Violet Sapphire [4]


633 名前:"Violet Sapphire"  ◆ekt663D/rE   投稿日:04/09/21 22:17:13

淡い街灯の光の下で小沢は一人、その場にたたずんでいた。
夜の闇の中に浮かび上がるように、東京タワーの淡い光が辺りを照らしている。
その東京タワーの足元、芝公園の一角…それが、男が小沢に指定した決戦の場所だった。

下北沢、そして小沢達が居た渋谷からすれば、芝公園は山手線を半周しないと辿り着けない場所である。
確かに新宿など人気の多い街中よりは人目に付きにくいし、近くにスタジオがある関係で
別にそこに彼らが居たとしても決して違和感もない。
しかし、そんな移動時間が掛かる場所を選ぶという事は、やはり男もそれなりに疲弊しているのだろうか。

「何にせよ、負ける訳には行かないんだ…。」
小さく呟き、小沢はアパタイトを手に握り込んだ。
淡い光が周囲へと広がっていき、不完全ながらも無関係の人間に被害を及ぼさないための結界を形作る。

そして、その力は男に対して自分の居場所を伝えるための手段も兼ねていた。
数分と経たずに濁った気配を肌に感じ、小沢は表情を引きしめる。
「来たね。」
「片方がいないみたいだが…良く逃げなかったな。そこだけは褒めてやるよ。」
インカローズの禍禍しい赤い輝きを身に纏う、男の口から嘲るような言葉が漏れた。

「…いつまで、その傲慢な口がきけるかな。」
眉をピクリと歪め、小沢は不快感を露わにして男に告げる。
先ほど自分達を追い詰めたという自負、そして石の過度の使用による石の本能との意識の混濁。
それらが男を一層強気にしているようで、小沢にしては面白くない。
「こっちだって二度も同じ相手に屈するつもりはないよ。それに…」

  「そんな事より、踊らない?」

とはいえ、井戸田が居ないという事は、その分相手の攻撃を防ぐ術がないという事でもある。
それならば先に攻めるのみ。すかさず小沢は言霊を口にすると指をパチリと鳴らしてみせた。

「ン・・・んんっ・・・・・・」

渋谷駅の近くにあるカラオケボックスの個室にて、井戸田が目を覚ましたのは
どこか悲壮ですらある決意を胸に小沢と磯山がそこを出て行って数分と経たないうちの事だった。

「あ・・・潤、さん?」
ずっと閉ざされていた井戸田の瞼が痙攣するように震え、ゆっくりと見開かれる様に気付いて
野村はそっと呼び掛けてみる。
己の石・・・バイオレット・サファイアの扱い方を理解したとはいえ、明らかに戦闘向きではない野村は
井戸田を守るため、そして最悪の事態に備えるために、ここ渋谷に残されていた。

・・・もしも、僕らにあの男が押さえきれなかったなら。
  その時は潤と一緒に他の芸人に連絡をし、出来るならば協力して封じて欲しい。

まさかそんな事態が起こるとは野村も信じたくはなかったけれど。
小沢は本調子ではないし、彼に志願して同行していった相棒、磯山も
ついさっき石に触れ、同調してその使い方を理解したばかり。不安要素が多いのは、確かである。

「野村・・・?何で・・・お前が、ここに?」
痛む身体と相談しつつ、ゆっくりと身を起こす井戸田の目が野村の姿を捉えたらしい。
徐々に意識もはっきりしてきたようで、はっと何かに気付くなり井戸田はけたたましく野村に問いかける。
「・・・小沢は?おい、あいつは何処だ?」
「ち・・・ちょっ、落ち着いて下さい!今・・・説明しますから!」
横たえられていたソファーから立ち上がり、くってかかってくる井戸田に
そんなに急に動いたら身体が・・・野村はそう言い掛けるけれど、構わず更に彼は吼えた。
「知ってるんだな。じゃあ・・・行くぞ、案内しろ!説明はその途中で良い!」

井戸田の記憶はインカローズが放ったエネルギー弾を受け止め、地面に叩き付けられた瞬間で途切れている。
何故自分が今ここにいるのか、何故野村もいるのか、何故自分の身体に包帯が巻かれていたりしているのか。
その辺りも確かに気になる所ではあろうが、やはり井戸田にとってはもっと気になる事柄・・・いや、
気にしなければならない事柄が存在しているのだ。

