Violet Sapphire [2]


485 名前:"Violet Sapphire"  ◆ekt663D/rE   投稿日:04/09/05 03:21

店員にカラオケボックスの一室に案内され、まずは井戸田をソファに横たえる。
唇は切れ、皮膚にも地上に叩き付けられた際に出来た擦り傷から血が滲んでいて痛々しい。
「あ、俺・・・受付まで飲み物注文しに行って来っから。何かリクエストとか、ある?」
「さすがにビールって気分じゃねーからな、そこら辺は任せるわ。」
さっそく部屋を出ようとしつつ問いかけてくる磯山に、野村はテーブルの上に並んでいる
紙のお手ふきの封を手早く破りながら答えた。

本来、こういった1ドリンク制を採る店の場合は、部屋に備え付けのインターフォンで注文したり、
部屋へ店員が注文を受けに来るのが一般的であるけれど。
今は怪我人を抱えている状況の上、しかもそれがTVでも顔を見かける人気若手芸人とあっては
あまり店員が頻繁に出入りするようなシチュエーションは避けたいところである。
それ故、磯山が注文と品物の受け取りを一手に引き受けようと言う考えなのだろう。
「了ー解。」
磯山は野村の言葉に頷き、ぽてぽてと部屋を出ていった。
その野村はお手ふきで消毒も兼ねながら井戸田の傷から流れる血を拭き取っており、
小沢は随分と手慣れた江戸むらさきのコンビネーションに驚くばかりである。

「御免…何か迷惑かけちゃって。」
「別に、こんぐらい。構わねぇって。」
間もなく血で赤く染まってしまった紙のお手ふきをくずかごに投げ入れ、野村は小沢に応じた。
「しっかし、幾ら喧嘩にしてもこのやられっぷりは尋常じゃねーっすよ。誰と闘ったんです?」
そのまま次のお手ふきを取り出すべくビニールをこじ開けようとしつつ、野村は言葉を続ける。
「とはいえ、酔い潰れてんじゃねー限り、井戸田さんが闇雲に喧嘩売るなんて考えにくいし・・・
 ストレス溜まってるなら、俺らにでも愚痴ってくれればいいのに。」
「・・・・・・・・・。」
何か俺らの事避けてるみてーだから、迂闊にこっちから誘う事もできねーし。
袋から取り出されたお手ふきで、額にこしらえた井戸田の擦り傷を拭く野村の呟きに、
まさかお前らを巻き込みたくないから遠ざけてたんだとは言えず、小沢はただ口をつぐんで床に視線を落とした。

芸人達の間に石を持つ者が現れだしたのは、一体いつ頃からだったのだろうか。
世間一般にパワーストーンブームが起こってからだいぶ経つにも関わらず、それはつい最近の事のように小沢は覚えている。
ただ所有しているだけで、所有者にささやかな幸福をもたらす大粒の鉱石。
それだけなら、何も問題はなかった筈なのだけれど。

「坂コロさんも号泣も何かここんとこ俺らを避けてるみてーでさ。
 何か俺らみんなから嫌われるよーな事やったかって、さっきも磯山と悩んでた所なんですよ。実は。」
結局思い当たる節が山ほど出てきて、凹むばっかりだったですけどね。
自嘲気味に笑う野村の言葉が、隣の部屋で誰かが歌う流行歌をBGMに淡々と響いた。
決して冗談混じりではない事が伺える野村の様子に、小沢も安易に言葉を返して良いようには思えず、口を閉ざす。

「何でも良いから・・・ちょっとで良いから・・・力になれないんですか?俺らは。」
せっかく親しくなれたって思ってたのは、俺らの・・・俺の自惚れだったんですか?
内心を吐き出すかのようにさらに言葉を紡ぐ野村の沈痛げな横顔を照らすかのように、
ふと彼のボトムのポケットから、淡い光が漏れだした。

「・・・・・・っ!」
同時に小沢のポケットの中に押し込まれていたアパタイトが光に共鳴するかのように力を発する。
ピリッと電流が身体を走ったような感覚を覚え、小沢の表情が変わった。
「野村くん、それは・・・。」
明らかに今までとは様子の異なる小沢の表情に、弾かれるように野村はポケットを漁って小箱を取り出した。
淡い光はその内側から漏れているように思え、野村が蓋を開けてみると。
中には下品にならない程度に粒の大きい紫色の宝石があしらわれたペアリングが納められている。

「その石を、どこで手に入れた?」
「いや、これはさっき磯山とラーメン屋出た時に知らねぇばーちゃんとぶつかって
 ・・・そのばーちゃんが落としてった奴。」
慌てて俺達ばーちゃんを追いかけて探したんだけど見失っちまってさ。
じゃー、とりあえず交番まで持ってこうかって途中で井戸田さん達見かけて・・・それで。

