陰と陽 [1]


464 名前:156=421 ◆SparrowTBE  投稿日:04/09/03 00:35

「かーしま」
人の名前をちゃんと発音をしていない時の彼は、酔っているか困っている時だ。

「ええから先行けって。」
「これから仕事っちゅう時に忘れ物って何やねん。」
「悪い悪い。絶対追いつくから先向かってて。」
すまなそうに苦笑いを浮かべる川島に、田村はため息をつくと渋々一人で歩き出した。
そんな田村の背中を見送った後、川島は田村とは逆方向に走り出した。
人通りが少ない、狭い路地に向かって。


「そろそろ現れたらどうや?男二人ストーカーして何が楽しいんねん。」
川島の声が低く響く。
すぐに川島の背後に二人組みの男が現れた。
何処かで見たことはあるが、名前は知らない。恐らくは新人の若手だろう。
二人ともぶつぶつと何かを呟き、その目は焦点を結んでいない。
石や人によるが、時に石に思考を乗っ取られることがあるらしい。
その場合、このように狂人のようになってしまうのだ。
―田村を先行かせて正解だったわ。
川島はほっと息をつき、顔を上げた。
次の瞬間、一斉に襲い掛かる二人組みの姿が目の前にあった。

二人の拳が川島の顔面に当たる瞬間、川島の姿が消えた。
目標を無くした二人の足が、地面から現れた手に不意に引っ張られた。
バランスを崩したせいで、芸人らしく盛大に転ぶ。
その二人を見下ろすように、再び川島の姿が現れた。
「なんやねん。めっちゃ弱いやん。」
尚動こうとする体を足で押さえつけ、石の封印のために自分の石をポケットから取り出す。
その時、隙が生まれた。
押さえつけていた足が突然払われる。
今度は川島がバランスを崩して石が手元から転がり落ちる。
「つっ…!!」
石に手を伸ばす。
途端に無防備になった川島に、二人が笑みを浮かべて向かってきた。


その時、突風が吹いた。

もの凄い勢いの風に、思わず川島は身を伏せる。
次に川島が目を開いた時には、既に二人組の姿は無く、川島は身を起こした。
少し離れた壁に二人組がもたれかかっている。どうやら先ほどの風に吹き飛ばされたらしい。
その二人組の石を、誰かが封印している。
思わず身構えて川島は叫んだ。
「誰や!!」
叫ばれた二人は、ゆっくりと振り返った。
その姿は見慣れたもので、川島は目を見開いた。
「あぁ、巻き込まれてなかったね。」
「よかったね、さっきの風強かったもんね。」

驚く川島を無視して話す二人は、いつもここからの二人だった。

「じゃあさっきの風は…。」
「あぁ、僕がやったんだけどね。」
特徴的な声の菊地が答える。
「そうだねえ、僕等も能力者だものね。」
同じ調子で山田が答える。
いつもの話し方との違いに、川島は怪訝そうな顔をする。
「麒麟の川島君だよね?相方はどうしたの?」
「相方も石を持ってるんでしょ?」
川島はいつここの顔をじっと見た。
二人が、信用できるかはまだわからない。
もし二人が石を集める側の人間なら弱点を教えることになる。

黙ったままの川島に、慌てて山田が口を開いた。
「安心して。僕達は石を封印するためだけに力を使うから。」
「田村君を襲おうなんてしてないから。」
川島は安心したように短く息を吐いた。
「アイツは…田村は石の力のことは知りません。」
山田がぽかんと口を開ける。
「知らない?」
「えぇ。教えてません。」
「何故?」
「戦うんは俺だけでええ。…こんな戦いにアイツを巻き込みたくない。」
川島は俯いて己の拳を固く握り締める。
いつここの二人が弾かれたように顔を見合わせる。

「独りで戦ってたんだって。」
「強いねぇ。」「強いねぇ。」
「石を集めないで封印してるって。」
「偉いねぇ。」「偉いねぇ。」
「しかも相方を巻き込まないようにしてるんだって。」
「優しいねぇ。」「優しいねぇ。」

延々と続くおかしな話し方に、川島は少し恐怖感を覚える。
しばらく顔を見合わせたまま話していた二人は、突然川島の方へ向き直った。


「石について色々と教えてあげるよ。」「役立つ情報とは限らないけど。」
「ほんまですか?」
いつここの言葉に川島は目を輝かせる。
独りで戦う川島は、何かしら石の情報が必要だった。
「僕等が知ってる限り石を封印しようとしてるコンビは、
スピードワゴンとか、アンジャッシュとか、アメリカザリガニとか…。」
「そうだよね、結構いるよね。」
「すんません。」
川島が口を挟む。
「その封印する側のコンビに、相方の石を封印してもらうん事は」
「できないねぇ。」「できないねぇ。」
いつここの二人が困ったような表情になる。
「暴走したり、悪意に満ちたような石じゃないと、僕等は封印できないんだよねぇ。」
―やっぱりか。
川島は溜め息をつく。
川島も何度も田村の石を封印しようとしていたのだが、全く力を押さえ込むことができなかったのだ。

「アンジャッシュの渡部君ならもっと石について詳しいかもね。」
川島が顔を上げる。
「は?」
「彼の能力上、石が何処にあるのかわかるらしいよ。」「あとスピードワゴンの小沢君もね。」
菊地が付け足す。
「彼は元々の体質上らしいけどね。」
「便利だよね。」「便利だよね。」
「僕らもそんなのがほしいよね。」
「そうだね。」

また二人で話し出したのを見て、慌てて川島が間に入る。
「あ、そろそろ仕事なんで。今日はほんまにどうもありがとうございました。」
山田がやっと気が付いたように川島の方へ向き直る。
「とりあえず、困ったことがあったら相談してよ。」
「ありがとうございます。」
再び川島は深く頭を下げる。
そして踵を返し、歩きだした。

振り返ると、菊地と山田は、まださっきの調子で話している。
時間的に間に合いそうだが、急いだ方がいいなと川島は思い、石を手に握る。
「川島君」
ふと呼び止められて川島は振り返る。
先程までとの声のトーンの違いに、川島は思わず身を固くした。
「大きな力にはそれなりのリスクを伴うから。」
聞こえるか聞こえないかの小さな声で、菊地が呟く。
川島を見つめるその目の光は何処か強く、そして哀しい色をしていた。
川島はその目を真っ直ぐに見つめた後、影の中へと消えていった。

菊地は、川島が消えていったのを見た後、何も言わずに歩きだした。
山田が後に続く。
「菊地」
「何?」
「なんで言わなかった。」
「言っただろ、最後に。」
「違う。」
山田が菊地の腕を掴む。
「なんで麒麟の石が危険だってことを言わなかったんだ!?」
山田が声を荒げる。
菊地は振り向くことなく言った。
「彼等なら大丈夫だよ。彼等なら、きっと。」
山田からは菊地の表情は見えない。
仕方なく山田は菊地の腕を離した。




前を歩く菊地は、うっすらと笑みを浮かべていた。
―麒麟とやらの石はまだ主を操ってはいないらしい。
彼の石も又、どす黒い光に覆われていた。

 [いつもここから 能力]