435 : ◆uAyClGawAw :2006/03/25(土) 11:59:21
静かな廊下。 まるで行方不明になったペットを探すように、囁くような声色で名前を呼びながら、慎重に相方を捜す藤森が居た。 そんな彼にある人物が後ろから近づき、その肩をポンと叩いた。 ―――思い切り顔面を狙ったストレートパンチを繰り出す。 近頃はしょっちゅうテレビに出ている彼の顔に青あざなどを作らせたくはなかったが、一撃で気絶させておかなければ危ないと思ったのだろう。 闇雲に出した拳は、部屋が薄暗いこともあり簡単に避けられ、宙を斬った。 その勢いで前のめりに倒れそうになる。 「踏ん張れ、藤田!」 咄嗟に大村が叫ぶと石から黄色い光線が真っ直ぐに藤田に向かっていき、その身体にパン、と当たる。 普通なら絶対に床に倒れてしまうはずの体勢から、右足をグッと前に押しだし顔が床に叩きつけられる寸前にピタリと静止する。 ふんっ、と気合いを入れ直し、腹筋の力で上半身を持ち上げ体勢を立て直した。 「焦んなよ、俺がサポートするから。」 「悪いな。じゃあ頼む。」 信頼の証として、お互いに冗談じみた笑顔を造る。 「存分に戦いたまえ。俺はお前の後ろでさりげな〜く、補助してやるから。」 「お、…おう…?任せろ。」 藤田は何だか上手く乗せられているような気がして、首を捻った。 だが、今はそんなことを考えている場合ではない。 今の言葉の真意はまた明日たっぷり聞かせて貰う事にしよう、と頭の中でなんとか区切りをつけ、目の前の中田に向けて拳を構える……が。 中田はボンヤリと突っ立っているだけで攻撃してくる様子はない。 「……あ…れ?」 藤田は神妙な顔をしてまた首を傾げた。 黒い靄のようなオーラが身体を取り巻いているものの、目は下に向けられ焦点は合っておらず、ゆらゆらと立っているだけで、本当に魂のないただの人形のようだ。 確かに先程はパンチを避ける動きは見せたが、それは本能的だったのだろうか。 藤田が構えを解いても、顔の前で手をひらひらと動かしてみても、中田からは向かって来ない。 「なあ、こいつ…」 どうなってんだ?と中田から視線を反らした、瞬間。 大村が息を呑んだ。 中田の腕がゆっくりと持ち上げられ、藤田に向かって振り下ろされようとしていたのだ。 「危ないっ!」 弾かれたように、石も光る。悲鳴に近い叫び声が部屋に響いた。 びゅっ と空気を裂く音がする。藤田の髪の毛がふわりと揺れ、僅かに乱れた。 中田の視界に、何故か藤田は映っていなかった。すると、 「やっべ、びっくりした〜。」 斜め下の方から緊張感のない藤田の声が。どうやら大村の石の手助けもあり、真横に避けることに成功したようだ。 「何だよ、不意打ちとか男らしくねえ!あーマジで心臓飛び出るかと思った!」 藤田は相変わらずやかましく叫び続ける。 ふと、中田の手に何かが握られている事に気付いた。 (…武器?いや…あれは…。) その手に握られているのは映画などで良く目にする柄の部分が1メートル以上もある長斧。 先程までは何も持っていなかったし、こんな場所に長斧なんて洒落た武器があるはずもない。 それよりも、藤田は床に振り下ろされた斧の先が気になった。 直前に身を捻ってかわしたことで斧は小道具が無造作に詰め込まれている木箱を派手に叩き割った、筈だったのだが。 木が割れる音も無く、やけに静かだった。 中田が力を入れるわけでもなく、すうっと斧を持ち上げる。木箱には傷一つ付いていなかった。 その時また新たな事実に気付く。 視界を横切った筈の斧の広い面を通して、向こう側の大村の顔が見えたのだ。 大村も同じように斧の向こう側にいる相方の顔が見えたのか、目を頻りに擦っている。 「透けてる…。」 凶器の持つ独特の禍々しい気配もない、ボンヤリと半透明の斧はまるでこの世に“存在しない物”のように思えた。 ―――幻か? まず最初にそう思った。 それなら今度こそ、顔面パンチを食らわせてやろうではないか。 再び構えるよりも先に、あの半透明の斧が真横に一閃された。 ハイテクのCG画像のように、斧は藤田の腹筋をサッとすり抜けた。 