アウトレットシアター[3]


601 :佐川優希 ◆bGB0A2qlVI :2005/06/25(土) 12:16:39 

「なんで、だ」 
俺が違和感を感じ、そう呟いた瞬間、手に激痛が走り、電撃のように全身に駆け巡る。 
「ぐあぁぁぁっ!」 
俺は見事にのけぞり、そのまま後ろに倒れこんだ。 
「おい!田中ぁぁぁっ!」 
上手く行くと思ったのに。俺はただそう思うしかなかった。 
「まさか……」 
青ざめた太田さんは一つの事実に気が付いた。 
「お前ら、「黒い欠片」を、持っていないのか……?」 
「なるほど、そういうことかぁ」 
設楽が笑った。 
「エメラルドを持っているのは……、田中さんだぁ」 
まるで失くしたおもちゃを見つけた子供のように、無邪気な笑みを顔全体に湛えていた。 
「空間を分断したのは、太田さん。なるほど、なるほどね!まんまと騙された!」 
そして響く哄笑。この狂った空間に、よく似合う。 
「おまっ、違うぞ!これをよく見てみろ!こっちがホンモンだ!」 
と、太田さんが緑色の石を取り出すも、小林が放つ黒い線により、あっけなく破戒される。 
「!」 
小林は言う。 
「最初田中さんがセンターマイクを振り回していたのは、体格の所為だと思っていましたが、どう 
やら、素手で触ることを、避けていたようですね」 
まずい、小林が冷静さを取り戻してしまった。太田さんの集中力が途切れてきたのが原因だろう。 
「そして舞台上の人間に触れた瞬間、私は黒い気配が消えるのを感じました。そしてそのまま私達 
に向ってきたのを見て、確信しましたよ。エメラルド、黒い欠片を破戒する力を持っているのは田中 
さんだと。それに太田さん。それが本当にエメラルドなら、もしくはそれが太田さんの石だとしても、 
わざわざ俺たちに見せびらかしたり、しませんよね」 
設楽は言った。 
「俺らを浄化して傷つけずに勝つ……、いい方法だったけど、残念でしたねぇ。俺たちが黒い欠片 
を持っていないというのは、本当に予想外だったでしょう」 
ホント、予想外だった。つまり、この二人は、魂そのものが、黒く染まっているのだから。 
「太田さん。貴方ももう限界のようだ。貴方はこの空間では常に先の物語を考え続けなければなら 
ない。考えられないのなら、ただの人。そこが、小林との大きな違いですね」 
設楽は心底おかしそうに、両手を広げた。 
「この状況では誰も来ないかなぁー……。本当にこのホールだけ分断されてるみたいだし。……自 
分が作った空間に自分が閉じ込められて窮地に陥るのって、屈辱ですよね。ゴシューショーサマ」 
さっきの俺を真似て、設楽が皮肉を言うも、太田さんは反応しない。ホントに立ってるのがやっと 
のようだ。一回3分って自分で言っていたくせに。倍以上使いやがって。 
「田中さんの腹部から、力を感じますね。さっきの漫才の内容は、ホントって事か」 
小林が不愉快そうに顔をゆがめた。設楽は至って普通にこう提案する。 
「じゃあさ、腹、切っちゃえばいいんじゃない?その黒曜石で」 
見たところ、小林のその石の使いっぷりは伊達じゃない。俺の腹を割くことなど、容易だろう。 
「やめろ……!ンなことしてみろボケ、ぶっ殺すぞ」 
太田さんは力なくそう叫ぶ。空間の効果はまだ持続しているが、本人自体の物理的体力も限界らし 
い。いくら自分の思い通りに事が運ぶフィールドを作り出せるとは言え、本人がこうではダメなようだ。 
「あーあ」 
設楽は感情を込めず、そう呟いた。太田さんが、倒れたのだ。 
小林が俺に照準を合わせる。その目は、冷たい。しかしその奥に、焼けるような物が見えた。 
……ところで、俺はここで終わるのか?あっけないようで、そうでもないかもしれない。 
「……仕方が、ないんです」 
さっき設楽が散々口にしたその言葉を、今度は小林が呟く。 
仕方がない、仕様がない。人の命は、それで片付くのか。 
覚悟を決めた、そのときだった。 
「あどでー、ぼくでえ〜」 
という、なんともこっけいな声。俺はこの空間の空気が正常になったのを感じた。そしてその次の瞬間。 
「――?!」 
目の前にいたはずの小林が、いつの間にか吹っ飛んでいなくなっている。 
俺は上半身を無理矢理起こして、入り口を見た。 
見間違えようのない、お笑い芸人にとってこれ以上この上なく有利と言える程の特徴を持った二人。 

