アウトレットシアター[2]


597 :佐川優希 ◆bGB0A2qlVI :2005/06/25(土) 12:12:09 

……俺は設楽と小林に、こう言った。 
「今に、分かるよ」 
冗談抜きでしんどい。でも、今は子どもみたいにごねていられないのだ。 
設楽がこちらの様子を伺いながら、「何を……」と言いかけた瞬間、 
俺はセンターマイクを掲げ高らかにこう叫ぶ。 
「さぁ!地獄だ!地獄の時間だ!」 
設楽と小林は突然の俺の奇行に目を丸くするばかり。そんな彼らに太田さんは説明をする。 
「君ら、まさかぁ、こんな雑魚共を出して、本気で不意をついたつもりじゃないだろうね?」 
確かにザコなのだろうが、何せ人数が多すぎた。しかし、太田さんはそれを表に出さず、しかも、 
相手がリアクションをする隙も与えず、憎憎しく説明をする。 
「君らさぁ、おかしいと思わなかったの。この劇場の客席に、たった二人でいることがさあ?こ 
こはよ、田中が作り出した異次元空間なんだ。つまりだ、お前らはぬけぬけと俺らのテリトリーの中 
に入って来たぁってことあだ。わかるか?わかんだろ?インテリぶってるお二人さんはさぁ」 
暴言を用いて、説明をする。 
「でもやっぱり、バカだね。バカだよ。バーカ、ぶっぁぁぁぁっかっ!所詮は芸人だよ!驕り 
高ぶるのも甚だしいったらありゃしねぇよ!いいか、お前らは既に俺らの術中にはまってんだよ」 
と、ここで太田さんはポケットから緑色の石を取り出す。 
「てめぇらが狙ってんのはこれだろ?エメラルド!でもやんねーよ。俺のだかんな!バーカ!」 
バーカバーカと負け犬のように続ける太田さん。悪乗りしすぎている。しかし、ここでは俺も、 
「バーカバーカ!!俺の作った空間は最強だからな!てめぇらみたいな若造のモヤシっこが打 
ち破れるわけねえんだ!」 
と、見た目よろしく叫んでおく。仕舞には二人で、 
「バーカバーカ!」 
といい年こいたおっさん二人が、いい年をした若者二人に向って、叫び続けていた。 
「ぶ、ば、バカって言ったら自分もバカなんだぞ!?バーカ!」 
席から立ち上がった設楽、俺たちと同じようなテンションでバカバカといい続ける。
それを見かねた小林、 
「おいっ設楽っ!」 
結構焦っているように見える。しかし、 
「小林、相手が爆笑問題だからって負けんじゃねえぞ!一緒に言え!バーカっ!」 
「な、いえるわけな……バーカッ!」 
小林までもとうとう叫び始めた。暫し、良い年こいた大人の男共の、バカバカ合戦が続く。 
舞台の中心では俺らが、客席では設楽と小林が、そして舞台の両隅には花のない、生気の失せた若 
者たちが。 
これは、なんとも、面白い絵だろうな。誰かに見せてやりたいぐらいだ。 
……まあ、不可能なのだが。 
するとここで、約一名、理性を取り戻す。 
……小林だ。やはり、長くは続かない。小林が、設楽を諭す。 
「設楽、設楽!!」 
「な、なんだよっ」 
「この、シナリオどおりに進んでるんだ」 
と、小林は持っていたノートを設楽に見せる。設楽の能力はおおよそつかめたが、小林の能力は未 
だに分からなかった。だが、 
単純でトンチンカンな俺にも分かるのだろう。 
それもこれも全て……。 
「あたりまえだろう?!それがお前の能力じゃんか」 
「設楽!」 
はっとして設楽は下唇を噛む。小林は口元に手をやった。もう遅い。俺にも分かったんだ。完璧だ 
ろう。 
そしてこの二人、やはり俺なんかよりずっと頭がいいようで。 
「小林……、まさかお前……」 
「そうだ、俺の意思じゃない。書かされて、いるんだ。書かされて、そのとおりに事が運んでいる… 
…」 
設楽と小林はほぼ同時に俺を睨みつけた。やっぱり、怖い。しかし、俺は虚勢を張った。 
「やぁっと、気づいたかぁ。でも遅すぎたね。もう俺たち、君たちの能力分かったし、分かったと 
しても、もうどうにもできないでしょ。どうやら、二人とも戦闘型じゃないみたいだからね。俺の作 
った空間に、まんまと嵌ったんだ」 
明らかに、設楽と小林が怒っているのが分かった。もうちょっとだ。ここで俺は止めを刺す。 