「何だよこんなもん……、っ…!?」 突然、藤田が腹を押さえてくの字に身体を曲げた。 「藤田!?」 「痛てぇ!!」 訳が分からず目を白黒させている藤田の額には汗がびっしり浮かんでいる。 まるで本当に腹を斧で切られたかのような痛がりようだった。 痛みだけ伝える“幻”だと、大村は即座に理解する。勿論、藤田の身体には外傷の一つもないし、血が出ているわけでもない。 だがこれだけ盛大に痛がっているところを見ると、どうやら本物の斧で腹を切り裂かれたよりも幾分か威力は低いようだ。 痛みが治まってきたのか、半分涙目になりながらも壁沿いに藤田が立ち上がる。 目の前に、スッと半透明の長斧の先が突き付けられる。 反射的に後ろに下がろうとしたが壁に身体が密着して余計に身動きが取れない体勢になる。 「大村、頼む!」 と、腹を押さえながら縋る気持ちで叫ぶと、中田の脇を力ずくで通り抜けようと身体をさっと屈める。 普通なら逃げれるはずがない体勢だが、大村の石があればこれくらいの軽いアクションはほぼ100%の確率で成功する。 だが、次の瞬間聞こえてきた声と、どこからか伸びてきた大村の石とは違った赤い光線に、その望みはかき消された。 「―――藤田さん、かーっこいい。」 パン。と赤と黄色の光がぶつかり合った小さな火花が一瞬だけ辺りを照らすと。 ぐんと伸びてきた中田の手が、後ろへ通り抜けようとした藤田の襟首を掴んだ。 勢いで首が絞まり、バランスを失って真後ろに倒れ込む。 逃げられなかった。つまり、成功できなかった、ということになる。 大村の目は廊下の向かい側から声を上げる後輩の姿を捉えていた。 「何やってんすか、もう!あっちゃんから離れてください!離れて!」 大股の強い足取りに早歩きで割り込んでくる。その手の指には、ほんのり赤く光る指輪が。 大村はハッとした。自分たちは何とか中田を正気に戻そうと奮闘しているだけなのだが、端から見れば、それは(ルックスも手伝って)柄の悪い先輩二人が、後輩を狭い底の中で殴ろうとしている。 なんて、とんでもない構図に見えてしまうのだ。 藤森がこれ以上ないくらいの剣幕で怒鳴っているのも仕方がない。 「いや、これは違うって。実はな、中田のやつ…、」 表情を見たところどうやら藤森は正気のようだ。 相方の異変を知らないのかと思い、弁解も兼ねて、中田が“黒”の連中に手駒にされている事を伝えようとする。 だが、それよりも先に、せっかちな藤森が口を開いた。 「なにしてんの敦彦、敵だよ!」 「えっ?え?いや違うって!」 勘違いしている藤森を何とか落ち着かせようとした次の瞬間。とてつもなく嫌な台詞を聞いた。 「“黒”の敵って事なら、いくら先輩でも容赦しません。俺と敦彦でやっつけてやる!」 「なんだって?」 その言葉には藤田も大村もあっけにとられるばかりだった。 ただ一つこれだけは言える。 今の藤森と中田は完全に自分たちの“敵”になっているのだ。 「いくよ!」藤森が呼びかけると、中田が顔を上げる。 「マジもう、わっけわかんねー…。」 仰向けに倒れたまま、胸で息をしながら藤田がぼやいた。真後ろに引き倒されたときに脳震盪でも起こしていたのか、身体が上手く動かせないようだ。 中田は床に転がっている藤田を跨ぐと、廊下側の大村に向けて長斧を振り上げる。 息を呑んだまま、大村は固まってしまう。 逃げろ、と未だクラクラする頭を振りながら藤田が声を絞り出した。小さな声量だったが、大村が我に返るには十分だった。 黄翡翠と赤珊瑚。黄と赤の二つの原色光が再びぶつかり合った。 大村と藤森の石の能力は全くの間逆であり、お互い同時に発動すれば相打ちになって終わるのだが。 既に何回も力を使っている大村の石は赤珊瑚のきつい光に飲み込まれ当たり負けしてしまい、結果的に“避けられる”確率が下がってしまう。 「やったー、俺の勝ちっ。」 愕然とする大村とは逆に、誇らしげに藤森が笑う。 足を滑らせ、気をとられたその時、斧の刃が首と胴体を真っ二つに断ち切るように通り抜けた。 ―――あーこんな気持ちなんだろうな。ギロチン処刑される人って。 一呼吸置いて、首全体に鋭い痛みが走ると、耐えきれずに倒れ込む。 