446 : ◆1En86u0G2k :2005/12/21(水) 01:28:19
その日、エレキコミック・今立進は朝から上機嫌だった。 左足の靴紐が何回となくほどけても、目の前で電車が行ってしまっても、レジ待ちで強引に自分の前に人が割り込んできても、 その買い物の結果財布の中に1円玉がやたら増えようとも、怪訝な顔の相方・谷井に顔に締まりがないと指摘されても、とにかく、彼のテンションは高いままだった。 なんたって翌日には恒例の「ゲーム大会」が控えている。 それは、今立を筆頭としたゲーム好きの芸人同士が集まって、舞台上でひたすら古今のゲームに興じるというオールナイトのイベントのことだ。 はたしてそんなものに入場料を取っても大丈夫かと最初は思ったけれど、やってみた限りでは観客もなかなか楽しんでくれたようで、 以来時間と余裕とメンバーの予定が合った時には開催されるそのイベントの日が訪れるのを、彼はずいぶん前から待ち望んでいたのだった。 それぞれの仕事を済ませた後参加メンバーが集合し、軽い打ち合わせと最終確認、ついでに飲み会。 あまりの嬉しさにやや飲み過ぎてしまった今立はメンバーの一人、東京03・豊本明長と談笑しながら夜道を歩いていた。 「もう帰ったらすぐ寝ようと思ってさ!明日のモチベーションを高めとかないと、」 「ダチくんもう十分だと思うけどなあ」 「こんなもんじゃないよ俺は!」 酒のせいでさらに上がったテンションを抱え、駅へ続く道を曲がる。そこからだと少し近道になるのだ。 細い路地で街灯の数も少ないようだが大の男二人、特に怖がる理由もないだろうと思いつつ。 だが今立は大事なことを忘れていた。 彼らの日常が今はすっかり様相を変えていて、なんの落ち度がなくとも不意に襲われる可能性を十分に秘めていることを。 「………え、」 気が付けば前後の道をいかにも怪しげな男達に塞がれていた。 前に3人、後ろに5人。 その中に見知った顔はなかったし、一様にぼんやりと曇った目をしていたからおそらくは、 黒側の末端を構成する超若手の面々が上の思惑で動かされているのだろう。よくある話だ。 自分の石に目立った変化は感じられないので相手が石を使った攻撃をしてくることはなさそうだが、 恵まれた体格と腕力のありそうな男が多いのが気にかかる。 高まってゆく緊迫感とは対照的に、道に沿って続く植え込みには大小のイルミネーションが張り巡らされ、チカチカと陽気に点滅を続けていた。 家主の趣味なのだろうか、白に青に水色に色を変えて輝く様は光が行く先を先導してくれているようで、こんな状況でなければなかなかロマンチックな雰囲気だったのかもしれない。 (さて、どうしたもんかなあ) 豊本は眼鏡を中指でくい、と押し上げて小さくため息を吐いた。 この陣形と場所では少々のすったもんだは免れそうにない。 しかも自分の石は少数へのかく乱が精々で、こういう状況では基本的に無力だ。 となると今立に頼ることになるのだが、彼が能力を使ったあとの代償と明日の予定を考えるにそれはちょっと言い出しにくい希望である。 (みんなでまとまって帰るべきだったかー…闘えそうな人もいたし…) 不注意を悔いたものの後の祭りだった。他の選択肢は登場しそうにない。 仕方なく隣の様子を伺うと、人工的な光に頬を照らされた今立が酔いの回り切った目で前方を睨み付けたまま (だから残念なことに威圧感には欠けていた)淡々と言葉を並べはじめた。 「…あのねぇ豊本くん、俺ものすごく楽しみにしてんだ、明日の」 「うん、知ってる」 「なんだったら最近のアンラッキーを全部笑って流せるぐらい」 「ああ…さっき居酒屋でダチくんの頼んだのだけ3連続で来なかったけど全然笑ってたもんね」 「…メイン主催者がゲームにひとっつも触れないってどう思う?」 「超不憫」 「………」 その時豊本は確かに今立の目が据わるのを、見た。 石が震える。 やはり自身の石とそれぞれの身体能力で突破するべきか、そう考えはじめた豊本の思考が思わず途切れた。 (…え、ダチくん?) この共振の元は間違いなく今立だ。しかもかなり、攻撃的な。 冷静に考えたなら明日の為に少しでも使用は控えるべきなのだが、酔っているせいか本人曰くの『最近のアンラッキー』が相当溜まっていたのか、 こんな不条理な形で自分の楽しみが妨害されることに対し彼は相当腹を立ててしまったらしい。 気の毒だとは思いつつ、この怒りが下手に拡散するとやっかいなので今立に全てを任せることに決めた。 −でも確か、彼の能力には制約があったはず… 「…イオナズン打ちてえ…」 「いや危ないから」 「じゃあメテオ…やっぱメラゾ−マ…いや団体だからべギラゴンの方が…」 「殺す気だねえ。