BBSI[3]


905 名前: BBSI -3-  ◆8Ke0JvodNc   Mail: sage 投稿日: 08/03/10(月) 04:35:21 

世間は常に予想外に満ちている。
どれだけ策を練り満足した形で手をこまねいて待っていても、平気で予想は裏切られる。
計画を練った者が若く経験が未熟であった際には特に。
大水の場合は、結果的に3つの予想外が生じた。


実は先日今野から電話がかかってきた際、2人の間でこんな会話がなされていた。

『ところでさ、お前石の話とか聞いたことある?』
「石の話、ですか」

今までまるで関係の無い話をしていたところから一転、この一言。
「知らない」と答えるとすぐにその話題は終了したが、大水の心にはいささか懐疑した。
会話を続けながら、さっき自分が情報を書き連ねた紙ナプキンを手繰り寄せて考える。
キングオブコメディは、今野は「白」だ。
目の前で眠っている飛永もこれを見て異を唱えたりはしなかった。
ただもし、起こりうる最悪の可能性があったとして。

ただ後輩を心配してくれる優しい先輩の気づかいだと考えられないことはなかったが
大水は持ち前の勘から探りを入れる必要があると判断し、タイミングを見計らってあえて自分から話題を戻した。

「今野さん。実はさっきの石のことですけど…」


大水はさしさわりない情報を今野に流した。
完全な嘘をついても良かったが、それではもし本当に後輩を心配しただけだった場合に申し訳が立たない。
だから彼は「今のところ」自分だけが石を持っているという前提での情報を流した。
万が一今野が「黒」で自分達の敵となっても、まずは自分が標的となるように。
何かあってもこの石さえあれば逃げきれるという過信が、彼にはあったのだ。

ところが、ここで1つめの予想外が生じる。
大水の話を聴く一方であった今野が突然、口を開いたのである。

『それ嘘でしょ?』
「嘘じゃないですよ」
『お前だけじゃないだろ、持ってるの』
「俺だけですって」
『ほら、絶対嘘じゃん』

つとめて冷静に返したつもりだが、相手には見抜かれてしまっているらしい。
どれだけ否定しても引き下がらない今野に、とうとう大水が折れた。
こんなことなら喋らなければ良かったと自分の浅はかさを後悔しながら結局飛永の分まで喋らされてしまった。
一度バレたのにもめげず、ほとんどの部分を「知らない」「聞いてない」で通したが
訝しく思っても聞きだすのは難しいと考えたのかそれとも今度こそ信じたのか、
今野が彼にまた問いただすことは無かった。
結果、与えるつもりの無かった情報まで聞かれてしまった。
しかし大水は確信していた。
もし今野が「黒のユニット」だったとしても、まず狙われるのは自分だろうと。
飛永の石の情報を与えるミスをしてしまったものの、それでも情報量は自分の石の方が圧倒的に多い。
だから、と。これが2つめの予想外である。
今野の標的は大水でなく、飛永になってしまったのだから。
大水自身も標的にはなったものの、これも全く予想外の方法によってであった。
勿論、今野自身の手によってでは無い。

907 名前: BBSI -3-  ◆8Ke0JvodNc   Mail: sage 投稿日: 08/03/10(月) 04:37:38 

ライブ終わり、帰ろうとした矢先に声を掛けられた。
振り返ると、数人の後輩と思しき芸人達。
何も言われなくても只ならぬ雰囲気を察した大水は一気に駆け出す。
勿論、石の発動を忘れずに。

「石のこと話したのは1人だから、やっぱ…」

どうせなら飛永がどこかで口を滑らせたという結末の方がよっぽどマシだ。
あ。飛永君にも念のために石の力使っておくか。

そう思いながら大水は人波をすり抜けるように走る。
なぜだか足が重かったが、それは気のせいということにした。
力を2人に分けて使っている割には、走った後信号が青から赤に変わりすぐに車が曲がってきたり、
店から人が飛び出してきたりと様々な幸運に恵まれ、大水はなんとか彼らを巻くことに成功した。
あまり面識の無い者だらけであったから、おそらく「欠片」とか言うのを飲まされたのだろう。
ところで、今野さんはどうしたのだろうか。後輩に任せて、高みの見物?
いやまさか、それはない。となると…
走るのをやめ、どこかから出て来はしないだろうかと警戒していると、走る飛永が見えた。
それを追って近寄ると、必死と困惑の形相をした彼が息を切らしている。
予感が確信…まではいかないものの、信憑性が高まる。

