オリラジ編[3]

258 : ◆uAyClGawAw :2006/02/23(木) 10:08:28

「中田はどこ行った?」
と、すれ違うスタッフやタレントに尋ねるが、首を傾げるばかりで、彼の姿を先程から見ていないようだった。
外に出たのか、という考えが頭を過ぎり、楽屋に走ったものの、荷物は部屋の片隅に雑にほっぽり出されたままで、何も持たずに出かけるのはまずあり得なかった。

「あれ…そういや藤森もいないな。」
「まさかあいつも…?」
「いやあ、でもあいつは普通だったぞ。」
朝、藤森と会ったときに向こうから元気に挨拶してきた事を思い出したが、それだけでは藤森が確実に無事とは言い切れなかった。
二人の石についても、ましてや白なのか黒なのかさえ知らず(どちらかというと白であることを願いたいが)、
正直彼らのことは何も分かっていない事実に頭を抱えた。

そんなこんなをしている内に、いつの間にか休憩時間の終わりを迎えていたのか、
トータルテンボスを探しに来たスタッフに早く戻って、と叱られる。渋々と戻り、
スタジオに設置された椅子に腰掛け、和やかなムードの中、撮影は再び始められた。
運良く中田たちの出演しない所だったので、藤田、大村を除きその場にいた者は誰一人疑問に思わなかった。



藤田はそういった危機感には無頓着な方であったが、大村は僅かながら感じ取っていた。
撮影も終わりを迎えようとした、その瞬間。
大村はスタジオの後ろの壁の向こうから、何かどんよりとした空気を感じたのだ。
思わず振り向き、奥の暗闇を凝視してしまう。
そして、出演者の一人の声に引き戻された。
「…大村さーん、どこ見てるんすか。話聞いてくださいよ!」
「えっ?あ、はぁーい。」
ははは、とスタッフの笑い声が起こる。
しまった、と大村は思った。仕事中に他のことに気をとられるのはあってはならない事だ。
たとえそれが石に関することであっても。だが今の気配は多分…。
大村はもう一度振り向きたい気持ちを押し殺した。

「お疲れ様でした!」、と大きな声を合図に、出演者はこの後飲みに行く約束をしたり、談笑を交えながらぞろぞろとスタジオを後にした。
「藤田さんも飲み行きませんか?美味しい店見つけたんです。」
「あ〜…悪りぃ、今日はパス。」
大変魅力的なお誘いに思わず乗りそうになるが、ふと視線を感じ前を見ると、
その後輩の後ろで大村が両腕で大きなバッテンをつくり、ぶんぶんと首を横に振っていた。
藤田は「ゴメンな」と手を合わせて軽く謝るとそそくさと人集りの輪から抜け出てくる。


「何だよ。」
出来るだけ他人に聞こえないようセットの裏へ回り、小声で話す。
「中田がいる。」
「え、マジかよ!」
「多分…きっとあいつだ。ほら、俺一番後ろの隅の席だったろ?この向こう側から感じたんだ。」
そう言って厚い防音壁を叩く。
この壁の向こう側は、普段あまり使われないような物置とされている。
壁を通して時折威圧的な空気が混じり込んできて、大村はピクリと眉を歪ませ、壁から手を離した。

「…行くか?」
黒い気配は撮影中に感じたときのものより酷くなっていた。行ってどうしようと言うのか。
もしかしたら間に合わないかも知れないし、攻撃も防御も出来ない自分たちの石では、暴走した石には太刀打ち出来ないかも知れないが。
藤田は一言、行く。とだけ言った。



「中田、いんだろ!ここ開けろよ!」
中に人が居るかどうかもろくに確認もしないで、扉を乱暴に叩き続ける。
すかさず「待ちたまえ」、と大村がうんざりしたようにドアと藤田の間に制止に入る。
それでも尚ドアを叩こうとする藤田を押さえつけ口を手で塞いでいるうちに、藤田もジタバタと抵抗して髪を引っ張ったりと、
何故か意味のない取っ組み合いにまで発展してしまった。


――――――………。

「………え?」
「あ……。」
お互いの頬をつねっていた手を離すと、
二人は我先にとドアに顔を近づけ、聞き耳を立てる。確かに今、中田の声が聞こえたのだ。
ぎゅっと眼を細め、ドアの隙間から中の様子を覗うと、黒い人影が動いたのが見えた。

…暗い部屋から一歩も出ようとしない彼の姿は、まるで奇病に侵され隔離された患者のようだが。
開けないでください。そう言った彼の声ははっきりとしたものだった。

「俺は、誰にも会わずに此処に居ることでギリギリ意志を保っているんですが、もう駄目みたいです。此処を一歩でも出たら、俺は…。だから、どうか此処を開けないでください。」
随分とかしこまった口調に少なからず違和感を覚える。
淡々と一定のボリュームで無感情に話し続ける彼を、哀れみの眼で見詰める。
むしろ、もう見ていられない、と言った方が正しいだろうか。
開けるなと言われても、このままずっとこの狭い倉庫に閉じこめておくわけにはいかない。

「俺は開けるぞ。…大村。」
藤田の呼びかけに大村は無言で頷き、自らの石を光らせ“鍵の掛かったドアを開けられる”成功率を上げる。
ガチャガチャとドアノブを回す度に、振動で古いロックが段々とずれていくのが確認された。


ガチン。
ついに、扉のロックが外れ、ゆっくりと外への出口が開かれた。
暗い部屋に廊下からの明かりが一筋入り込む。

今日初めて彼の顔をまともに見た。
一点の光も写さない、マジックで塗りつぶしたように底のない黒色の眼が藤田を捉えた。一歩ずつ、中田が近づいてくる。

「ああ、あれ程、開けるなっ…て…言った…の、に……。」

言葉は途切れ途切れになり、唇は硬直したように動かなくなる。
黒い靄のようなオーラに身を包まれた中田の姿を、怯むことなく藤田は見詰める。
ただ、後輩を救いたいという気持ちだけが、身体を突き動かし。
固く握った拳を振りかぶった。