小沢の真剣な問いにしどろもどろに説明する野村の言葉が不意に止まった。
片方のリングの宝石が発するひときわ眩い輝きに魅入られたかのように、野村はジッとその石を見つめている。

「野村くんっ!」
厭な予感を覚え、小沢は青緑の輝きを発しているアパタイトを取り出して左手に握り込んだ。

秘めたる力を発現しだした石の中には、深層心理に働きかけて所有者を取り込もうとするモノもあり、
逆に石の力に心奪われて正常な判断を失う者も現れたりで。
何とか小沢達のような芸人達がそれらの芸人を食い止めているからこそ、表面化はしてこないけれど
若手芸人達の間ではこの石をめぐってじわりじわりと混乱が生じつつあるのだった。

小沢の直感が正しければ・・・と言うまでもなく、このリングにあしらわれた石は、力を持つ石。
野村が言うように老婆がリングを二人の前に落としたのではなく、石が老婆に落とさせたのだろう。
己の所有者たる二人と巡り会うために。

「その石から、離れてっ!」
「石よ、俺の願いに応じよ!」

小沢と野村、二人の口から声が放たれたのは殆ど同時だった。
しかし、ただでさえ疲労している小沢のアパタイトが発する青緑の輝きは、小箱の中で放たれる活発な輝きに比べれば脆弱で。
すぐさま紫色の光に押され、呑まれてかき消される。

「・・・・・・なっ!」
部屋中に一気に満ち満ちた光が、今度は収束するように野村の細身の身体を覆っていった。
凝縮された紫色の輝きに、あぁ、江戸むらさきだけに・・・と呟く小沢の目前で、急に光は弾けて消える。

激しい輝きが一瞬にしてかき消え、目が明るさの変化に追いつかずにしばし視界がくらんだ。
しかし、元のカラオケボックスの個室特有の薄暗さに目が慣れるに従い、小沢は慌てて身構えた、けれど。
彼の目前にいる野村からは、特に敵意を見出す事は出来なかった。

「野村・・・くん?」
それよりも。
さっきまでの格好の上に白衣を纏い、首に聴診器を掛けているその姿に視線が向いてしまう。
イメクラのコスプレか、はたまたこれから医者コントでも始ようかといった様子の野村に恐る恐る小沢は声を掛けてみた。
「それは・・・一体?」

「コイツが貸してくれたんです。」
いつの間にか小箱から野村の手の平に移動していた紫の宝石・・・バイオレット・サファイアがあしらわれたリングを
ちらっと目で示し、野村は答える。
「医者の知識と技術・・・井戸田さんの怪我を治療するための・・・何か凄くねーっすか?」
早速白衣のポケットからどういう原理なのか消毒液や包帯、ガーゼと言った物を次々と取り出して
テーブルに並べるその口調からも、野村に石に呑まれ掛かっているような危うさは感じらない。

「・・・・・・・・・。」
「ま、信じられる筈がねーのはわかってるけどさ、とにかくちょっとだけ俺を信じて下さい。」
疲労のために、言霊を具現化できるほど石にそそぎ込める力が戻っていない事も相まって、
呆気にとられたように見つめるしかない小沢に対し、ニッと悪童めいた笑みを浮かべて告げた野村の言葉の通り。


「遅くなったけど・・・おまっとさーん。」
本来なら店員が持ってくる筈のコーラなどのドリンクをお盆に載せ、磯山が部屋に戻ってきた頃には。
井戸田の身体の負傷した箇所には、もれなく本物の医者さながらの処置が施されていて。
その一方でどんな激しい曲を熱唱してたのだと言わんばかりに、ぐったりとソファーに沈み込んでいる野村の姿があったという。



489 名前:"Violet Sapphire"  ◆ekt663D/rE   投稿日:04/09/05 03:39

野村浩二(江戸むらさき)
石・・・・バイオレット・サファイア(甲) ←宝石言葉は『華麗なる変身』
能力・・・・何らかの衣装(&力の追加消費で必要な道具)を呼び出し、身にまとう事でその職業の技能と知識を一時的に習得する。
条件・・・・あくまで制服もしくはイメージ衣装のある職業でないと技能と知識を得る事は出来ない。
また、石の力によって得た技能と知識は、能力を解除した瞬間に忘れてしまう。
衣装も能力を解除した瞬間に消失し、再利用は出来ない。(もう一回衣装を呼び出さなければいけない)
能力の性質上、2倍掛け(例えば医者をやりつつ演歌歌手)はもちろん不可。


どうやら野村さんはコスプレ好きだそうなので、能力もそんな感じのイメージで。
情報収集に適していそうだけれど、4人中3人が後方支援型でどうやって戦闘型能力者と闘うのでしょうかw