さくらんぼブービー編[後編] ※流血シーン注意


624 名前:新参者 メェル:sage 投稿日:05/02/05 13:07:51 

「あ、POISON GIRL BANDだ」
そうだ、そんな名前だった。喉につっかえていたコンビ名が表に出て少しだけすっきりする。
鍛冶も流石に一人一人の名前は分からないらしく、呼ぼうとして数回躊躇っていた。
「すんません、名前なんでしたっけ?」
挙げ句の果てには面と向かって尋ねる始末。殺気立っていたはずの空気が一気に軽くなる。
しかも相手はご丁寧に質問に答えてくれた。長髪は阿部、長身血液操作は吉田。
「面白いってこのことだったのかなあ……」
吉田が呆れながら呟いた。阿部も同様苦笑している。
このまま場が治まってくれればよかったのだがそうはいかない。
「二人ともって予定だから好都合は好都合だけど」
「好都合じゃないよ、多分、石使ってくるだろうし」
「攻撃型だったらまずいか」
「うん、まずいな」
「大丈夫?」
「まあ、なんとかするよ。阿部は見ててくれればいいから」
吉田が再度血液で日本刀を作り出す。
「何あれ?」
騒々しく慌てるのはもちろん鍛冶だ。木村がうるせえと注意し、少し疲れた体で指示を出す。
「あれやるぞ」
「あれって?」
「前やったろ、楽屋荒らしたやつ」
「動けなくなっちゃうよ」
「半殺しにされるよりましだ」

最後の単語にやられたらしい、観念した鍛冶が俯いた。
木村だって作動すれば疲れるのだからお互い様だ。
会話している最中にも隙が出来る。
木村が気づいたときには吉田が血液を振り上げている最中だった。
何とか避けたが高かった服が破れてしまう。舌打ちする間もなく次の攻撃が放たれていた。
「鍛冶! そっち捕まえろ!」
もちろんキーワードを発していないので、鍛冶は正気を保ったままだ。
指示されるまま後ろで傍観していた阿部の元へ走った。吉田も身を翻して後を追う。
言葉を言うくらいの間は出来た。大きく息を吸った木村の声が辺りに響く。
「あれ? 鍛冶くんじゃない?」
「うん!」
顔は合わさないまま、鍛冶も綺麗な返事をした。
動作が獣臭くなり、人間とは思えない呻き声が辺りに木霊する。
石を持たずに鈍く光る目に捉えられた阿部は言葉を失って身を固めた。
野性の肉食動物に狙われたようなものだから当然だ。
襲われる阿部と襲う鍛冶の間に血液の壁が出来る。
弾力で跳ね返った鍛冶は上手に着地し、腰を落とした前傾姿勢で相手を見上げた。
吉田は無表情だが動揺しているのは分かる。
「鍛冶! 殺すな!」
とりあえずの指示を出すと鍛冶の動作が一瞬止まった。
すぐに襲いかかるが野性の習性で、殺す以外の攻撃方法は苦手らしい。
取っ組み合いで肩を握り、相手の体を利用してジャンプしてから腹を両足で蹴り飛ばした。
派手に転げる吉田の血液が床に散らばる。

阿部が吉田の元へ向かった。咳き込んでしゃがみ込む相手は放った鍛冶が、
周りに比べると小さい阿部に目を付ける。
目の光が強くなり歯を剥き出して男にしてはせまい肩を両側から掴んだ。
「鍛冶! やめろ!」
肩に噛み付く寸前。無抵抗だった相手は必死で腕を払って鍛冶の脛を蹴りあげる。
鍛冶は数秒間怯み、それからもう一度阿部に襲いかかる。
流石に耐性の出来た阿部は、今だ蹲る吉田の元に向かって石を取り出した。
赤い靄が膨らんだかと思うと、散乱していた血液が吉田の元に戻る。
一部始終を見た木村は悟った。攻撃系は吉田の血液操作だけで、
阿部は何らかの補助系の能力持ち。吉田の様子が戻ったのなら、
さくらんぼブービーと同じで対になっているのか。
見当がついても対策は無い。鍛冶が吉田を捉えようとしているが、
相手も相当な理由があるらしくなかなか降参してこない。
吉田の顔には明らかな疲れが浮かんでいるのだ。
血液をどうやって防ぐかが問題だった。
変幻自在の武器は本気になればあっさり木村達を殺せるだろう。
吉田の中にある躊躇いがいつ壊れるか分からない。
考えていたせいで注意力が散漫になっていた。
見境が無くなった鍛冶が木村の方へ向かってくる。敵味方が分からないのだ、
相手二人は放って自らの身の安全を確保する必要がある。
「鍛冶、俺は襲うな」
張り上げていたはずの声がか細くなっていた。
木村自身気づかない内に体力を消耗していたらしい。