筋肉の付かない首は大の大人でも攻撃されると気絶を伴う程の痛みと衝撃が突き抜ける。もろに攻撃を受けた大村は倒れたまま動かなくなった。 「お、大村!?くそ、一発KOとか無しだっつーの!」 ようやく全身に頭の命令が行き届くようになり、気合いを入れ直して起きあがる。 ここで自分までやられてしまっては、今目の前にいる中田と同じ運命を辿ることになるだろう。もちろん、相方もろとも。 腹をさする。もう痛みはなかった。斬られた、と感じる痛みは一時的な物で、暫くすると完全に消えるようだ。 となると、大村が目を覚ますのも時間の問題だろう。 「おーむ、しっかりしろ。」 ああ良かった、首はくっついてる。と呑気な事を考えつつペチペチと頬を叩く。 時折唸るような反応は返すが、それ以上はない。 中田が再び向かってくる。戦闘向きではない藤森はさっと柱に隠れた。 大村からなるべく離れるように、藤田も負けずに突進する。 長い柄の部分を掴もうとするが、案の定握った感触もなく手をすり抜けてしまう。半透明の武器を操れるのはやはり中田だけのようだ。 「言っときますけど今の俺たちは、藤田さんより強いんですからねっ。」 「俺がお前らなんかに負けるか!!」 「……っ!」 相方が戦闘不能になり、サポートしてくれる人間が居なくなった癖に未だ闘争心は潰えていない。 なかなか倒せないことと、そのことが藤森を余計に苛立たせていた。 藤田の中で怒りにも似た何かが血をたぎらせ、早鐘のように打つ鼓動は力となって全身を駆けめぐる。 ―――さあここからだ。身体を張って後輩を助け、藤森に自らの強さを見せつけるのだ! 隙を突いて両手を伸ばし掴んだのは、手首。 「…!」 がくんと身体ごと引っ張られる力強い衝撃に、中田の表情が少しだけ変わった。 渾身の握力で捻り上げると、長斧はすうっと消えていった。 「っし、捕まえたぞこら!」 その細い見た目と同じく、中田は年相応の体力も腕力もあまり無い。一度押さえつけてしまえばこの埋めようのない腕力差だ。絶対に勝負は付く筈だ。 どれだけ無理な体勢になろうと、どんなに身を捩っても藤田がの手が離れることは無かった。 「聞こえるか!?おい、何か言えよ!!」 黒いオーラが自分にも絡みついてくることも構わずに、身体を羽交い締めにして“中田”へ向け呼びかけ続ける。 「くそ、二人とも目ぇ覚ませ!ああ、やっぱりあの時に気付いてやればよかった、俺が…!!」 あの夜、何があったかは知らないが、別れ際の中田の目が何かに気付いてほしそうに訴えかけていたように見えなかった事もなかった。 …かもしれない。 藤森の表情から笑みが消え、次第に強ばったものになる。 「お、おかしいよ…なんで諦めてくれないの…。」 柱の影に小さくしゃがみ込んで、顔を覗かせて様子を覗っていた藤森がこっそり、人差し指を藤田の背に向ける。 「しかたないなぁ。」 キーワードを発しようと息を吸ったそのとき、いきなり目の前にどすんと大きく足を踏み込まれた。 「ひっ…!」 躊躇して手を引っ込ませ、後ろへ飛び退く。 顔を上へ向けると、通せんぼして立ち塞がった人物、大村と視線が合った。 「おやおや、後ろから攻撃なんて穏やかじゃないねえ。…っとっと、と。」 多少足下のふらつきがあるものの、いつもの不敵な笑みを浮かべている。 ムッと顔を顰める藤森。背後で取っ組み合い中の二人を一瞥し、大村は 「お前の相手は俺だ!……あはっ、これ一度言ってみたかったんだよ。」 と笑いを含めた口調で言った。 |
445 : ◆uAyClGawAw :2006/03/25(土) 19:35:48
オリエンタルラジオ 中田敦彦 石…ボツワナアゲート(新しい自分の発見や人間的成長を助ける。) 能力…武器(半透明・基本的に刃物)を造り出す。 武器は中田以外は触れず、相手を攻撃してもすり抜けるが、その箇所に痛みを与える。 痛みは本来その武器で与えられた痛みよりは軽く、時間と共に引いていく。 条件…大型の武器(チェーンソー)とかだと一日一度しか造り出せない。 武器は中田の手を離れると消えてしまう。よって飛び道具も造れない。 |