Violet Sapphire [7]


823 名前:"Violet Sapphire" ◆ekt663D/rE 投稿日:04/10/15 00:09:12

「井戸田さん!それと・・・野村っ!?」
石を持たない人間を戦いから遠ざける為の小沢の結界。
それをぶち破って乱入してきた二人に磯山は声を張り上げ、駆け寄った。

その格好・・・シャツは破れ、腕や膝などに所々擦り傷も見られる磯山の姿に井戸田は一瞬言葉を失うけれど。
小さく微笑んで労いの意図を込めてぽふぽふと彼の砂まみれの頭を軽く叩いてやる。
「悪かったな。大変だったろ。」
「まだ・・・終わってませんよ。」
ムスッとして磯山が言い返すように、今は井戸田の張った山吹色の輝きを放つ防御壁によって
ケツァルコアトルの攻撃を防いではいるけれど。
まだ、本体を倒してはいないし、石だってまだ野放しのまま。
闘争心を失わない凛とした磯山の目に、野村は苦笑を浮かべ、井戸田は小さく肩を竦めた。

「・・・そうだよな。じゃ、とっとと蛇退治と行きますか!」
互いの相方が揃えば百人力。怖れる物などどこにもない。
四人が軽く視線を合わせ、タイミングを揃えると。井戸田がまず叫んで防御壁に意識を集中させた。
壁のように展開していた障壁が、ケツァルコアトルのノドを貫く楔形に姿を変えていく。

「真っ二つに、なりやがれぇっ!」
相手の存在を否定する山吹色の光の楔を井戸田がケツァルコアトルに打ち込むと。
毒々しい黒みを帯びた緋色の蛇の胴体が、光に焼かれ溶けていくかのようにドロドロと崩れていく。
さすがに一刀両断とまでは行かなかったが、胴体の大半をぶった斬られて、
ケツァルコアトルの全身から悲鳴に似たエネルギーの流れが周囲へ迸った。

「凄ぇ!さすが潤さん!」
思わず歓声を上げる野村に、軽くウィンクなどして見せたりして。
気を失っている間に精神面での休養が取れたのか。
それとも、この状況で脳内アドレナリンが出まくっているのか。
さっきの戦いの際に精神力切れを起こし負傷した人間とは思えない、井戸田の頼もしい石さばきを
彼の背中越しに見やりながら、小沢は思わず目元を擦る。

・・・・・・こういうのを目にしちゃうと、やっぱり一人で戦うとか言えなくなっちゃうんだよな。

自分の代わりに他人が傷付くのは怖いし、辛いけれど。
誰かが居るお陰で、いつも以上の力が発揮できる事は、多々ある話で。
自分も負けていられない。その想いが小沢のアパタイトを輝かせる。

「・・・・・・・・・っ!」
インカローズとシトリンが互いに発したエネルギーが衝突し、周囲の砂を激しく巻き上げた。
仮に結界で封じていない、普通の街中で戦った場合ならばとっくに辺りの建物のガラスは
全部ぶち破られている事だろう。
アパタイトを握る手で砂が顔に直撃しないよう防ぎながら、小沢は言霊を口にした。

  「もうこんな遊び、終わりにしない?」

無我夢中で指を鳴らし、パチリと小さく音が上がって。
小沢はそこで初めて指先の痺れが取れ、元のように意のままに動くようになっていた事に気付いた。
「あ・・・・・・。」
思わず指先に目をやり、それから言霊が無事に発動したのかを見定めるように
小沢は粉塵の中心へ目を凝らす。

シトリンによる一撃でその姿を維持するのも難しいぐらいのダメージを負ったケツァルコアトルに
アパタイトの青緑の鎖が絡みついていた。

・・・封印の言霊は、発動している。


「お願い、アパタイト・・・もう少しだけ、力をっ!」
「頼むぜ、シトリン・・・小沢さんを助けてやってくれ。」
二人の祈るような想いに応じてか、じわりじわりと鎖はケツァルコアトルを押さえ込もうとしていたが、
やはり所有者の意識を呑み込み、これだけにも肥大した暴走するエネルギーを
元の通りに封印するのは容易ではないらしい。
ケツァルコアトルも、鎖を引きちぎろうとその胴体を揺すって藻掻き、はいずり回る。

「・・・・・・なっ!」
これが野生の闘争本能なのだろうか。それとも最後の足掻きなのか。
砂煙の中からヌッと鎖に繋がれたケツァルコアトルのおぞましいほどの姿が覗いたかと思うと、
四人の方へ倒れ込むように襲いかかってきた。


インカローズの封印に掛かりきりになっている小沢と井戸田の石は使えない。
ならば、と野村の持つバイオレット・サファイアが磯山の持つそれと共鳴するかのように輝きを放つ。
「やっぱヘビガミサマに対抗できるのは・・・『あの御方』しかないっしょ。行くぞ、磯山!」
「ちょっ・・・・・・えぇぇっ!」

その口振りに厭な予感を覚える磯山を一旦放っておきつつ、野村は滑らかな口調で言葉を連ねだした。
「その力は偉大にして、その姿は見目麗しく、雄々しく、恐ろしく、気高く・・・
 ・・・まさに、芸能界のゴッドねぇちゃん、元祖クィーン・オブ・リズム&ブルースっ!」
どこか呪文のように響くそれは、磯山の石が持つもう一つの力、変身の能力を起動するキーワード。

「やっぱりかっ!・・・よ、よくも見破ったなぁっ!」
厭な予感がまるっきり的中し、思わず磯山は悲鳴じみた叫び声を上げる。
それを無視するという手も彼にある事はあるが、ここで揉めている余裕などない。
渋々というよりもどこかやけっぱちになりながらも磯山はバイオレット・サファイアに想いを込め、
全身の筋力を最大限にまで強化し、跳ぶ。

