。
そして、赤珊瑚のリングを通した指を中田に向けた。

「いや〜勇敢だね、さすがあっちゃん。かぁっこいい!」

いつもネタ中で飽きるほど連発している台詞。
ツッコミで叩かれるのが嫌だという理由で中田が半ば強制的に言わせていたフレーズだった。
藤森が言い終わるや否や、赤珊瑚から一直線に光が放たれ中田の身体にパシッと当たった。

痛みはない。ただそのかわりに、
「………!?」
ボツワナアゲートの輝きが、かき消されるように引っ込んでしまった。
先程まで力を溜めていた手の感覚も消え失せ、中田は両手を凝視した。
そんな、と落胆に満ちた声が震える息と共に無意識に漏れる。
「あれ、失敗しちゃった?せっかく発動できたのに残念だったな。」
藤森は笑っていた。
何をしたんだ、と聞く間もなく、“黒い赤珊瑚”がボンヤリと光り始めた。
まるで黒い殻が赤珊瑚本来の輝きを覆い隠し遮断しているかのように見えた。
次いで、自らのボツワナアゲートも赤珊瑚につられて黒い光を発する。
それは欠片によって強制的に引き出された負の感情なのかも知れない。

突然、自分の中に深い憎悪が生まれてくるのが分かった。
決して心地よいものではなく、むしろ吐き気がする程のそのもやもやとした感情は、みるみるうちに身体中に根を張っていき、
ついには頭の中にまで浸食し始めた。

中田は動かなかった足を何とかその場から引きはがし、藤森に背を向けて走り出した。
藤森は追いかけては来なかったが、身体中の不快感は一向に取り除かれる事はなく、
石の黒ずみも、むしろどんどん酷いものになっていく。

――――距離感の掴めない不可思議な空間の中、一人取り残された気がした。
浸食から逃れるため、中田は咄嗟に思いついた一つの行動をとった。

263 : ◆uAyClGawAw :2006/02/23(木) 10:24:42

オリエンタルラジオ 藤森慎吾
石…赤珊瑚【石言葉は『幼な心』】
能力…指差した相手の石の能力・アクションが失敗しやすくなる。
   言霊系の能力は、一度言ってしまった言葉の効果を次の日まで失う。
条件…「○○かっこいい!」と褒めること。