304名前:ロシアン・シュー◆ksdkDoE4AQ 投稿日:芸人降臨2006/04/02(土)13:04:54
「じゃあ、俺は帰る。またルミネで会おう」
朝もやの中、カラスの鳴く居酒屋前の路地で。
目のまえの先輩は至極さっぱりとした顔で大村と藤田を見て、続ける。
「今日のこと、“あのひと”には内緒な」
その指示語が誰を指しているのかはすぐに知れたので、二人も問い返したりはしない。
その代わり、藤田がすこし躊躇って切り出す。
「山本さん」
「何、あらたまった顔で」
「山本さんの石の能力は」
「知った人の幻覚を作り出すこと。その人のことを知ってれば知ってるほど、リアルな幻覚が作れる」
大村が見た山崎の幻覚が奇妙なほど笑顔だったのは、山本のイメージの中の存在だったからなのだろう。なぜ
山崎だったのかという疑問は残るが、もしかすると山本は、以前山崎が石を持っているところを見たことがあっ
たのかもしれない。そう考えると、樅野の幻覚はどの程度リアルだったのだろうか?残念ながら、大村は振り向
きもしなかったので、それを知ることはできない。
「まぁ幻覚ゆうか…正確には“蜃気楼”なんかもしらん。大村には見せて藤田には見せへん、みたいな使い方も
出来るから、まぁホンマモンの蜃気楼とも違うけどな」
「なんで蜃気楼でしょうね?…蜃気楼ったら…あぁ、砂漠?山本さんがラクダに似てるから?」
「さぁな。…あぁ、でもそうかもな?」
軽口に山本が気を悪くした様子も無いので、藤田は思い切る。
「あの、山本さん。…樅兄の幻覚、もう一回作ってくださいよ」
「え?」
「俺、最後に、チャイルドマシーンの揃い踏みが見てェっす」
もじもじすんじゃねぇ、と笑って背中を叩いて、藤田をツッコんでやろうかと大村は思ったが、相方のデカイ
体の向こうに見える山本が泣きそうに瞳をゆがめたので、何も言えなかった。
「…悪い、藤田。俺、今日もう打ち止め」
「…」
「1日に2人も幻覚作ったん初めてで、わりとへろへろ」
それは言い訳ではなく、真実なのだろう。石を使った人にしか分からない疲労感は確かにある。しかもあれだ
けリアルに喋る幻覚を作ることが、何度も何度も出来るとは考えにくい。
そっすか…とすっかりしょげかえった藤田の背中を、今度こそ大村がドスンと重たく叩く。
「…藤田、気付け。おまえの石の出番じゃねぇの?」
大村の助け舟に、アフロの下の藤田の曇り顔が一気にパッと晴れ渡った。そして「どういうこと?」と山本が
問い直すより早く、
「山本さん、ハンパねぇっ!」
早朝の空に、高らかに藤田の声が響いた。驚く山本だが、すぐに藤田のポケットの中が薄い碧色に光るのが服
の上からも見えたので、その意を察する。
「藤田、おまえの能力って」
その問いには、藤田ではなく大村が応える。
「“名前+ハンパねぇ”って叫ぶことで、使い過ぎて消耗した石をハンパねぇ状態に回復させる。ま、ゆったら
タダで満タンにしてくれるガソリンスタンドみてぇなもんです」
「ちょ、それヒドくねぇ?」
「ホントのことだろう」「だとしてもヒデェ」などと二人がちょっとした小競り合いを始める。それを見てい
た山本の隣の空気が、ちょうど人の大きさぐらいに、きゅぅっと密度を高めた。色はないが、透明なレンズを置
いたかのような。…藤田の石・翡翠(ジェイド)の能力のおかげで、幻覚を作り出すことが出来そうだ。しかし、
本格的な口喧嘩になり始めた藤田と大村は、その瞬間を見ていない。
「フザケんなよおめー!」
「やろうってのかよ。おまえのことなんざ金輪際もう知らねェ。ダチでもなきゃ相方でもねぇ」
「上等だ!このすっとこどっこい!」
つい数時間前に「俺は相方を信じてる」ようなことを言っていた二人とは思えない罵詈雑言が、薄水色の朝空