「自分が書いていると思い込んでいたシナリオが、実は他人が描いた物だって気が付いた時は、 
やっぱり屈辱だよね。ゴシューショーサマ」 


そして俺は不細工な笑みを浮かべる。どうだ、こんな感じでいいのか。 
「モヤシっこかどうか、その目で確かめてみますか」 
小林は右手を前に出し、ゆっくりとその手を開く。手のひらの上に、黒く光った枠だけの立方体が 
浮かんでいた。 
「太田さん、俺、なんかいやな予感がするんだけど」 
「おぉ、奇遇だな。俺もだ」 
小林は、叫んだ。 
「持ってる石が一つとは限らねぇんだよ!!」 
言い終えた直後、右手を振りかざし力任せにその立方体を俺らに向ってブン投げた。彼のイメージとは 
掛け離れた行動だったので流石の太田さんも面食らっている。 
「おいっ!もやしっ子じゃなかったのかっ?!」 
誰にでもなく、太田さんはそう叫ぶ。 
ついでにだ、 
「まだ、俺の力も、切れてないんですよ」 
舞台上の人間もゆらゆらと再び動き始める。おいおい、これじゃまさしくサイコキネシスじゃないか。 
どうやら二人とも感情が高まったことにより、エネルギーが増したらしい。大丈夫なのか、俺たち。 
向ってくる高速回転している箱。周りから攻めてくるゆらゆら人間。絶体絶命。 
「おとなしくエメラルドを渡せ」 
ゆらゆら人間は太田さんに、飛び掛った。しかし、俺は飛んできた箱をかわすのに精一杯。交わして 
も交わしても飛んでくる。交わせるのが不思議なくらい。 
まるで、予定調和。 
そう、予定調和なんだ。 

俺は箱を交わすのを止める。俺に向ってまっすぐに飛んできた箱は、俺の目の前でその形を崩し無数 
の線に変わり、そのまま離散、慣性の法則にしたがって明後日の方向へ飛んで行った。 
今までこの空間に潜んでいた狂気が、目を醒ます。ここに在るありとあらゆる物を、喰らわんと、 
ゆっくりと、そのまぶたを開くんだ。 

太田光の、静かな声。広い劇場に、静かに、気味悪く、染み渡る。 
「現実の源泉を汲み取り、底の夢の膿を掻き回す。 
世界の皮膚を引き剥がし、裏に返して不条理を包む。 
現実は夢の中へ。悪夢を増長させ、虚構に希望を託し、 
真実に絶望を塗る。 
生まれいずる、私の白日夢、具現化せよ」 
太田さんがそういい終えた瞬間、醜いとしか表現できない音がどこからともなく劇場一杯にあふれ出 
す。設楽と小林は耐え切れなくなったのか、耳をふさいだ。 
舞台上の人間たちは、途方もなく狂いだす。 
だけど、俺は聞いた。世界が、裏返る音を。 
「ちきしょぉ……!これか、これをっ!狙っていたのか!」 
設楽が苦しそうに悲痛に叫ぶ。太田さんは言った。 
「いや、実際あんたら二人が来たときに、空間は分断していたさ。でもそれは飽くまで準備段階。 
……こっからが本番だ」 
太田光は、嗤う。 
「さぁ、地獄を見せてあげよう」 
俺はすぐさま狂いだした舞台上の人間につぎつぎとタッチしていった。彼らは意図も簡単に、崩れ落 
ち、おとなしくなる。 
一通り落とした後、俺は標的を設楽と小林に移す。俺はすぐさま舞台から跳び下り、
駆け足で彼らの元へと距離をつめていく。 
この音に怯んでいる、そして尚且つ、小林はノートを手放している。 
今が、絶好のチャンスだった。 
「食らえ!」 
俺は右手で小林の胸に、左手で設楽の胸にしっかりと触れた。 
それを見て、太田さんはやったと思っただろう。俺も思った。 
しかしだ、 
世の中、そう上手くはいかない。非情すぎるんじゃあ、ないだろうか。