BBSI[4]


918 名前: BBSI -4-  ◆8Ke0JvodNc   Mail: sage 投稿日: 08/03/12(水) 01:40:54 

「うっ、うっ、うえっ、うえっ、うわーん!」

泣き声によって作り出された凄まじい衝撃波が、全員を襲った。
石をつかむことなく、今野は地面に倒れこむしか出来ない。
衝撃波は延々と続いて止む気配を見せない。
何事かと死に物狂いで振り返ると、そこには必至に飯塚をあやす高橋と、泣きやまない飯塚がいた。

「パーケン!」
「飲みたがるから鞄の中のビール、ずっと飲ませてたんだけど…無くなった瞬間こうなった!」
「わあーーーーーーーーーーん!」

より激しい衝撃波が、一帯を覆う。
するとその地響きにような揺れに大水の石がこつんこつんと地面を蹴るようにと転がり、やがて手元に収まった。
これは、チャンスだ。
大水は渾身の力で石を握り強く念じると手元が青く光る。
そしてそれに興味を示した飯塚がよたよたと歩いてきた。
まだ半泣きながら衝撃波を出して近づいてくるので衝撃は更に酷いものになるが、それに耐えて立ち上がり、
大水は飯塚を今野・高橋の方向へ向けるかたちで背負いこむ。
体勢こそきついが、これで逃走用の簡易人間兵器の出来上がりだ。
飛永も遅れて何とか立ち上がれば、意外と近くにあった自分の石を拾い、ふふんと勝ち誇った笑みを浮かべる。


「じゃーすみません。お先失礼します!大水君走れる?」
「なんとか。じゃー、お二人とも、また明日。襲ってきさえしなければ、いつもどおりに対応しますから」
「「待て!」」

彼らの言葉を聞かないうちに、飛永が「ごめんなさい」と言いながら飯塚の手を抓る。
すると少し落ち着いてきた飯塚が再びしゃくり声を上げて、一際大きな泣き声をあげた。
再びの衝撃波。
動けなくなったキングオブコメディの2人を確認すると、飯塚の口に手を当て2人は逃げ出した。



「しっかし…まさかパーケンと今野君がなあ」

髪や衣服に付いた土埃を払おうともせずに、逃げ切った後、ようやく元に戻った飯塚が呆けた様子で呟いた。
ラバーガールの2人が代償をとっくに受け終わった後のことである。
何しろ飯塚はビールを相当な量飲んでいたため、元に戻るのに時間がかかってしまった。
かすれた声でそう呟いた後、どういった感情の表れなのかフンと鼻を鳴らしたが、
背中を向けられてしまったラバーガールはその表情を伺い知れなかった。
数秒後ようやく気付いたように後ろを振り返った飯塚の表情は、いつもの彼の表情だったが。

「持ってたんだ、石」

何と答えれば良いのかわからずに、2人ともとりあえず頷いて返す。
飯塚はそれを確認すると、言葉を選ぶようにしながら口を開いた。

「自主的に黒のユニットには入る気が無いってだけでもまずは十分なんだけどさ、」
「『白のユニット』に、入ります」


窺うような飯塚に、すぐにそう告げたのは大水だった。
「おい、待てよ」と突然の独断に驚きを隠せない飛永が止めるが、逆に説得しかえされてしまう。
2人だけでは多分、今頃こうなっていなかった。
キングオブコメディの2人を、『黒』から奪い返したい。
それは大水のみならず飛永も感じていたことで、どうやら反対の余地はなさそうだった。
黙って頷いて、口を開く。

「…入ります」
「うん、そうしてくれると助かるわ。
入るとは言っても、特に何かあるわけでもないから安心して。みんな好き勝手やってるらしいし」
「一応、上の…児嶋さん渡部さんには言っておいた方が良いですか?」

大水がそう尋ねると飯塚は腕を組み考える仕草をした後、言い放つ。
その言葉は、2人にはおよそ想像のつくものでは無かった。

「…別に知らせる必要は無いんじゃない?」
「「え」」
「なんていうの、スパイ?エージェント?諜報員?うん、とにかくそういうのやりゃいいじゃん」
「「は」」

生返事を繰り返す2人に「だーかーらー」とかすれ声ながら語気を強め、飯塚は話を続けた。


「知られてないから出来ることがたくさんあるってこと。
幸い二人が石を持ってることは、ほとんど知られてない。
だからどちらのユニットにもあまり警戒されずに調べることが出来る。
まーあいつらにバレたから『黒』には伝わるかもしれないけど…
そこは襲ってきたら『黒』ってことで却って判別が楽で良いよね。
誰が『白』で誰が『黒』だっていうまとまった情報は、いい加減そろそろ必要になるだろうしさ。
そういうわけだから、じゃ、よろしく。
あ、でも一応アンジャッシュの2人には後で適当に言っとくわ」