の下を飛び交う。苦笑していた山本が、何か念じるかのように、一瞬目をきつく瞑った。ペンダント式なのだろ
うか。石があるらしい山本の胸元が、淡い光を放つ。
彼の隣の“密な空気”が、中央からゆっくりと色を生していく。ゆらりゆらりと揺らいで危うかったそれは、
ある一瞬からしっかりと質感を持って目に映る。
石が何かまでは明かさないが、今まさに山本は蜃気楼で人を一人出現させんとしている。
「…藤田」
「なんだね、今更すいませんでしたは聞かねぇぞ」
「おまえになど謝るかバカモノ。…いや、そうじゃなくて」
大村がゆっくりとかざした手は、ピンと伸ばされたその人差し指で、一点を指している。
その先を急いで追った藤田の目に映ったのは、ゆっくりと去ってゆく先輩の背中。
肩越しにバイバイまたな、と手を振ってみせているのは山本。
そしてそのとなりで一緒に歩み去りながら、一瞬こちらを振り返って、口のかたちだけで「喧嘩すんなよ」と
言っているのは、樅野。…いや、樅野の幻覚。幻覚と分かっていても驚くほど、すごくリアルだ。
そしてそうやって二人の並ぶすがたは、あまりに当たり前に思えるほど自然で。
立ち去る先輩二人を見送りながら、いつしかさっきまでの喧嘩を忘れて、ぼんやりと藤田と大村は立ち尽くし
ている。
「…なぁ、おーむ」
「…あ?」
「別に俺らはバンドん時、ふつうに樅兄に会えるんだけどさ。たぶんルミネであの二人に会う確率だって高いん
だろうけどさ」
目が潤んでくるのは何故だろう。
「なんか…二人並んでっと、すげぇあの背中がでっかく見えんな」
「…」
くせぇ、と笑いもせずに、大村は真顔のまま踵を返す。山本とは真逆の方向に歩みを進め始める。
「なぁ、大村ってば」
その背中を追う藤田だが、顔はチラチラと反対方向に歩み去る先輩二人を見ている。それを横目で確認して、
大村は突然足を止めて。
「藤田、俺に“ハンパねぇ”かけてくれ」
「は?」
「いいからかけろよ。俺も、もう燃料切れ寸前だっつの」
「…大村、ハンパねぇ」
藤田が気の乗らぬまま呟く。これで大村の石も全快とはいかないが、それでもあと一回使うぐらいは出来るだ
ろう。手元に石を引き寄せて、握りこみ、胸にくっつける。藤田が見よう見まねの様子で同じ体勢を取る。
「“ハイライト”やんぞ」
「え?え?」
「“ハイライト”だよ。いいな?せぇの」
一瞬先に、大村の石が淡いヒヨコ色の光を放った。『打ち合わせなしでも藤田とのハイライト詠唱がハズれな
いように』成功率を上げたのだ。とは言えこの場合、たとえ低確率でも二人の詠唱が外れることなどありえな
かったのだが。
そして、二人は声をそろえて、背後の山本に聞こえる程度の声量で。
「チャ・チャ・チャイルドマシーンの、ハイライトっ」
薄い緑と黄色の光に包まれながらそう言い放つと、脱兎のごとくその場を走り去った。
あとに残された山本たちが、観客のカラス相手にいったいどんなハイライトシーンを見せたのか、藤田たちに
知る術はないが、それは山本だけが知っていればいいことだと思って気にも留めなかった。
石の能力を最大限に使った疲労感を、飲み過ぎの二日酔いだということにすり替えて、朝日に向かって二人は
歩く。
「なぁ大村」
「なんだね」
差し当たっての藤田の関心事は、白のユニットにどうやって入ればいいのかとか、黒のユニットにはどんな人
がいるんだっけ、とかそういうことよりも。
「頼むからさ、ロシアンシューで俺がアタリ引くように石使うの、ヤメねぇ?」
大村が大きな声で笑い出してしまうようなそんなこと。
何があっても自分たちが自分たちでいられれば、それでいいと思った。
End.
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