「・・・・・・・・・・・・。」
井戸田の胸元で揺れるシトリンには、煌々と力強い輝きが満ちている。
野村は一度深く溜息を付き、それからニヤリと笑みを浮かべて見せた。

所詮俺達は若手芸人なのであって。
余力を残し、後々に備えるなんて中堅めいた高等手段を採るにはまだまだ早い。
いつだって全力でぶつかって、その後はその時に考えれば良いんじゃないか。

「・・・じゃ、付いてきて下さい。案内します。」
ただ、俺も相棒の事が気になるし、ジョー・ブラドリーみたいに優しい運転は出来ないんで
そこは覚悟しておいて下さい。
力強い言葉に付け加えるように野村が口にした呟きの意味を、井戸田は一瞬把握できなかったけれど。
まもなく野村の後ろで身をもって理解する事となる。




渋谷でそんなやり取りがあったとは知る由もなく、一方の芝公園では。
小沢の言霊に応じるようにアパタイトが放つ青緑の輝きが周囲に満ち、一瞬だけであるが男の視界を覆う。

光が収まり、男の目も周囲の明るさに慣れて。
一体何が起こったのか状況を判断しようと素早く周囲を見回してみる、男の表情が固まった。
「・・・・・・っ!」

男の周囲には、十数人ほどの小沢の姿があった。
同じ格好をした同じ顔。それがぐるりと男を取り囲んでいるのだ。

「本当はこういう事はしたくないんだけど。今更四の五の言ってられないですからね。」
同時に口を開き、同じ言葉を発すると幾人かの小沢達が一斉に男へと飛びかかった。
まさかよりによって肉弾戦で来るとは予想できなかったらしく、男は一瞬反応が遅れるけれど。
インカローズが濁った赤い輝きを発し、正面から体当たりをしようとする小沢を一筋の光が貫いた。

その瞬間、パシュッという乾いた音が上がって小沢の姿はかき消える。
「これは・・・虚像・・・?」
結局そういう事か、笑わせやがって。呟く男の背後に、鈍い衝撃が与えられた。
小沢の一人がドロップキックを放ったようで、男はぐらりと体勢を崩す。
「隙だらけ、ですよ。」
着地し、姿勢を整えながら小沢はクスッと笑ってみせると、向き直ろうとする男へ
すかさず回し蹴りを放った。
狙いは男がインカローズを握る右手。
衝撃で男が石を取り落としてくれれば幸いなのだけれども、さすがに非力な小沢の蹴りでは
そこまでの威力は期待できない。

「・・・お前かっ!」
逆に足蹴にされたインカローズが憤怒の輝きを放った。
狙いを定めて男はエネルギー弾を放出するが、小沢は素早く男から飛び退くと
大勢の他の小沢の中へ紛れ込む。
追尾しようにも相手が多く、迷走したエネルギー弾は一人の小沢の腹部を貫いて小沢共々消滅した。

「・・・・・・・・・・・・。」
思わず舌打ちをする男を中心にして、取り囲む小沢達はゆっくりと回る。
「・・・その調子。もっと踊って下さいよ?」
挑発の言葉が小沢達の口から同時に発せられ、その光景の気味悪さに男はインカローズの力を開放した。
インカローズから複数の光の帯・・・蛇の姿をしたエネルギー弾が放たれ、小沢達を貫く。
しかし、手応えは余りにも薄い。
かき消されるように小沢達は姿を消し、男は石の力の代償に精神力を削がれていくだけである。

しかし、精神力を削がれているのは男のみではなかった。
虚像の中に身を隠しつつ、それらを自在に操りながら、小沢はひたすら焦りに似た感情を覚える。
井戸田不在という状況の中で、自分が何とかしなければ・・・小沢のその思いが
石の力を増幅させ、さらに制御する助けとなっているけれど。
こんな無茶な力の使い方は、そうそう長い間維持できる物ではない。
こうなったら後は意地の勝負。
「頼むよ・・・。」
声に出さずに呟いた、小沢の思いは虚像達に伝わる。幾人もの小沢がまた男へと攻撃を仕掛けだした。

