ラーメンズ編 [中編]


167 名前:新参者 ◆2dC8hbcvNA   投稿日:05/03/08 15:43:11 

そして騙されていることに気づく。
ここで小林が馬鹿にした笑みを浮かべれば、男Aが顔を真っ赤にして立ち上がる。
「右に傾け」
指示された片桐は右に、脚本家の小林は左に体を動かす。
開いて閉じる二人の中央を綺麗に通った線は壁を反射して男Aに向かっていった。
慌てて避けているが酷く滑稽である。
「次は?」
「下へ参ります」
エレベーターガールのように囁いてからしゃがみ込めば、線が頭上を通過して飛んでいった。
もちろん小林の声色には馬鹿にした響きを混ぜてある。むきになった男Aは途中で線を切り、
離れた線は無差別に部屋中を飛び回った。
もちろん予想済みだったので驚かないし、あと数本線が飛ぶことも知っている。
「ここで仁の髪を貫通」
「ぎりぎりセーフ?」
もさもさした髪の横側を通りすぎる。いっそ線を髪に混ぜてしまえばいいのに。
くだらないことを考える頭を振ったが、片桐が楽しみ始めているようだったので開き直った。
どうせなら楽しんでやる。
「そこで兎跳び」
「側転」
「見返り美人図のように」
「開脚前転からのY字開脚」
「出来ねえよ!」
律義に行動していた片桐も気づいた。小林は楽しんでいるだけで必要なことを言っていない。
そして開脚前転しかけている自身、遠い目をして空を仰いでいた。

線は増え続けているが小林達は疲れていない。真面目に攻撃し続ける男Aだけが息を切らしていた。
いつのまにやら体力を消耗していたようだ。笑いを堪えるのに必死だった小林が漸く悟る。
そして手にしていた紙を確認すると、どれだけ芸術的に線を避けられるか挑戦している片桐に指示を出した。
「細いワイヤー作って」
「え?」
「前ライブで使ったみたいなやつ」
これだけで片桐は理解する。綺麗に線を避けながら粘土を細くしていった。淡い光が辺りを包み、
端に釘を仕込んだワイヤーが擬態される。左右の壁に繋げてから線を避ける作業に戻った。
「結局何だったの?」
「すぐ分かる」
向かってくる線を避けているうちに行く場所がなくなる。
戯ける余裕がなくなってきた、片桐の顔に余裕が無くなる頃、二人に向かって短い直線が飛んでくる。
同じく真面目な顔をしていた小林が声を張り上げた。
「斜めになって戻る!」
いつかコントでやったのだ。見えないワイヤーで釣り下げられた体を傾けて、何事も無かったように戻す。
粘土で作ったワイヤーはそのための布線、なの、だが。
「強度は粘土のままなんだよね」
あまり使わない口調で嘯く。作った片桐自身それを忘れていたらしく、思いきり体を後ろに倒していた。
もちろん粘土は耐えきれずに切れ、目を見開いた片桐は大げさな音と共に転ぶ。
しかし倒れて一番高くなった鼻の先を線が通りすぎていった。
ワイヤーが無ければ思いきり倒れ込めなかっただろう。ここは計算だ、痛手も少ない。
頭は髪でカバーされ、て、いればいいなあ。適当な願望を抱きながら次の行動に出る。
そろそろ線が少なくなるはずだ。

片桐の鞄に入っているはずの作品を擬態化して突進させればいい。何を擬態するかは任せる。
片桐に旨を告げれば嬉しそうに笑った。予定通りに少なくなった線の間を抜けて、
リュックサックの中身を探る。ある意味分かりきっていた選択だ、どうせ決め台詞も言うんだろう。
「片桐、行きまーす!」
分かる人には分かる台詞から始まって、手にした粘土を擬態した。白い機械のような容貌をしたそれは、
マニアが見ればオリジナルであることを理解できるはずだ。
「ガンダム!」
右腕を力強く引きながらそれを突進させた。付属されている機能で空を飛び、
いかにもな風体で男Aに向かっていく。流石に怯んだ男Aが体を引いた。
当然だろう。かつてテレビの中にいたそれの戦闘時の強さを知っているはずだから。
小さいままとはいえ何かあると、真面目に捉えて普通なのだ。
青白い光を纏ったそれは、どこか冷たい雰囲気も浮かばせ、目を光らせた後に。壁に衝突して潰れた。
部屋に奇妙な間が充満する。
もちろん小林は予期していたが、それでも笑いを抑えるのに必死になってしまった。
脱力した相手の指から伸びる線が下向いて消える。無造作に残った線が数本飛び交う以外は動きが無い。
作られた傑作を潰した悲しみにくれて、片桐が眉を寄せるだけだ。
「ガンダム弱え……」
心底哀しそうな呟きのせいでとうとう吹き出してしまった。
怒る片桐に形だけの謝罪をしてからシナリオの確認をする。
小林にしか読めない文章が場面の急変を表していた。顔を引き締めて片桐に忠告。
「ここからは真剣に」
片桐も不機嫌な表情を固め、怒りを露にする相手を見た。馬鹿にされたことで憤慨している。
シナリオはこうだ。男A、激怒して暴走。