霞む目線の中、背中に隠れていた姿も捕らえられなかった。
血液が木村の左肩目掛けて伸びる。
障害物になった獣の体のせいで、避けるための余裕も阻まれた。
スローモーションになった世界の中で、先の尖った細い直線が肩を貫通したのは白昼夢ではない。
「痛ってえ!」
遠慮なく叫ぶ声は辛辣さに塗れ、肩も木村自身の血液で塗れる。
涙目になって肩を抱え荒い息を繰り返したが痛覚の線グラフは上昇する一方で、
怒り狂う鍛冶が吉田に襲いかかっているのにも気づかなかった。
呻き声。鍛冶の背中が切られたらしい。動きが鈍くなっていたのを見透かされていたわけだ。
あまり長い時間野生化出来ないのも悟られているのかもしれない。
これこそ本当の絶体絶命だ。さっきの状況など比べ物にならない。
肩は痛みを通り越して麻痺してきた、左手の握力は無い。
それに、どんなことをされるか想像するくらいの頭しか残っていない。
止まらない血液を止めるために、傷の周りを強く握りしめた。
血液の川がせき止められて少しだけ緩やかになる。止血する、そうか、防ぐんじゃなくて止めれば。
「鍛冶! 相手の右腕掴め!」
最後の気力を振り絞り、鍛冶が命令通りに動いた。
人間では有り得ない位の力で血管が浮いている。
吉田が操っていた血液が通常の液体になり、重力に従って床に落ちた。
止血すれば血液の流れが悪くなる、ここまで効果があるとは思わなかった。
相手が疲れていたのも影響していたのかもしれない。
「鍛冶、そのままけっ飛ばせ」
これが最後の指示になるだろう、体力も精神力も限界だった。

先は真っ暗で予測不能だ、二つしか結果がないロシアンルーレット。
白か黒か、少なくとも目線は灰色に近い。しゃがんでいるのも辛くなって床に倒れ込み、
横向きで見た結果は残酷なものだった。

そこで勝利を掴みかけていたのは鍛冶でも吉田でもない。
後ろで見ていたはずの、何も攻撃できないはずだった阿部だ。
どこからか持ってきた金属性のバケツを鍛冶の頭に振り下ろそうとしている瞬間。

諦めて目を瞑ろうとした時だった。遠い昔に感じる、
けれどついさっき見たのと同じように鍛冶の影が肥大化したかと思うと、
影から闇を背負った黒いスーツが浮かびだす。
男は一瞬にして阿部の持っていたバケツを弾き飛ばし、
吉田の肩を掴んでまた床の影に消えた。
吉田だけが影に混ざらずに床に衝突する。決して重傷になるほどの衝撃では無かったが、
疲れ果てていたせいで致命傷になったようだ。とうとう起き上がらずに、
あおむけになったまま天井に顔を向けている。
石を取り出して吉田に駆け寄る阿部の影がまた肥大した。中から姿を表した川島が、
後ろから腕で阿倍の首を締めるようにする。抵抗できなくなった阿部は大人しく石をしまった。
「石、返してもらいに来ました」
阿部が何もしてこないのを確認し、腕を離してからの第一声。
木村は横になって目線だけ向け、引きつる痛みの中で苦笑する。
石に慣れるのと比例してこんな状況ですら慣れてしまったのか。