……片桐仁と、日村勇紀。 

「日村さん?!なんで、片桐まで……」 
ご都合主義を通り越した彼らの登場に設楽はただただ唖然としている。 
俺も、ただ焦った。どう考えても小林を吹っ飛ばしたのはこの二人。仲間じゃ、ないのか? 
小林は、座り込んだまま片桐を睨みつけた。側に落ちていた大きな粘土の塊。どうやら片桐が放っ 
た物らしい。 
「仁、何故、邪魔をした」 
小林は静かにそう言う。ブチギレて怒鳴り散らしたときより、何倍も怖い。それに怯まず、片桐は 
叫んだ。 
「俺、賢太郎のことすっごい信じてるし、だから、あえて何も言わなかった。でも、でも!人を、 
人を殺すことだけは、人殺しだけは、お願いだから、止めてくれよ!!」 
小林も叫ぶ。 
「仕方がないんだよ!エメラルドは俺たちにとって、脅威なんだ。破壊しなければならないも 
のなんだ!お前はそれを、……分かっててくれたんじゃないのか?」 
小林のその言葉は切なさを痛切に感じさせた。石そのものを壊すこと、つまりそれは、それを持つ 
物の命を破壊する。片桐もそれを知っているのだろう。 
「分かってるけど、でもダメだ!俺やだかんね!誰がなんと言おうと、賢太郎に人殺しなんか 
させないんだかんね!!俺が死んでも殺させないからね!!」 
日村は言った。 
「設楽よぉ、俺、お前が何してるのか、ほんっっっと、わからねえけどさ。でも、こういうのは、 
ヤバイだろぉ?!いや、お前自体やばいのかもしれないけど、でもさ、俺、お前が心配なんだよ。 
バナナマンじゃなくなるのは、ほんと、嫌なんだよ」 
設楽は、ただ黙っている。 
日村と片桐のでたらめな論理。それでも、俺は嫌いになれなかった。 
俺はよろよろと立ち上がり、 
「おい、まだ、何かする気?」 
とだけ、やっとの思いで言った。 
「いえ、見てのとおり、設楽も、小林君も、こんな状態ですし、俺らは「黒いユニット」じゃないで 
すから、安心してください。俺も、片桐も、自分の相方が心配な、だけですから。このままおとなしく、 
かえり、ます」 
と、日村はそう言った後ドタっと大きな音を立てて倒れた。 
「日村?!」 
片桐が駆け寄るのより先に、設楽が無言のまま駆け寄った。日村は言う。 
「あぁ、〜久々に力使ったからよ。ふへへ、みっともねえな」 
日村に向けた設楽の表情は、さっきとは打って変わって、穏やかさが表れていた。 
「本来なら、日村さんが俺を担いでいかなきゃいけないのに」 
「わりぃな、設楽ぁ」 
片桐はそれを見て安心したのか、小林のほうへと歩み寄った。 
「……賢太郎、ごめん、痛かったでしょ」 
「……大丈夫だ」 
片桐が手を差し伸べる。小林は、迷うことなく、その手を取った。そしてそのときに片桐は、小林 
にノートを渡す。「大事な物だろう」、と……。 
「今回は、このような結果になってしまいましたが……、次は上手くやりますよ」 
設楽がそういい残し、彼ら4人は劇場を後にした。 
俺は頭がぼーっとしたまま、舞台上で未だ横になっている太田さんを呼びかける。俺は、生きてい 
るのだろうか。それすら危うい。 
「太田さん、太田さん?」 
「っるせえな、起きてるよ」 
本当に疲れているようだ。声が不機嫌そのもの。 
