トラスト・ミー [6]


238 :歌唄い ◆4.Or.2D2Hw :2005/09/30(金) 13:02:44 

次の日の仕事、あるバラエティ番組での楽屋に、陣内の姿は無かった。 
携帯に電話しても電源が切られているのか、応答が無い。彼の姿を見た者も誰一人居なかった。 
MCが居ないのでは、始まるものも始められない。スタッフはもちろん、
集められた大勢の若手芸人たちもその事態に、次第にざわつき始めた。 
とりあえずそこは、「司会が見つかるまで収録は一時中止」となったのだが。 

関西弁と標準語が飛び交う広い楽屋の中で、
一人の男が部屋の中を行ったり来たりであからさまに苛々した雰囲気を醸し出していた。 
「アホか、あいつは。連絡の一つも寄こさんで…!」 
その“近寄るなオーラ”に冷や汗ものの周りの若手たちは
気付かれないようにそっと彼の周りから離れていく。約一名を除いて。 
「うっわ〜、礼二貧乏揺すり速〜」 
礼二の隣でだらしなく椅子に腰掛けていた剛が、眼鏡を拭きながら小さく笑う。 
その指摘に気付いた礼二は、舌打ちをしてそこら辺の若手をぎろり、と睨み付けた。 
名前も知られていないような可哀想な若手芸人は、不運にも礼二のとばっちりをくらって、
何で今怒られたんだ、とおろおろしている。 

「いちいち睨むなや。かわいそうやないか。あーあー、あんなに怯えて…」 
「…あ、悪い」 
「でもホンマ陣内どないしたんやろな〜…」 
口では心配そうに言いつつも、
今度は欠伸をしながら携帯をカチカチとつつき始める剛に礼二はもう溜息すら出ないようだ。 
こいつは昔からこうだった、とでも言いたげな表情を浮かべ、頭を掻く。 
「…もしかして、誘拐とかかも知れへん」 
「そんなゆーかいな事を言うかい?」 
「全っ然愉快やないわ!妙な駄洒落考えんな!」 
端から見れば下手なミニコントをしているようにしか見えない会話に終止符を打ったのは、
ある男の声だった。 

「礼二さん、剛さん。ちょっと話たいことが…」 
「川島か…相変わらず暗いな。悪いけど後にしてくれへん?陣内探さんと…」 
「あ〜っいやいや、その事なんですけどねー…」 
川島を押しのけて、頭に絆創膏を貼った田村が顔を出した。その言葉に反応した礼二は椅子に座って、
話を聞く体制になった。 
足で側に置いてあった椅子を引き寄せ、二人に座るよう顎で指示をする。 

「…何の話や?陣内がおらんのと関係ある話か」 
川島は「多分…」とゆっくり頷くと周りに聞こえないように話し始めた。 
「お願いします…俺たちじゃもうどうにも出来ないんですよ。礼二さん、陣内さんを止めてやってください」 
「どういうことや…」 
どういうこと、とは一応聞いているものの、
礼二も、いつの間にか携帯を閉じていた剛も、何となく感じ取っていた。 
この話の流れからして、多分「石」に関する事だと言うことは、かなり間違いないだろう。 
そんな事を考えていた矢先に―――携帯の着信音が騒がしい楽屋に小さく鳴り響いた。 
発信源は、礼二の携帯だった。昭和時代を彷彿とさせる渋い音楽だ。 
待ち受け画面には「陣内」の文字が。 

「おおっ!?来たぁ!?」 
礼二は慌てて携帯を耳に当てる。 
「陣内、今どこにおんねん」 
周りのスタッフたちに極力聞こえないよう注意を払い、小声で話す。 
『あと、三分で日が沈むなぁ』 
無機質な声が、受話器から聞こえた。 
その時、礼二がふと違和感を覚えちらりと横を見ると、
剛や田村、川島までもが、その会話を聞こうと礼二の耳元に顔を近づけていた。 
(お前ら顔近いねん、むさ苦しいっ!散れ、散れ!) 
携帯を左手に持ち替え、顔を背けて掌でしっしっ、と追い払う動作をする。一瞬だけ陣内の声が遠くなった。 
「もしもし!?なあ、どっから掛けとんねん!」 
『屋上におるよ。待ちよるから遊びに来てくれへん?こいつらと居ってもつまらんわぁ』 
気怠そうにそれだけ言うと、一方的に電話を切られた。 

「どうしたん?」 
間食用に持ってきたサンドイッチを頬張りつつ剛が尋ねる。 

「屋上や、…少なくとも、陣内以外にも複数おるな、そこに。そいつらがきっとあのアホをたぶらかしとんのや」 
「…俺たちも行きます」 
川島が田村の腕を半ば無理矢理掴んで立ち上がり、言った。 
「無論、兄ちゃんも付いてくで」 
お茶でサンドイッチを一気に流し込んで剛も何時になく真剣な表情を見せる。 
そして四人は「煙草を吸いに」という理由で楽屋から出た。 
相変わらず騒がしい楽屋の扉を閉め、一呼吸置くと、一斉に階段を駆け上り始めた。 
どうやらエレベーターを待つ時間がもったいないらしい。 
若くて運動神経のある麒麟の二人はあっという間に礼二たちを引き離し、
軽快な靴音を立ててどんどん上の階へ上っていく。 

「白ユニット、出動―ってやつか?かっこええなぁ」 
「そうかい、子持ちヒーロー」 
脇腹をさすりつつ階段を駆け上りながら剛と礼二が会話する。 
「そろそろテーマ曲考えんとなあ」 
「BGMはゴーストバスターズで頼むわ」 

屋上まであと八階――――。 

 [中川家 能力]