ハイキックを見舞おうとする小沢、渾身の力で殴ろうとする小沢、指相撲で勝負を付けようとする小沢。
「・・・単調なんだよ、攻撃がっ!」
男の咆吼と共に濁った赤い光が閃き、それらの小沢は瞬く間に姿を消す。

しかし。
「単調なのは、どっちだよっ!」
一人の小沢が消えゆく小沢達の死角から男に飛びつき、右腕を掴みながらその長い脚を男の頸に絡めた。
男の首とその右腕を両足で挟み、何とか頸動脈を締め上げようとするその様は。
いわゆるプロレスの技でいう所のシャイニング・トライアングル。

「ん・・・ぐっ・・・!」
「クソっ、墜ちろよぉぉっ!」
声質は明らかに小沢なのだが、どうにも小沢らしからぬ気迫のこもった声を発しながら
男に組み付いた小沢は体重も利用して男をオトしに掛かる。

肉体強化系の石を相手にしているのならともかく、石を持っていても人間は人間。
頸動脈を締め上げられて、失神しない者はいない。
あと何秒このままこらえればいい?五秒?十秒?それとも?
どこか男からぶら下がっているようにも見えなくない格好で、小沢は男の頸を締め続けるけれど。

  「君を手に入れる事によって一生分の運を使ってしまったんだから!」

別の箇所から小沢の声と指を鳴らす音が鳴り響いたかと思うと、男の頸を締めている方の小沢の姿が
青緑色の輝きに包まれ、瞬時にしてかき消えた。

「・・・・・・・・・っ!」
それとほぼ同時に、頸を締めていた小沢が今まで掴んでいた男の右腕に
インカローズの輝きから生まれた赤い蛇の姿をした光の帯がまとわりつく。
石が小沢の視界の外にあったため、男の切れ切れの意識で発動された輝きに気付かなかったようで。
もしも、あと数秒小沢が消えるのが遅かったら、腕にしがみ付いていた小沢に
インカローズのエネルギー弾が容赦なく襲いかかっていた事だろう。

「そう言う仕掛けだったのか・・・なかなか・・・舐めた真似してくれんじゃねぇか。」
今まで用いていた言霊と別の言霊を用いたためか、小沢の虚像達はいつの間にか姿を消していた。
その場に存在しているのは、男と、小沢と、小沢が言霊で呼び寄せたもう一人の小沢。

ゼェゼェと呼吸を整えながら、呻く男の腕を這っていた紅の蛇が
自分の本来襲うべき対象を見つけたようで。追尾機能を働かせて男の腕から飛び立った。
目指すは、急に呼び寄せられて地面に座り込んだまま、何が起こったのか理解し切れていない小沢。

「・・・おいっ!」
傍らの小沢へ、小沢は鋭く呼び掛ける。
呼び掛けられた方の小沢がはっと我に返っても、もうエネルギー弾は目前に迫っていて。
ドン、という鈍い音が響くと共に、小沢の周辺にエネルギー弾がはじける衝撃と土煙が広がった。

「・・・まずは一人。」
喉を絞められていた際に滲んだ汗もそのままに、男はニタリとカウントする。
そしてこの土煙が晴れる前にもう一人も沈めてしまえば、もう遊びはお終い。
インカローズに意識を集中させ、男は生まれた黒ずんだ赤い輝きの中からエネルギーを練る。
もちろん、土煙が晴れる前でもその中から姿が見えたなら、その時点で撃ち抜くつもりではあるが。

それも、小沢としては察しているのだろう。

  「君はもともと大空にいたんだろ・・・飛ぶ事を忘れた僕の天使!」

土煙のさなかで祈るように発せられる声と、指を鳴らす音が上がって。
小沢なりの攻撃の言霊なのかと男が一瞬身構えた、その時。

「・・・おうよっ!」
小沢の声とも、井戸田の声とも異なる威勢の良い声が響いたかと思うと、
淡い紫の輝きを纏った大きな影が土煙の中から飛び出て、男の頭上を通り抜けて背後へと着地した。

「何・・・っ?」
まさしく天使が羽ばたいたかのようなゆったりとした高度の高い跳躍に、
まさか頭上を悠々と通られるとは思わず、エネルギー弾を放ち損ねた男が素早く後ろを振り向くと。
小沢の身体を抱えた小柄で肉付きのいい男の姿が目に留まる。

