ラーメンズ編 [前編]

※新参者 ◆2dC8hbcvNA「いつここ編」からの続きです。

163 名前:新参者◆2dC8hbcvNA 投稿日:05/03/08 15:39:32

仰ぐほどに高い青天の下、コンクリートに日光が反射しているせいで華やかに色彩が映る。
着色されてしまった写真の自然とは違い、肉眼で確認できる木々は各々が生き生きしていて軽やかだった。
人工的に植えられた花もある程度馴染んでいるらしく、少なくともやる気を無くして枯れることはない。
小さな生き物の近くに腰かける小林は、上機嫌な風光に合わない手荷物を膝に抱えていた。
鞄から出て姿を晒しているのは使い慣れてしまったノートとボールペン。
様々な状況を共に乗り越えてきたせいで随分古く見える。
二つの道具とほぼ同じ時期に手にした石があった。今日の空よりも柔らかい色をしていて、
強く握れば潰れてしまいそうだ。印象と同じく、込められた力も脆い。
未来のシナリオが書けても当たらない確率があるなら頼りきれない。
けれど他人には無差別に頼りにされて、外れれば文句が待っている。
黒の上部にしてもそうだ、過信する根拠がないにも関わらず。
しかもこのように使いやすい形にしておかないと、突如襲ってくる事態に対応できない。
吐き出したかった愚痴はため息で替えた。胸ポケットで眠る眼鏡を叩き起して装着する。
視力が悪いわけではないので世界は変わらないが、
大きなリュックサックを背負う男性の姿が遠くにあった。誰でも分かる特徴的な髪が風に揺れている。
「飲む?」
一本しかない缶コーヒーを差し出した片桐は、特別な感情を込めないまま顎をしゃくった。
小林も手を振るだけで返すが、重い腰に力を込めて立ち上がる。
片桐の仕事が終わったなら外にいる必要はない。
好きな舞台でも好まないテレビでもなく、雑誌の取材を受けていた最中だった。
写真を撮るために街へ出たのだが、片桐が変な注文ばかりするおかげで終了時間に差が出てしまったのだ。
中途半端な時間だったため出かけることも出来ず、結局は待ちぼうけになってしまった。
小林の都合を知らない片桐は上機嫌でコーヒーを飲み下している。

片桐は小林が黒に属していることを知らない。どういうわけか疑われさえしなかった。
似た状態のコンビは片方が信じきっているせいで成り立っているが、
この二人の場合はこじれてさえいなかったのだ。騙す側の小林にとっては有難い状況である。
三十過ぎた大人が並んで歩く姿はどこか滑稽だった。見上げるほどの高身長を持つ小林と、
有無を言わせぬ風貌の片桐の存在感は周りを圧倒させるには十分である。
広く感じる歩道を歩く途中、空き缶を捨てた片桐が少し眉を上げた。
撮影場所から数分歩いた先の建物。先程とは違う取材を待つため、わざわざ用意された楽屋もある。
こちらはお笑い関係の仕事なので知った姿を発見できた。
特に面識があるわけではなく会釈だけで対応する。
説明された場所に向かうが楽屋が見当たらない。記憶にある部屋番号と一致しているのに、
名前を記す紙片に違うコンビ名が表記されているのだ。首を傾げる出来事はすぐに解決、
相手側のミスで楽屋が一つ足りなくなってしまったらしい。
平謝りする女性に頭を上げさせてから散歩に向かおうとしたが、数分経って違う場所に案内された。
少し歩くが遠すぎることはない、人通りが少ない廊下に数人の足音が響く。
広い部屋には白い雰囲気が漂っていた。本来なら何人かまとまって使う場所なのだろう、
二人では広すぎて逆に落ち着けない。とりあえず鞄は床に置いて、手荷物だけはテーブルに乗せた。
傍らにあるパイプ椅子に深く凭れる。
小林より大きなリュックサックを下ろした片桐も大げさな息をついて寛いでいた。
片桐も片桐で大変なのだ。与えられた力を使うために粘土を持ち歩かねばならない。
しかしあまり苦には思っていないのか楽しそうに粘土をこね始めた。辺りに微妙な臭いが充満する。
「賢太郎」
お互いの時間に入り込む前だった。少し真面目な声色の片桐が切り出す。
小林は動じるわけでもなく眼鏡を上げた。