「あー、やっぱ飛永君の方か」
「大水君!」
「来るなら俺からだな、と思ってたけど、そっち行ったんだ」
「ごめん、今聞こえない」
「でも俺の石、きちんと使えてたでしょ?」
「だ、か、ら」
「助け呼んでくるから少しだけ」
「聞こえないんだって」
「待ってて」


まさか飛永が聴力を失った状態で、しかも自分の言葉を誤解釈して絶望しているとは思わないまま
大水は急いで元来た道を引き返し、誰か共に戦ってくれそうな人を探した。
そして見つけたのが東京03の飯塚だった。
帰ろうとしている飯塚に事情も説明しないままに「とにかく来て下さい」と告げ、
再びかち合ってしまった後輩達には石の力で見つからないようにしながら、飛永の元へと急いでいるわけだが。
先程からなぜか思考も動きも鈍い。
思えば石を使っている最中は常に行動が遅くなっている気がする、と回らない頭で大水は考える。

「もしかして、こういう能力…?」
「何か言った?っていうかさー、大通りどんどん外れてんだけど!どこ行く気なの!」
「もう少しですから!」

飛永に会った場所へ向かうとそこには丁度キングオブコメディの2人と、倒れている飛永がいた。
高橋さんもか。大水が何かを口にするより早く、飯塚が言葉の口火を切った。

「パーケン。これ、どういうことだよ、なあ」
「…どうもこうも、見たとおりです」
「『黒のユニット』として、『白』から石を集めなきゃいけないんですよ」

大水が両者の睨み合いが続くのを横切って飛永の元へ向かう。
ぐっと握られた拳からは丁度石が力を失う瞬間の光が淡く残って見えたため、
まだ石は奪われていないことがわかった。
飛永は支えられてようやく起き上がると顔についた砂利を乱暴に拭い、
大水を見て心底驚いた様子で、「来たんだ」と呟いた。


「『頑張って』なんて言うから、逃げたんだと思ってた」
「そんなこと言ってない」
「あーあ、まだ聞こえない。ったく、いつになったら聞こえるんだか」
「え、聞こえないの?」
「だから聞こえないんだって」

全く噛み合わない会話を小声で繰り返した後支えを解いて自力で立ち上がると、
飛永は大水に殊更小さく低い声で告げる。

「今野さんに気を付けて。まだ高橋さんは何の力を持っているかわからないけど、あの人はすごい。
風で壁に叩きつけられたし、近くに雷落とされた。あれが当たってたらどうなってたことか」

彼に指さされた地面を見ると、なるほど何か焦げ跡がある。

「こうやってここにいるってことは、あいつらが失敗したってことだよな」
「今野さん…」

今野が大水を見て舌打ちをする。
あれをけしかけてきたのは今野だということは大水の中でほぼ間違いの無いことだったので
まるで驚きはしなかったが、少し辛かった。
普段から仲良くさせてもらっている先輩が、敵として自分達と相対している。

今野は大水と飛永から目を逸らし、高橋を睨みつける飯塚を見た。

「…こうなったのは予想外だけど、ま、手に入る石が2つから3つになるって考えればいっか」


軽い口調でそう言われ、飯塚・大水は唾を飲みながら石を手に取る。
飛永も言葉は聞こえないが、2人に習うようにしてさっと構える。
その様子を薄い笑みで流して、「パーケン」と今野が高橋を促すと、
高橋は鞄の中から何かを取り出す。
それは、1本のビールだった。
プルトップをなぜかゆっくりと開け一口喉を鳴らして飲むと、高橋はそれを飯塚に向ける。

「飲みます?」
「誰が飲むかよ…そんな、見るからに怪しいやつ!」
「でも、うまいですよ」
「…飲まねえって」
「飯塚さん、ビール好きでしょ?」
「飲ーまーなーい」
「おいしいですよ」
「…少しだけだからな」
「飯塚さん、もしかしてそれ飲む気じゃないですよね?」
「飯塚さん!絶対それ飲んじゃ駄目ですって!」

ラバーガールの2人が制止するにもかかわらず、飯塚は差し出されたビールを一気に飲む。
走ってきて喉が渇いていたというのもあって、飲み干さんばかりの勢いだ。
それを見た高橋が「かかった!」と叫んだ拍子に口を離したが、時すでに遅し。
飯塚はストンと地面に崩れ落ちると、へらへらと笑いだした。

