トラスト・ミー [4]


682 :歌唄い ◆sOE8MwuFMg :2005/07/17(日) 15:08:12 


影男・川島明は悩んでいた。
昨日は見栄はってあんな大口叩いてしまったが、結局人の言うことを何でも真に受ける
陣内を余計に怒らせる結果になってしまったのだ。
(意外な敵が増えてもうたわ…ああもう、アホ過ぎる。俺…)
「川島―生きてるかー」
「ぁぁ〜?」
テーブルに額を付け、だらりと腕を垂らしたままの状態で川島は気のない返事をした。
「寝るなー、寝たら死ぬぞー」
「やかましぃわ茶色」
「茶色て!」
麒麟の二人はとある番組のロケの為にやや古ぼけた建物に来ていた。番組の企画自体は
なかなか楽しいものだったが、川島はその日とにかく眠かった。昨晩の陣内との一件のせ
いでろくに寝られなかったのだ。収録中も何度あくびをかみ殺したことか分からない。
そして、隣の田村も何故か眠たそうだった。彼は彼なりに色々と考えているのだろうか。
「お疲れ様でしたー!」


「「ふぁあ〜〜〜あ…」」
仕事が終わると同時に、二人同時に大きなあくびをした。クスクスとスタッフの笑い声が
聞こえる。(田村め、こんな時だけピッタリ息合いやがって。)
心の奥で小さな悪態を突き、眠い眼をごしごしと擦った。




「………」
「………」
「田村、何か飲み物買って来よか?」
楽屋で荷物をまとめている田村に声を掛けると、
「ん〜いや、今日はもう帰るわ。何か疲れた。ここ最近、色んな事ありすぎて……」
本当に疲れたといったように答えた。
「まあ、仕方のない事や…もうしばらくの辛抱やって」
「戦って、怪我しても、“石”の力で回復して…頼むから、死ぬまでこの繰り返し、とか言
わんといてなー…」
「当たり前や。こんな無意味な争い、俺が終わらしたる」
「“俺たち”やろ」
間髪入れず田村が突っ込んで来る。川島は一瞬その細い眼を見開いて神妙な顔をしたが、
やがて手で目元を覆って、笑った。
「は、はは…そうやなぁ、“二人で麒麟”やもんなぁ…」
何時かのライブで田村の言った台詞を思い出し、田村に気付かれないように再び口元を緩
めた。
「あーもうアカン、帰って寝る!」
荷物をさっさとかき集めると、田村は楽屋からバタバタと出て行ってしまった。
独り取り残された川島は一言、「お疲れさん…」と呟く。




カツン、カツン……
古い建物だが駐車場だけは妙に広く、歩くと靴音を壁が反射する。低い天井から吊してあ
る煤けた電球には蛾がたかっていた。
「何、もう俺の車しか無いやん」
不気味やなーなどと呟きながら鞄からキーを取り出した。

「……?」
車のドアに掛けようとした手がピタリと止まった。
―――何だか、誰かに見られてるような…。突き刺さる視線を感じる。
目玉だけをキョロキョロ動かし、息を潜めた。何処か空気もぴりぴりと痛い。その時、
ぱりん、
と、向かいに並ぶ団地の何処かで窓ガラスの割れる音がした。
「えっ」
思わず上を見上げる。規則正しく並んだ杉並木が、風も吹かないのにざわざわと揺れた。
冷や汗が背中を伝い、田村は生唾を飲み込んだ。


「おう田村!仕事終わったん?」
「わっ!」
いきなり後ろから声を掛けられ、田村は車のキーを落としてしまった。金属の音が駐車場
に響いた。振り向いてはいけない、そんな気さえしたが、呼吸を整え、ゆっくりと後ろを
向く。
「陣…内さん…?」
そこには、事務所の先輩がにこやかな笑顔で立っていた。

「川島はまだ中に居んのやな?」
「はい…まだ居てますてど…何か用なんですか?こんな遅く」
いきなり質問を投げかけてきた陣内に首をかしげつつも、田村は答えた。
「んー、まあちょっと。仕返しをな…」
「し、仕返し!?って、川島にですか?」
「あいついっつもすましてるやん。どーやったら困らせれるかなー思うて」
陣内のちゃらけた口調は冗談なのか本気なのか分からない。田村の頭の中は“?”マーク
でいっぱいになった。
「でな、でな?俺な、考えたんや。仲ええ子が急に他の子と遊びだしたら、困るやろ?」
「まあ、そんなモンですかねえ…」
「じゃあ決まり!お前手伝えや。分かるやろ俺の言わんとしてる事」
陣内の笑顔が一瞬とてつもなく冷たく見えた。
「え?…な、何です…か」
田村の顔が引きつる。何故か一歩も動けなかった。陣内はいらついたように舌打ちを
「だから…」
駐車場の中を風が吹き抜ける。つり下げられた電球はチカチカと点灯し、ゴミ箱が倒れ中
の缶やゴミが散乱した。田村は困惑した表情を隠せない。
バタバタとスーツの裾がはためく。


「俺と遊ぼーや、田村」


電球が消え辺りが闇に包まれる一瞬、田村は陣内の眼が妖しく光ったのを見た。
しかし次の瞬間、後頭部に衝撃が走った。目の前が真っ暗になり、膝から崩れ落ちた。





「ちょーっと可哀相やったかなー。田村、頭大丈夫か?」
陣内が脳天気な声を上げ、気絶した田村の頭をさする。
「でも凄いなー黒い破片て。むっちゃ力が沸いてくるやん」
「ええ、でも調子乗ってるとすぐに呑まれますよ。石に」
田村を背後から殴り倒した男が、冷静な口調で諭した。
「呑まれたりせえへんってぇ!」
「俺はここまでです。後は…御勝手にどうぞ」
「あー分かった分かった…手伝ってくれて有り難うな。じゃ、外で待っとけ。吉田」


手を振る陣内に吉田は複雑な笑みを浮かべると、すたすたと駐車場を去っていった。


「陣内さんこのままだと石に取り憑かれるんじゃない?」
出口で待っていた阿部が独り言のように声を掛ける。
「知らないよ。もしそうなったとしても石が暴走する前に「黒」に引き込めばいい」
「あっそ。…いやー、無垢ってのは、罪だね。俺怖ぇよ何か」
「そうだな。悪意が無い分タチが悪い」

ベンチに腰を掛けた吉田は、腕を組んで、ふーっと息をついた。邪魔な存在である川島を
倒せるかもしれないとはいえ、陣内に黒い破片を渡したのはやはり間違いだっただろか?
だがそんなことを考えてももう遅い。

「どーなったって、全部陣内さんのせいだ。俺たちは…悪くない」
吉田たちは変わっていく陣内をただ見ている事しかできなかった。

 [POISON GIRL BAND 能力]