全部却下。てか無理でしょ?そういうの」 そう、彼は怒りを発散できるような攻撃の能力は使えないのだった。 どうするの?という豊本の視線を感じ取ったのかどうか、今立は不意に「上手く避けてね」と言い放つと、傍らできらめく星の形をしたイルミネーションを引きちぎり、真上に投げた。 電力を断たれたそれは当然瞬時に輝きを失い、ただの透明なプラスチックに戻る。 しかし、その星が重力に引かれはじめる前に、今立のシャツのポケットから眩く白い光が溢れた。 「………!!」 途端に前後の集団がざわめき、距離を詰めようと駆け寄ってくる。 何か効果的な能力を発揮される前に数で押し切り、石を奪ってしまおうという考えだったのだろう。 しかし彼らの手が今立に伸びる寸前、ウレクサイトの白光はひときわ強く瞬いたかと思うと、シュン、と真上に移動した。 打ち上げられた先には落下してくる星型のプラスチック。 −光が吸い込まれる。造りものの星が再び、輝きを取り戻す。 キラキラと光の粒をまき散らしながらゆっくり落ちてくるその星にはなぜか懐かしいような既視感があった。 そう、確か、それを取ればどんなピンチも切り抜けられる… 「…無敵のスターだ、」 豊本が呟くのと星の光を身に纏った今立が前方の集団に向かって体当たりを仕掛けたのは、ほぼ同時。 「……っ、はあ…多分この辺やと思うねんけど…」 今立の石が光ってまもなく、その場に駆け付けた男がいた。アメリカザリガニ・平井善之だ。 同じくゲーム大会の参加メンバーであり飲み会のあとコンビニに立ち寄っていた彼は、黒い欠片と憶えのある石の気配がどこか近くで弾けるのを感じ、何やらよからぬことが起きたのではないかとその気配を追いかけてきたのだ。 戦うことも考えて咄嗟に買った小さなミネラルウォーターのボトルを片手に弾んだ息を落ち着かせ、路地に踏み込む。しかし平井は、「うわ、」と思わず声を漏らして足を止めてしまった。 視線の先で若い男が、勢いよく宙へ吹っ飛んでいく瞬間だったから。 「 へ ?」 事情を把握できずその場に立ち尽くす間に、その男は派手な音と共に道路に落下する。 気付けば似たような雰囲気の男達がすでに幾人も、その場に折り重なって倒れていた。 ただ一人立っているのはこちらに背を向け肩を上下させる人物−なぜか漫画の特殊効果のように身体の周囲にキラキラと星を散らせていた−で、その背格好からしてそれはつい数十分前まで一緒だった今立に違いなかった。 「−今立、くん?」 「…やっちゃったぁ………」 呼び掛けに振り返った今立はとろんとした目でどこか悲しげに呟くと、ゆっくりその場に崩れ落ちる。 −静寂。 「…何やったんやろ…」 「…………あ、終わった?」 後には展開に追い付けないままの平井と傍らの電柱の陰でなんとか嵐をやり過ごした豊本だけが残された。 「…うん、だからスターでもうちぎっては投げちぎっては投げ」 「うわぁ…無茶したなあ。止めた方よかったんと違う?やって明日、」 「だってダチくんキレてたし無敵だしさあ、吹っ飛ばされるのがオチじゃん」 「そらそうやけど。えーと…8人?これ全部やっつけたん?」 「うん。見事1up」 「1upて…」 全員仲良くノックアウトされていた男達を車に轢かれないように道路の端っこに並べる作業を終え、平井が「こいつ重いわー」とうんざりした顔で一番体格のいい男を小突いた。 ついでにポケットに入っていた黒い欠片を浄化して消し、一応俺来た意味あったかなあ、とため息を吐いて苦笑する。 「平井くんこれからさらに役立つよ。俺一人じゃダチくん運べないし、」 最近この人丸っこいからね。豊本はそう言って座らせておいた今立を覗き込む。 「…どう?」 「大丈夫じゃないかな、エネルギー使い果たしただけだよきっと」 そらよかった、と平井は言いかけたが、この出来事のせいで明日彼がどれだけ不幸な目に遭うのかを想像して、言葉にするのをやめた。 そう、明日はなんたって−日付が変わってすでに今日だが−“今立進杯争奪”ゲーム大会、なのだ。 豊本と平井に両肩を支えられ立ち上がった今立はむにゃむにゃと何か言っているようだった。 そのうわ言はどうもレトロゲームのタイトルのような気がしたが、あえて聞かなかったことにして2人は駅へと歩きはじめる。 「不憫な子やなあ」 「ほんとにねえ」 …今立がそのイベントでゲームを楽しめたかどうかは、彼の心情を考慮して割愛する。 ただ数日後、ロケでイルミネーションも華やかな街頭を訪れた彼の「クリスマスなんて大嫌いだ」という恨めしげな独り言に、谷井が首をかしげたとか、なんとか。 |
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