まさにマシンガントーク。
話し終わって満足したのか、えらく機嫌の良い様子でその場を後にする彼を見送りながら、
一気に言葉を並べたてられた挙句何も言えないままにさっさと帰られてしまった2人は
挨拶も出来ずにその場に立っていた。
やがて我に返った大水が、頭をかきながら呟く。

「これってさ、最初から素直に『持ってました』って言うよりややこしいことになってない?」
「なってる。…まーやるけど」

どうせ今までやってきたこととそう変わらない、自分達も渦中に巻き込まれただけで。
「そっちは?」顔を上げて飛永は大水にそう尋ねようとしたが、すぐにやめた。
聞かなくても表情を見ただけで、それが愚問だということがわかってしまったからだ。
わからないでもない、かく言う自分も少しだけ楽しい。
あくまで、少しだけだが。

いつもやってることに新しい「目的」が加わったな。
明日からちょっと面倒臭くなるな。

路地裏から大通りへ戻りながら、2人はそれぞれそんなことを考えた。


ところで、話は残されたキングオブコメディの2人へと戻る。

大水の計画は、3つの予想外が生じていた。
相手に自分達の情報を多めに漏らしてしまったこと。
主に標的とされる人物を予想しきれなかったこと。
そして、最後に1つ。

衝撃波による不自由さから解放されてもその場にいた今野と高橋は、近づいて来る人影に身構えた。
しかしそれが自分達の味方だと知るとその手をおろし、かわりにばつの悪そうな笑みを浮かべる。
それを無視して人影こと田上よしえは周囲を見回し、「馬鹿じゃないの」と毒づく。

「あーあ、何やってんのさもう。失敗するわバレるわで」
「だってあれはあまりにも不利…!」

不平を口にした高橋だったが、田上に睨まれては何も言えない。
言葉を詰まらせたまま、視線を落とす。
今野は表面上は普段通りの顔のままだったが、よほど悔しいらしく拳が強く握られており、
空には戦う相手などいないのに今野を中心にしてどす黒い不穏な雲が立ち込めていた。
石を発動しているわけでは無いから、さしずめ持ち主の衝動に石が反応して無意識のうちに引き寄せているといったところか。
これも黒い欠片の力かねぇと考えながら空を仰ぎ見た田上は目を細めた。

「フォローしたじゃんか。あっちの力は格段に消耗が早くなってたはずだけど。違う?」
「違わ、ない」

高橋が悔しそうに言葉を吐き出すと同時にゴロゴロと音が鳴った。
集まってきた雲が、針のような霧雨をつくって落とす。
それは細い路地裏である彼らの居る道にも容赦なく降ってきた。
僅かな量でも雨に濡れた2人は、ますます不格好に見える。

「いいよ、アタシがやる」

鞄から取り出した折り畳み傘を広げた田上は二人にそう告げると、
「雨はやく止ませてよね」と捨て台詞を残して足早にその場を後にした。
彼らが「黒」であることは近いうちに知れ渡るだろう。
となると、現段階で人力舎内を警戒されずに動ける「黒」は彼女しかいない。

彼女の能力は効果の縮小化とパワー消耗を早めること。
能力を圧縮してしまうと言った方がわかりやすいだろうか。
大水の危機回避が、発動条件を満たすほどには不安な状態であった飛永に機能していなかったこと、
飛永が今野と数分争っただけで早々に代償を食らってしまったことは、いずれも彼女の力によるものである。

直接攻撃不可能なこの石での戦いは、キングオブコメディ以上に有利な戦いではない。
しかし、わかっているがやらなければならない戦いはあるのだ。
田上は誰に聞かせるともなしに傘に隠れて呟いた。

「同期の尻ぬぐいは、同期がしなきゃーね。
あっちにはあっちの都合があるように、こっちにはこっちの都合ってもんがある」

女は度胸だって言うじゃない。愛嬌だったっけ?
強がりか自然に出たものか、笑みを浮かべると傘を上げて空を見る。
急に降りだした通り雨は、まだまだやみそうになかった。



[東京03 能力]