Violet Sapphire [3]


608 名前:"Violet Sapphire" ◆ekt663D/rE 投稿日:04/09/16 04:52:00

「まさか、この石が、なぁ・・・。」
分厚い手の平に載せたバイオレット・サファイアのリングを見やり、磯山はぼんやりと呟いた。
「そんな漫画みたいな事、ある訳ないって・・・言えりゃ楽なんだけどね。」
渋々とではあるけれど、自分達と石と現状の説明を長々とする羽目になったためか、
渇いた口を烏龍茶で湿らせ小沢は呟くとアパタイトをカラオケボックスの照明の中で翳す。
そのまま軽く意識を集中させれば青緑の鉱石は淡い光を放ち、部屋の色合いをすぐさま変えてみせた。

「実際にこうして存在するから・・・そして、そのお陰で余り良い気分のしない出来事も起こるから・・・」
だから、石と無関係な芸人達と接する機会を減らしてこうしてやってきたって訳で。
呟きつつ小沢がギュッと手の平で石を握り込めば、輝きも薄れて元通りの薄暗さが戻ってくる。
「それで・・・何か付き合い悪くなっちゃってたって、事ですか?」
「・・・うん。」
「酷いですよ、それ。」
野村からの問いに小沢が頷くと、磯山が不満そうに声を上げた。
「僕達にも言ってくれれば・・・僕達なりに何か出来たかも知れないのに。」
そんなの水くさいじゃないですか。告げる磯山の若さに小沢の表情は曇る。

「そこの潤を見ても、まだそう言えるの?」
チラリと視線を向けた先には、ソファーに横たわっている痛々しげな彼の相方の姿があった。
怪我の手当てこそ野村によって適切に施されているが、石の使いすぎによる精神力の疲弊は
医者には癒やす事など出来はしない。
どれだけ時間が掛かるかわからないけれど、井戸田が回復するのを待つしかないだろう。
「それに・・・たとえ石を得ても・・・石に呑まれては意味がないでしょ。」
君子危うきにってことわざじゃないけど、やっぱり近づくべきじゃない物には近づかない方が良い。
小沢は言葉を続けて磯山達の表情を見やるけれど、彼らはまだ納得がいっている様子ではなかった。

「そりゃそうかも知れねぇけどさ。俺も小沢さんも・・・現に石に呑まれてないじゃないですか。」
「・・・そうかな。」
野村のどこか気楽な言葉を小沢は遮り、小さく苦笑する。
「もしかしたら、僕はとっくに呑まれてるのかも知れないけどね。」
他の石を封じたいという、このアパタイトの願望に・・・・・・口に出さずに小沢は呟き、軽く首を横に振った。

「とにかく、磯にも野村くんにもこうして助けてもらった事には感謝してるけど・・・
 これ以上この件で僕らとは関わらないで欲しい。いや、もう関わらせない!」

そう強い口調で言いきる小沢の手の中で、アパタイトが再び輝きを発する。
本気の眼差しで自分達を睨み付ける小沢の様子に、野村は小さく舌打ちをした。
「俺達の石を封印する・・・つもりっスか?」
「・・・悪いけど。」
何かがあってからじゃ、遅いんだ。
そう小沢の口から返答が漏れた瞬間、野村の指に収まっていたリングの石も負けじと輝きを放つ。

「・・・・・・・・・。」
封じに掛かる青緑の光とそれに抵抗しようとする青みがかった紫の光。
個室中に広がる透き通った眩さの拮抗は、どこか互いの主張にも似ているように磯山には思えた。
しかし、この石をめぐる危険な争いから、相手を遠ざけるべきなのか、それとも共に闘うべきなのか。
そのどちらの主張も元を辿れば同一の・・・相手の為を想っての物であるのだけれど。

「どーせなら、あんまり俺らの事ガキ扱いして欲しく・・・ないんですけどね。」
肩を竦めて呟く磯山の手の平で、彼のリングにあしらわれた石も輝きを発しだした。
せめて井戸田のシトリンの援護があれば・・・そう小沢が思う間もなく、
2つのバイオレット・サファイアが放つ光は溶け合い、すぐさまアパタイトの青緑の輝きを覆い尽くす。