「体にかかるどころか、飲んじゃったよこの人」

愉快そうに高橋が飯塚の元へ近寄るが、飯塚は笑ったまま高橋に手を伸ばそうとする。
それをさっとかわしてごろんと横に寝せてやっても、飯塚の表情は変わらないままだった。

「飯塚さん、どうなってんの?」
「さあ…俺もわかんない」
「飯塚さんは、今0歳なの。見た目はこうでもね」


「ねー?」と2人の疑問に答えるように高橋が飯塚に語りかけても、キャッキャと笑うばかりでまるで話にならない。
せっかく連れてきた味方も、この状況では使い物にならない。
「まず1人」と今野が呟いた。

「次は…ようやくお前らだ」
「飯塚さん!飯塚さん!」
「飛永君飯塚さんもう駄目だって」
「駄目とかじゃないって、なんとかなるって!」
「あの人今0歳なんだから…って、あれ、聞こえてるの?」
「あ、本当だ。なんてタイミング悪い…」
「いや、むしろ絶好のタイミングだよ」
「っていうか0歳って何?」
「わかんないけど、高橋さんの力で0歳になってるらしい」
「どんなだよ、それ!」
「…あのー、俺の話聞いてる?」

心細そうな声に2人がハッとすると、今野が寂しそうにこちらをじっと見ている。
それを見て、2人は顔を合わせる。
この場にそぐわない、場違いな空気が彼らの間に流れた。

「なんか俺今ホッとした」
「飛永君も?俺も」
「さっきから恐がってばっかりだったけど、これが今野さんだよね」
「よく考えれば、今まで随分仲良くさせてもらってた時から既に『黒』だったんだよね」
「でもさすがに、毎日こうやって追いかけられるのは嫌だしな」
「そこはまー、どうにかするしかないんじゃないの?」


することが、決まった。
2人は石を握りしめると、今野へ向き直る。
強張ってばかりの表情だったが、ようやくいつものペースを取り戻せたように笑うことが出来た。

「どうにかしてみろよ、出来ないと思うけど」
「やってみますよ。耳も聞こえるようになったことだし」
「…どうかな」

今野は一歩引くと、不敵に佇まいでまっすぐに2人を見た。
そんな今野への視線はそのままに、飛永はそっと大水に話し掛ける。

「大水君、あまりでかい声出さないで答えて。風と雷どっちが良い?」
「え?」
「早く!」
「えっと、じゃあ風」

今野が石を持ち2人の方向へ向け、「んっ!」と声を出す。
その瞬間を見計らい飛永が口を開く。

「今野さんが強風を吹かせて俺らを壁にぶつけようとしている」

冷静な口調の言葉が早口で告げられると、強風が勢い良く今野の指した方向とは逆方向に吹きつける。
自分の放った風に襲われた今野は懸命に踏ん張るも、結局壁にうちつけられてしまう。

「なるほど、風か雷ってこういうことか」
「そういうこと。さすが強運」


今野がのほほんと喋り合う彼らに暇を与えないように急いで立ち上がる。
壁に当たってすぐに立ったせいで僅かにふらついているが、怒りの前にはそのようなことは気にならないようだった。

「畜生…」
「また来るよ!どっち?」
「今度は雷」
「んっ!」
「今野さんが雷を俺らに当てようとしている」

同じように言葉を口に出すも、残念なことに風が襲いかかってくる。
それだけではない、風は2人を持ち上げてくるくると回転し、一番高く上がったところで2人を落とす。
壁より強い落下の痛みは、確実に2人へダメージを与えた。
動けないでいる2人に、今野が会心とばかりに近づく。

「風を吹かせるだけだと思うなよ。雨だって、竜巻だって出来る」
「良いんですか?そんなに教えちゃって」
「どうせもう少ししたら、お前らも『黒のユニット』になる」
「だから、ならないですって」

余裕ぶって生意気な言葉を吐きながらも、
落下した衝撃で手から零れた石を取り戻そうともがく2人を横目に、
今野が少し離れた場所に落ちた石のところまで歩き、しゃがみこむ。
あと少しで、2つの石が手に入る。
…そうすればきっと2人も自分達が間違ったことに気がつくだろう。
その時だった。