品川庄司編 [4]


396 名前: ◆QiI3kW9CIA   投稿日:04/12/04 16:16:26

体が、燃えるようだ。
庄司は今までになほどのい強い力が迫ってくる事に軽い戸惑いを感じていた。
そしてここまで自分の意識が薄れる事も、今までにないことだった。
霞んでゆく目で、必死で自分を説得しようとする脇田の顔をしっかりと見据えた。
石を手放したい、という気持ちは庄司の中にも少なからずあったものだ。
けれどそれと反対の、石の力に魅了された部分が自分の中にあることも知っていた。
そこに、庄司はつけこまれた。少しでも油断や慢心があればすぐに石に引きずられる。
それなのに、どうしてあんなに自分の意思をもっているのだろうと脇田に尊敬の念を抱いた。
「庄司、渡してくれないか?」ゆっくりと差し出された手に、呼応するようにして右手が動く。
瞬間、昼間のように眩い光が石から放たれた。反射的に思わず脇田は目を瞑る。
その光に包まれながら、庄司は自分の意識がだんだんと無くなっていると分かった。
すみません。そう脇田に無言で伝える事が、彼の最後の力だった。
ゆっくりと目を開ける。
ゆらりと立ち上がり自分を見つめる男に、脇田はこれから始まる闘争の始まりと
もうそこに庄司がいないという悲しさを感じた。

振り上げられる拳を、避けられずにまた一発体に受ける。もう自分の体はボロボロだ。
石に喰われた庄司の目には既に理性がなく、石の思念の塊になっていた。
ぎゅっと、自らの石を握り締めチャンスをうかがう。
ペンダントに埋め込まれた石を手にした時から、脇田のやるべきことは決まっていた。
暴走する石を破壊する事。それがこの馬鹿げた戦いを止められなかった自分のたったひとつの使命だった。

また一発脇田の体に拳が入る。
一方的な戦いの様子を、男は眺めている。
石は既に彼の一部分になっていた。彼の目にその力は宿った。
それは同時に彼はもう人間ではなく、化物になったという事だ。
ソファに腰掛け、化物になった男はゆっくりと目を閉じた。

石の力に体が対応しきれなくなってきたのだろう。顔が辛そうに引きつっている。
攻撃の手も緩まってゆく。だが脇田は今まで以上に切迫した。
体が弱ると、石が完全に庄司を取り込んでしまう可能性があるからだ。
それはあの化物をまた作ってしまうという事だ。あの可哀想な化物を。
ふらり、と庄司の体が床に崩れた。握り締めた手がゆるりと開かれ、石がこぼれ落ちる。
脇田は眩く光る石を構え、真っ赤な光の束をどす黒くなった元凶に放つ。
すると石はまるで生物のように意識のない庄司の掌にべたりと張り付いた。
まずい、と脇田は石を握る手に力を込める。完全に体の中に入れば、もう取り返しがつかない。

だんだんと庄司の動きが鈍ってきた。

一面に広がるプール。
そこにぷかぷかと庄司は浮いていた。
ここはどこだろう。そう思って泳ぎ回るが、何も手がかりはつかめない。
それ以前に俺は家にいたのに。
意識を手放した瞬間にはもう、ここにいた。
いわゆる幽体離脱とかそこらへんの話なんだろうか、とよくわからない憶測を働かせながら
庄司はただ変に心地よい水に身を任せていた。
突然、急に流れが速くなった。緩やかな流れは大きく荒れ、自分よりも大きなウェーブが襲う。
必死に逃げようともがくが体が思うように動かない。やがて津波は自分を飲み込んだ。
奥深くに体が沈む。もう体に宿っていない意識がうすれてゆく。
ふと、底を見ると人がこちらへ手招きしている。
あの人は___
顔を見た瞬間、真っ赤な光が体を包んだ。体が急浮上する。
水底のあの人の顔が、どんどんと小さくなってゆく。



「・・・じ、庄司、庄司!」
声だ。呼んでいる声。
庄司はゆっくりと目を開けた。もうそこはあのプールではなかった。
「脇田さん」
「よかった、もう気がつかないかと思ったよ。」心底ほっとしたような声で、脇田は言った。
庄司は立ち上がろうと体を起こす。が、また床に戻ってしまう。
「今日は多分もう動けないだろうから、無理しないほうがいい」
改めて部屋を見渡すとソファやテーブルが変なところに飛んでいったり壊れたりしている。
俺は何をしたんですか、と脇田に聞いた。返事は「気にするな」だった。
その後、遠慮したのだが部屋を片付けている脇田に、庄司は話しかけた。
「脇田さん」
「何ー?」
「ヒデさん、元気ですか?」
脇田の作業している手が止まった。
「いつも通りだよ」
「そうですか」
脇田は再び手を動かし始めた。
庄司もそれきり中川の話をする事はなくなった。
今の彼にとっては水底の人の顔が中川に似ていた事を考えるより、
強烈に襲ってくる睡魔に対応するほうが庄司には優先されるべきものだったのである。


 [ペナルティ 能力]