意思の能力が開放され、磯山の全身を包み込む紫色の輝きが、彼の肉体を変容させていく。
小柄な磯山の体躯が見る見るうちに長身のそれへと変わり、体格に見合った眩い紫色のドレスすら
その身に纏って。

「・・・・・・・・・・・・えーと。」
磯山の変身後の姿に思わず揃って地上で絶句する小沢と井戸田はさておいて。
地面に全身を叩き付けるケツァルコアトルよりも上に躍り出た磯山・・・というか『あの御方』は身を翻すと
落下エネルギーと、バイオレット・サファイアが生み出すエネルギーとをきらめく右の拳に込めた。
「神の・・・鉄槌っ!」
叩き付ける渾身の打撃に。
まさしく神の雷のような紫の輝きがケツァルコアトルのどす黒い身体を駆けめぐっていく。

『・・・・・・・・・・・・・・・!!』
翼を懸命に広げ、苦痛に悶えるように何とか天を仰ごうとしたケツァルコアトルだったが、
それがインカローズの限界だったらしい。
しばし全身を硬直させたかと思うと、風船から空気が抜けていくように、ゆっくりと縮んでいく。
相手の抵抗がなくなった事で、アパタイトの鎖もしっかりとケツァルコアトルを戒めていって。

数分も経たない内に、辺りには四人と男の姿だけが残されるまでとなった。







「・・・・・・・・・・・・。」
コロリと地面に転がるインカローズと、その傍らに倒れている男。
どちらも今までの騒ぎが嘘のように静かで、ピクリともしない。
結界の外からは、何も知らずに道路を走る車のエンジン音が微かに聞こえている。

「磯、野村くん。今のが・・・これが、石に呑まれた芸人の姿。」
変身を解いた磯山とその傍らの野村に対し、小沢は穏やかな口調で告げた。
「今ならまだ、二人の石も封印して・・・明日からは何事もなかったかのように過ごす事もできるけど。」
・・・どうする?

そっと投げかけられた問いに、江戸むらさきの二人は一度顔を見合わせて、答える。
「封印する必要はねーよ。」
即答ついでに意図せずハモる二人の言葉に、小沢は肩を竦めて苦笑した。

「そういや、潤さんも封印して欲しくないってダダこねてましたよね。」
「・・・当然だろ?」
呼び掛けられて、井戸田もフッと笑う。
「それよりさ、さっさと石を回収して帰ろーぜ。緊張が解けたせいで・・・ちょっと傷が痛い。」
そんなに痛いなら、自分の石の力で怪我を否定すればいいのだけれど、
治療してくれた野村の目の前だからか、それともやはり精神力が残り少ないのか。
井戸田はその笑みに苦笑いの色を含ませて、一同に提案する。
「みんなで日村さんトコ押しかけてさ、ちゃんこ鍋作って貰お!決めた!」

「そうだな・・・・・・でも。」
井戸田の提案に一応は同意しつつも、小沢はにわかに表情を曇らせて、呟いた。


「その前に・・・まだ、居るんでしょう?だったら、出てきてくれませんか?」
小沢の声色は低く、鋭い。
「人の腕を金縛ったお礼を、まだしていませんからね。」


小沢の突然の言葉に、三人は何が起こったのかとそれぞれ口を閉ざす。
不意に沈黙が拡がる中、公園の道路に面した箇所でふわりと空気が揺らいだ。


「・・・参りましたね、気付いていたんですか。僕らの事。」

聞き覚えのある声に、一同が声の上がった箇所を向けば。そこには黒髪の長身の男がたたずんでいる。

「な・・・お前・・・何で・・・何でお前がここに居るンだよ。」
磯山の口から狼狽した声がこぼれた。
「赤岡!」


「・・・赤岡だけじゃないよ。僕だって。」

今度は長身の男・・・赤岡の居る箇所とは四人を挟んで逆の方・・・インカローズと男の方から声が上がった。
振り向くまでもない。カツゼツの悪いこの声が誰の物か、彼らに間違えようのあるはずがないのだから。
「島秀・・・・・・。」
小さく呟いて、野村は信じられないと言わんばかりに眉をしかめた。

確かに、彼らの江戸むらさきとの付き合いもスピードワゴンの付き合いが悪くなったのと同じように
一時期に比べればすっかり悪くなってしまっていたが。


そう。四人を挟んで立つのは号泣の赤岡と島田。
彼らからすればしょっちゅう顔を合わせている間柄の筈なのに、今の彼らからはいつもは感じられない
強い意志と自信に満ちた気配をひしひしと感じる事ができた。
それは、彼らもまた自信の根拠となるモノ・・・石を持っている事にほかならず。
小沢は軽く眉を寄せ、目前の赤岡を睨み付けながら、問うた。

「赤岡くん。何のつもりでこんな真似を・・・まさか、君達は『黒のユニット』の芸人なのか。」
警戒しつつ発せられる小沢の言葉に、赤岡はフンと鼻で笑って応える。
「別に・・・僕らは『白』でも『黒』でもどちらでもないですよ。」
「そう、僕らはただ・・・強い石とその使い手を捜しているだけ。」
そもそも、『白』と『黒』なんて興味すらありません。
面白くなさそうにそう言い放つ赤岡の言葉を継ぐように、島田も小沢に告げた。

「ただ、僕らの邪魔をするようであれば、『白』であろうと『黒』だろうと容赦はしませんが。」

穏やかに告げる赤岡の目に宿る不穏な輝きは、
その言葉が本気で発せられている事を暗に示しているように思えて。
小沢は無意識の内にアパタイトを握り込む手に力を込めていた。