「太田さん、本当に舞台から降りなかったんだね」 
「そう言っただろうが」 
「……小林と設楽もすごかったけど、片桐と日村もすごかったね。太田さんが作った空間に入って 
来れたんだから」 
俺が心底感嘆したようにそういうと、太田さんは「ふっふっ」と、声を立てて嗤った。 
「え?まさか……太田さん、それも全部、謀って……」 
「コンビの愛の力かも知れねぇぞ。俺らにはない、すばらしい物さ」 
太田さんはそう言って茶化そうとしたが、俺は誤魔化されなかった。太田さんは観念したようだ。 
「あいつらが作るような完全に計算しつくされた物語はすごいんだろうが、俺からしてみれば、で 
たらめに転がっていく物語ってのも、いいもんだよ」 
太田さんは横になったまま、俺に自身の握りこぶしを差し出した。そして、その手をゆっくりと開く。 
俺は、驚愕した。 
太田さんが持っていたのは、「黒い欠片」そのものだ。あまりのことに声を出せない俺に、太田さ 
んは言う。 
「これはさっき、この操られた人間から拝借したんだ。でも、ほんと、いらねえんだ。こんな黒い 
欠片。何せ俺は他人の運命をもてあそんで、飽きたら放り出す、まさしく悪魔としか言いようがない 
心の持ち主だからなぁ。持ってようが持ってなかろうが、なんも、変化がない」 
俺はその欠片にそっと触る。欠片は音もなく砕け散り、消えた。 
「まぁ、何が言いたいのかって、お前の力はそのぐらいすげえってことだ。お前の一番近くにいる 
俺、勿論お前自身も、黒い欠片に汚染されることはない」 
俺は黙って太田さんの手のひらを見つめた。太田さんは語る。 
「あの黒い奴らが狙ってくるのも当然だ。これほど強大な力。そんなものを、お前が持ってること 
自体が、もう、吐き気ものだね。何でお前?みたいな。だがな、俺は、お前を失うわけにもいかな 
い。お前無しじゃ、俺が成り立たない。それはもう、分かってんだよ。嫌な位。だから、どんな手を 
使ってでも、奴らを、玩んで、蹴散らしてみせる」 
そういって、太田さんは再び嗤った。俺はそんな彼に、尋ねる。 
「これから、どうする。俺がエメラルド持ってるのばれてるし。この際、白い方に行く?黒の重 
要情報も、握っちゃってるし……」 
「いいや、それは御免だ。喩え白のユニットに行ったとしてもだ、お前が武器として扱われてしま 
うのが目に見えている。そんな気は毛頭無い」 
「じゃあ……?」 
「俺たちは俺たちなりに進んでいくだけだ。まぁ……」 
太田光は、嗤う。 
「俺からしてみれば何もかもがくだらねぇから、白も黒もぶっ潰して、忌々しい現実を全部ひっくり 
返すって言うのも、大アリなんだけどな。 
行く宛も無くあふれ出すお前の哀れな力と、 
それによって増殖する俺の悪意と生来の黒い魂で、ね……」 

Let sleeping dogs lie。……俺はその諺を知っていて、よかったと思った。 


【Outlet Theater】 is "Quod Erat Demonstrandum".(証明終了) 



601 :佐川優希 ◆bGB0A2qlVI :2005/06/25(土) 12:16:39
※分断した空間をゆがめる際、呪文のような物を唱えているが、実際は不要。
 [爆笑問題 能力]