特有の呻き声がしなかった。鍛冶も、木村と同じく倒れ込んでしまっているようだ。
命令しなくても元に戻っているのは単なるスタミナ切れで、意識はしっかりとあるらしい。
記憶は無いが戦っていたのは分かるらしく、質問攻めに合うことは無かった。
「……交渉の時間です」
川島が阿部と目を合わせる。大きな男と小さな男のやりとりは、
情けないながらさくらんぼブービー二人とも横になって傍観するしかない。
それよりも早く医者を呼んでくれ、願望も口に出なければ伝わらない。
「ここは見逃すんで、この二人の傷を元通りにしてくれませんか?」
正直意外だった。今までの流れで、自分の目的だけに突き進むと思っていたから。
木村は肩を握りながら、鍛冶は強制的な金縛りから逃れようとしながら、
二人とも同じ驚愕の表情を浮かべた。
阿部が何も言わないまま頷く。取り出した石を鍛冶に向けた。
赤い霧が背中を隠したかと思うと、うつ伏せの上にはっきり浮かんでいた切り傷が消えて、
服が破れただけになる。
しかし同時に阿部が顔を歪めていた。それは木村の肩の穴をふさぐときに大きくなる。
傷を直すために同じ傷の痛みを譲り受けているらしい。
そこまでして黒にこだわる理由が分からない。弱みを握られているとしか。
それを白は知っているのか?
怪我が治癒した吉田が、逆に阿部を支えて立ち上がる。決して二人とも晴れた顔はしていない。
木村達を一瞥してから、酷く疲れた様子で倉庫を後にした。取り残された三人の反応は別々だ。
木村は相変わらず苛々を募らせていたし、鍛冶は動けない歯がゆさで戸惑う。
唯一立てている川島も随分疲れているらしかった。
「あの、石……」

言われてからやっと気づき、木村が石を取り出す。
結局何も起こらなかった石のせいでこんな目にあったのだ。投げつけたくなったが耐えて、
出来るだけ穏やかに川島に渡した。
「有り難うございました。あの……」
「何?」
「怒らないんですか?」
首を縦に振るだけで答えた。こんな馬鹿馬鹿しいことに怒るつもりにもなれないのが本音だ。
川島は一瞬だけ目を伏せて、影ではない暗い雰囲気を背負った。
「すいませんでした」
心底からくる謝礼の意にまた木村は驚くが、今度は表情にすら出せない。
辛うじて動かせるようになった左手を空元気で振るだけだ。
合図を得た川島がまた軽く会釈して、今度は正式にドアから廊下へ出て行った。
取り残された中、二人とも同じ天井を眺める。
長い間使われたせいで作られた染みに何か形を当てはめようとしたが、
影にしか見えないので止めた。木村にとっては今でも、川島がいい人がどうか分からない。
考えないようにしてからもう一つの疑問を浮かべる。こっちはすぐに解決できそうだ。
「なあ」
「何?」
「何でここがわかった?」
鍛冶は少し間を開けてから、不思議そうに答えた。
「いきなり石が光って、何となく分かった」
「なんだそれ」
鍛冶の笑い声。木村も軽く笑う。
対になっている石同士が共鳴したのだろうか。結論は分からないが、
二人が持っている石でないと起こり得なかった出来事のはずだ。

使えない石だと思っていたがそれなりにメリットはあるらしい。
無意識の内に石を握りしめた木村の手は少々汗ばんでいた。
「なあ」
「何?」
「いつになったら終わるんだろうな」
今度は返答が無い。お互い無意識に合わせて途方に暮れる。
こうなると白にも関わらないほうがいいかもしれないと、何となくそんな風に思って。

木村にはPOISONGIRLBANDと川島の関係は分からなかったし、
お互いが辛そうな顔をしている理由も分からなかった。
顔見知り程度では心配も出来ないのが本音だ。少なくとも自分の身の安全が保証されないと、
周りに回す余裕は無くなってしまう。
同期かどうかも分からなくて戸惑った人を慰められるわけがない。
敵も味方も第三者も、あやふやに境界線の上に立っているだけか。

白にも黒にも答えられないだろう様々な質問は、少なくとも二人の思考能力を奪う。
仕事があるにも関わらず、倉庫内に響く時計の音だけを感じていた。

End.