男Aは線に頼らず、小林の方へ突進してきた。出来るだけ間を詰めてから右手を振りかぶり、
避けられない距離で線を放つ。予想していなければ体を貫通していたかもしれない、すんでの所で右に跳び、
一拍取らない内に逆に飛んだ。二本目の線が足元を走る。
右人指し指から出ている線は見慣れているものだ。逆の手の人指し指から二本目の線が放出されていた。
しかしそれが能力の限界なのだろう、男Aの額に脂汗が滲んでいる。
標的は小林のみだった。必要以上に狙われれば避けるのは難しい。逆の道を取る、
辺りを見渡して発見したビデオテープを手にとり、線が体に当たる前に弾き返した。
線は角度を変えて見当外れの方向に飛ぶ。一部始終を見ていた片桐も同じことを始めた。
能力を阻止されて戸惑っているらしい、男Aが目を見開く。少しの動揺を見逃さず、
手にしたビデオを男に投げつけた。避けきれなかった相手の腹部に当たったが対したダメージにはならない。
どうすれば攻撃できるか考える。手元の紙に答えはあるが、出来るだけ自分で考えたかった。
近くに鋭利な刃物は無い、投げて丁度良いダメージになりそうなものも無い、
ガラスを割って突き刺すわけにはいかないし、相手の線を拾って武器にしても弱すぎる。
生身で殴るのは危険極まりない。思考にふけりそうになったがすぐに我を取り戻した。
目元に向かってきた線が眼鏡で弾かれて方向を変えたからだ。
片桐の能力を使うにしても粘土では対抗できまい。一応能力も擬態出来るから、そこから考えていけば。
目に入った重たそうなシャープペン、片桐の粘土、思いついた。
「仁!」
ペン立てに立てられたシャープペンを片桐に投げる。指示せずとも悟った片桐は、
近くにある粘土を手の感覚だけで形作った。手元の紙で答え合わせをする小林が口元だけで笑みを浮かべる。
ずれる眼鏡を掛け直しながら、作られた粘土の作品を見た。
シナリオ通りに進めるため、紙に書かれた記号の羅列を朗読し始める。

「小林、片桐、男Aの線を数秒避け続ける。小林、二本伸びている線のうち一本を踏みつけ、」
革靴を床に叩き付ければ乾いた音が広がる。
「動きを止める。男A、止められた線を見限り、新しい線を出す」
男Aからしてみれば無意識で命令にしたがっているような感覚だ。
操作されているのではないかという恐怖は、攻撃を和らげるためには最適である。
新しく作られた線は大きく標的をずれ、しかも動きが遅くなっていた。
「小林、」
ここを言ったら相手に悟られてしまう。途中で口を閉ざして作業に入る。
気を逸らさせるため、書かれていない描写を口にした。
「片桐、男Aに向かって悪態をつく」
「カモン妖怪針人間!」
片桐が相手を指差して笑った。男A、怒りに任せて片桐を攻撃。避けることを信じた小林は別行動を取った。
足元に留めたままにしておいた線を手にとり、片方を机の柱、もう片方を丸出しの下水管にくくりつける。
背中を向ける男Aごしに、片桐へ合図を送った。シナリオ朗読を再開する。
「片桐、見境無く物を投げる」
鉛筆、消しゴム、紙コップ、しまいにはパイプ椅子を投げつけている。
大きな音が喚いても人が来ないのは、ここが他の楽屋から外れているせいだ。
相手を追い返すためには好都合、部屋がせまいほど相手の能力はやっかいだが、
線の早さに慣れてしまえば問題はない。頬の右側、右耳の下を線が通りすぎても動じなくなっていた。
飛んでくる物を避けるため、男が体を引き続ける。手が上向いたせいで線も天井に当たった。
床と天井を往復させてしまえば、こちらに向かってくる危険はない。

「男A、後ろに数歩引くが」
左右に繋げた線が罠に変わる。アキレス腱を引っかけた男が大きくバランスを崩した。
しかしこのままでは倒れない、追い打ちは既に準備してある。
「片桐が作品を発射する」
ずっと手にしていた作品は炎のようなものを上げて突進した。
奇抜な色をしたミサイル、線の合間を掻い潜って男Aの元に向かう。
男Aの顔に安堵が浮かんだ。粘土を当てられても大丈夫だと思っているらしい。
余裕は避けるための動作に遅れを作る。
「男A、あまりの衝撃に、」
ミサイルがみぞおちに入った。大きく咳き込んだ男Aが、信じられない様子で胸元を見た。
指から伸びる線が消えて、自動操作の線だけになる。
めり込んだ粘土は胸元に付着し、力に流された男Aは、受け身を取ることも出来ずに、
「倒れる」
鈍い音が部屋に響き渡った。仰向けになった男Aは、手を左右に広げたまま起き上がることは無い。
能力の使いすぎで精神の方にがたが来ているのだ。辺りに飛び回る線も段々色が薄くなり、
落ちている線と共に消えていった。
ミサイルは粘土だけで作られていたわけではなかった。
潰れる粘土の透き間から食み出ているのは重くて太いシャープペン。
雪合戦の雪玉に石を入れるのと同じように、威力を倍増するために仕込ませた。
擬態すればミサイルのスピードを出せるから、ボクサーのパンチ程度の力は生まれていただろう。
能力が無くとも戦いに参加は出来るのだ。
自負していた小林は、手にしたシナリオを強く握りしめてからため息をついた。
小林自身どのような感情を込めていたのか分からなかった。