「何?」
「多分、もうちょっとで来る」
石を持った芸人が。何度も繰り返された会話なので省略されている。小林はシャープペンを手にとり、
片桐は必要な物を作り出した。これから嘘吐きの演技が始まるのだ。
片桐の予告通りだった。数分も経たない内にドアを叩く音がする。
既に形を作り終えている片桐が頷いていることを確認してから、出来るだけ低い声を出した。
「何ですか?」
「小林さんに用があるんですけど」
この時点では敵意を見抜けない。
恐らく何も知らないような素振りで入ってくるのだろう。ならばこちらも同じことをすればいい。
「どうぞ」
丁寧に対応すれば若い雰囲気をまとった青年が一人。あいにく名前を知らない相手だったが、
目の奥にある感情は小林を睨んでいる。
穏やかに済ませることは出来そうもない、相手にばれないよう小さくため息をついた。
男は部屋の状況を見渡し片桐と目を合わせる。擬態させた粘土は足元に隠しているようだった。
小林同様呆気に取られた演技をする片桐に安心した男が見上げてくる。突然の攻撃を予告していた、
反応を待たずに体を数歩引けば、腰の数センチ右を通る黒い線を確認。
長く続く線はまやかしではなく実在しているらしい。
男の指先を始点に、一本の線が凄まじい早さで直進し、壁に跳ね返って小林の背中に向かう。
すんでの所で交わすが別のことをしている暇はない。
線が入り乱れているせいで避けることしか出来なくなってしまったのだ。
線を投げる能力? 違う、指先から出ているなら操れるはずだ。
投げた球よりも早く伸び続ける線に触れたらどうなる? 切れるだけならまだしも爆発したら最悪。
シャープペンの芯くらいの細さだから見失う可能性もある。

手にしたノートの存在を思い出す。小林に向かう線の先端をぎりぎりまで見極め、
目に刺さるより早くノートに替えて逃げた。貫通した線は変わらずに直進を続ける。
ある程度の強度はあるが副作用はない。
「仁、眼鏡外すなよ」
よく分からない状況にあたふたする片桐に忠告した。
線を避けてはいるものの、頭上には疑問が浮かんでいる。
「目に刺さったら失明」
絶対にあってはならないことだった。針金が目に刺さるのと同じだ、どうなるかは安易に予想できる。
状況を想像して身震いしたが能力は理解できた。
線が刺さったままのノートは見捨てて近くにあったプリントを手にする。
動けないくらいに張り巡らされた線を踏みつければ先端の動きが止まった。
同時に片桐が線の合間を掻い潜って男の近くに向かう。
擬態化されたそれは脅すための道具だ。
普通に造ればいいのに、どこかのプラモデルのようなデザインをした拳銃は一応現実的な存在感があった。
銃口を向けられた男が目を見開く。
ばれるのは時間の問題だし、新しい線が投げられてしまえば状況は悪化する。
地面に落下した線が復活しないうちに小林の能力を使う必要があった。先程手にした紙を机上に叩き付けて、
シナリオの世界だけに集中する。思考以外の全神経を集中させているせいで詳しい確認は出来ないが、
男はまだ動けていないようだった。
男という呼び方は止めようか、シナリオらしく男Aとしよう。大して変わらない。
数分経って出来上がったシナリオに目を通す。何故か争いは喜劇に変化していた。
主人公は小林、片桐。敵役は男A。騙し合いはほどほどに。
銃を向けられた男Aは小さな疑問を持つ。銃があるのに表立った脅しを始めないのは何故だ? 
 [ラーメンズ 能力]