「やっぱり結局こっちの身体の方がしっくりくるって訳か。残念だけど。」
さよーなら、視界が10cm高い世界。そんな事を冗談混じりに呟いてみせた小柄な男は、磯山。

もう一人の小沢の代わりに彼が現れたのは、決して小沢の言霊による物ではない。
これが、磯山が持つバイオレット・サファイアの片割れが持つ力だった。
相棒の野村の力が知識や技術面の変身なら、磯山の変身は肉体的な物。
己の筋肉や神経を強化する事もできれば、条件はあるけれどもこうして他人の姿を真似る事もできるのだ。

「貴様ら・・・。」
歯ぎしりせんばかりの形相で、男は苦々しげに呻く。
彼の持つ石による紫色の輝きを身に纏う磯山の身体に、ダメージを負ったような痕跡はなかった。
男の発したエネルギー弾は、すんでの所で変身を解いた磯山を攻撃目標と認識できず、
そのまま小沢の体格と磯山の体格の差によって生じた空間を通過して地面に直撃して
土煙を発させたのだった。

「・・・ゴメンね、俺、喧嘩向きの身体じゃなくて。」
「良いですよ。それより俺こそ、あいつの石を奪えなくて済みませんでした。」
本来の姿を取り戻した磯山と、小沢は互いに言葉を交わす。
今までの作戦は、自身の石の力を把握した磯山の発案による物だった。
『小沢が己の虚像を大量に呼び出して相手の目をくらましている間に、
 小沢の姿に変身した磯山が虚像に紛れて相手を叩き、石を奪う。』
けれど、もはやその作戦が叶わないのなら。

小沢を護るかのように、磯山は男に向かって一歩前へと踏み出した。

そのまま、後ろは振り向かずに、磯山は告げる。
「じゃ、小沢さん、例の言霊お願いします。」
「・・・ん。わかった。」
請われた小沢もアパタイトに意識を集中させる。

  「君のキッスくらい・・・とびきり熱いやつ頼むぜっ!」

言霊を告げて、小沢が指を鳴らした瞬間。
磯山の内側で血が熱く沸騰し、心に気合いの炎が燃え上がった。

「でも・・・無茶はするんじゃないよ。」
「いま無茶しなくていつ無茶するんですか。」
石を使用した事による疲労とも相まって、心配そうに告げられる小沢の呟きに
苦笑混じりに磯山は答え、大地を蹴れば。
紫色の輝きと小沢が付与した青緑の輝きを身にまとった彼の身体は
弾むような勢いで男へと突き進んでいく。

「さぁ、どっちが先に潰れるか・・・勝負といこうじゃねーかっ!」
ふてぶてしげに言い放つ磯山の背中を、小沢はまるで眩い物を見るかのような眼差しで見送ると
手に握り込んだアパタイトに呼び掛けた。
「・・・そろそろあなたも辛いと思いますけど、もう少しだけ・・・僕の我が侭を聞いてくれませんか?」
か細い小沢の言葉に、もちろんとでも言いたげにアパタイトは青緑の輝きを放って応じる。
手の中から伝わる力強い脈動に、小沢は真剣な面持ちながらも僅かに表情を綻ばせた。


 

642 名前:"Violet Sapphire"  ◆ekt663D/rE  メェル:sage 投稿日:04/09/21 22:40:25
 今回はここまで。小沢さんの甘い言葉を乱発の回でした。 
  
 磯山良司(江戸むらさき)  
 石・・・・バイオレット・サファイア(乙) 
 能力・・・・己の肉体を変容させる事ができる。自分の筋力や神経を強化したり、 
      条件さえ満たせば他人に変身してなりすます事もできる。 
 条件・・・・他人に変身する場合は、良く見知った相手か写真などの資料が用意できる相手に限る。 
      また、変身時に野村に「まさに○○」「まるで○○みたいだ」とキーワードを発して貰い 
      そのキーワードに「貴様、よくも見破ったな」などと返す必要がある。 
      ただ、キーワードは別に直接でなく電話越しでも構わない。 
      (ショートコント・「小悪魔」を参照) 
  
  
 野村さんが技術・知識面の変身でしたので、磯山さんはショートコントのイメージで肉体面の変身を。