『小沢さんは、すぐそーやって全部自分だけで抱え込もうとする!』

シトリンを手にしたばかりの井戸田に今にも泣きそうな顔で怒鳴られたのも、
確かこんなシチェーションの時だっただろうか。
ふと脳裏を過ぎった声に、仕方無しにアパタイトに意識を集中させるのを止め、小沢は深く溜息を付いた。
「・・・馬鹿だよ、お前ら。」

石を持ちながらもそれに意識を呑まれていない芸人の中では、積極的に他の石を封じに掛かっている
小沢達は異端の部類に入るようだった。
大抵は自分とその周辺でささやかに遊ぶ程度に石の力を使う者ばかりであるし、
戦うにしても、石に意識を呑まれた芸人、もしくは石を悪用する芸人によって
自分達に被害が及んだ時点でようやく反撃に転ずるぐらいであろう。
別にそれが間違いだとは決して小沢も思ってはいない。
石の使い手と石の使い手の戦いは、普通の喧嘩とは違う。戦うまで何が起こるか本当に解らないのだ。
万が一の事を思えば、戦いは最小限に留めておこうとするのも当然の考えだろうし。
そもそも小沢は他の芸人が戦い、傷付くという自体に陥って欲しくはなかったのだ。

それ故に小沢は一人・・・いや、井戸田が協力してくれるようになってからは二人で戦い続けてきた。
その姿勢はこれからも変わらない・・・そう彼も思っていたのだろうけれど。

「だって、ここまで来て二人の事放っておけねーし?」
「そんでそっちに何かあったら、俺らマネージャーとかに半殺しに遭うもんな。」
何も知らない故の無邪気さか。それともそれ相応の何かがあるのか。
石から光を発するのを止め、幾分冗談も混じりながらだったがそれぞれ告げてくる
磯山と野村の笑顔の頼もしさに、小沢はソファーに沈み込みながらつられてぎこちなく笑った。

「本当に・・・お前ら・・・」
馬鹿だよな、と続けようとした小沢の言葉に被さるように、不意に小沢の携帯が
ガガガッと激しい音を発してテーブルの上で跳ね始める。
そういやマナーモードにしていたんだっけと小沢が素早く腕を伸ばして携帯を拾い上げ、
液晶を覗き込んでみれば発信元の携帯番号は見知らぬモノ。

とはいえ変な番号の電話に敢えて出る事もない。そのまま小沢がパチリと携帯を閉じようとした、その時。
『よぉ、逃げ足だけは早い小沢ちゃん?』
留守電に切り替わった携帯のスピーカーから男の声が響き、小沢の心臓が音を立て、背には冷や汗が滲む。

「どこで、この番号を・・・」
『・・・別に。まぁ、案外簡単だったよ、お前の番号聞き出すの。』
「・・・・・・で、何の用です?」
それは小沢には聞き覚えのある・・・先ほど下北沢の町外れで仕留め損ねたあの男の声。
さすがにそうわかれば無視できず、通話ボタンを押して小沢は相手へ呼び掛ける。
小沢の強張った口調と表情に、ただごとではないと野村と磯山もその表情から笑みを消した。

『何の用もこうも・・・俺は今すぐさっきの続きを殺りてぇだけさ。』
「できればそんな誘いは遠慮したい所ですが。」
『てめぇらにそんな事言える権利はねぇと思うけどな?』
「・・・まぁ、確かにそうかも知れませんね。」

井戸田は昏倒したまま、そして小沢自身も石をさっき手にしたばかりの江戸むら二人に
押さえ込まれてしまうぐらいに精神力が疲弊してしまっている現状で、
あのインカローズの男と戦えるはずはないのだけれど。
かといって、ここで逃げたら向こうが家やいろんな場所へ押しかけてくる可能性もあるし、
その過程で関係ない人を巻き込む確率も高まるだろう。それだけはやはり避けなければならない。
・・・逃げられなければ、戦うしかない。たとえそれが望みと違っていても。
小沢はふぅと息を吐き、男に問いかけた。
「で、あなたはどこで闘りたいんです?」