トラスト・ミー [1]


487 名前:歌唄い ◆sOE8MwuFMg 投稿日:2005/05/13(金) 20:42:21 

「何や…これ」

机の上にいつの間にか置いてあったそれを拾い上げる。しばらく手の平で転がし
たかと思うと、躊躇ゼロでそれをポンと口の中に放り込んだ。がきんと鈍い音が
し、思わず口から勢いよく吐き出す。吐き出されたそれは一度壁に当たり床に落ちた。

「飴や無かったんかい」
痛む顎をさすりながら飴にそっくりなその『石』を掴み、窓から放り投げてやろうと
した。だが手の中でぴかぴかと光る様子を見ている内に不思議とそんな気も失せた。
袖でごしごしと石をこすると、無造作にポケットの中に突っ込んだ。
「いいもん見っけ♪」

これが彼と『石』の出会い。ほんの二日前の話だった。





今日はいつもと違って月明かりが妙に綺麗な夜だった。どこか不気味とも思える
その大きな満月は、淡い光を放ちながら夜の公園を包み込んでいた。
誰も居ないはずのその公園のブランコの上に、彼は座っていた。
キィ…キィ…と脚で軽く地面を蹴りながらまるで揺りかごのようにブランコを揺らす。
落ちないようにチェーンを腕に巻き付け身体を大きく後ろに反らす。真上には白く輝
く大きな月。しばらくの間飽きる様子もなくその月を眺めていた。
何かに気付き、おもむろにポケットの中を探る。片手を話したのでブランコから落ち
そうになったが何とか耐えた。取り出した小さな石・ムーンストーンを高々と掲げて
みる。美しい色のその石は、月の光を反射してより美しく輝いた。
まるで夜空に浮かんでいる綺麗な月を手に入れたかのような感覚に、彼は満足げに口
元を緩ませた。


「陣内さん…ですよね?」

二人の若い男に声を掛けられた。彼――陣内智則はややうざったそうに上体を起こす。
せっかく良い気分やったのに。とでも言いたそうに、あからさまな嫌な顔をして無言
で男達を見た。

「その石をどうしました?」

ぶしつけな質問だ、と陣内は思った。面識もないような人間に娯楽を邪魔され、いきなり
妙な問いかけをされる。陣内は少し怒りを含んだ口調で返事をした。

「落ちてたんを拾っただけや」

二人はゆっくりと歩み寄ってきた。ますます不満が溜まっていく。
そのまま陣内の座っているブランコの前まで来ると、片方の男が手を差し出し、「その石
を渡せ」なんて言ってきた。カツアゲにしてはショボすぎるだろう、こんな小さな石を
欲しがるなんて。陣内はその要望に応じる様子もなく、うつむいたまま再びブランコを
こぎ出した。気味が悪い、早くどっか行ってくれ、などと考えながら。


男達はそんな陣内の態度に腹を立てたのか、無理矢理掴みかかり、ポケットに入っている
石を奪おうとした。ぐらり、とブランコが大きく揺れる。


「いい加減にせえ!!」
と陣内が叫び、普段は決して見せないような鋭い目つきで二人を睨みつけた。
その時、ポケットの中でムーンストーンが淡く光った事には、この時点ではまだ誰も
気づいていなかった。

「つっ……」
何かが男の顔をかすめた。思わず声を上げる。咄嗟に頬を押さえ、自分の横を高速で
通り過ぎていった物体を目で追った。少し後ろの方で小石がコツン、コツンと何度か
跳ね、そのまま池に落ちた。
すると間を置かず、じゃきんっ!と鎖の切れる音が響き、陣内の隣にあったブランコが
大きな音を立てて地面に落ちた。男達は陣内から手を離し、一歩二歩後ずさりした。
切れた鎖は何か強い力で引きちぎられたかのように、つなぎ目が変形していた。
それを確認している間にも公園のいたる所で異変が起こっていた。
ベコンッとへこむ柱。乾いた破裂音とともに粉々に砕け散る外灯。

「何なんだよこれ…どんな力だよ」

男達に焦りと恐怖の色が浮かぶ。陣内はと言うと、未だブランコに座ったまま二人を
睨み続けていた。たださっきと違い、表情はどことなく楽しげだった。

「早よどっか行かんと…殺すぞ」

ムーンストーンが一際強く光った――――……