Violet Sapphire [8]


854 名前:"Violet Sapphire"  ◆ekt663D/rE  投稿日:04/10/21 17:23:00


僅かに身を屈め、島田はインカローズを拾い上げる。
「・・・可哀想に。」
細い・・・と言うよりも骨張った彼の指で挟まれるそれは、本来の明るい朱色からは程遠い
黒色の石と化してしまっていた。
「この石は確かに強い力を秘めているけれど・・・
 やっぱり秘めた情熱を解放する石だけあって、持ち主の秘めた負の色に染まりやすいみたいだね。」
本当に可哀想に。小さく、心から哀れむように島田は重ねて石に呟きを漏らすと、
左手をボトムのポケットに突っ込んでそこから淡い乳白色の光を放つ球状の石を取り出した。

「島田、お前・・・何する気だよ?」
まさか、ようやく封印したばかりの石を開放する気じゃないだろうな?
僅かに動揺を帯びた野村の声に、島田は静かにフルフルと首を横に振った。
その手元では乳白色の輝きが力を増し、彼の右手のインカローズにその光を降り注がせていく。

「・・・・・・・・・・・・。」
赤岡に警戒するしないの差はあれど、一同が島田を見やるその中で。
島田の持つ石の光を浴びたインカローズは、徐々に失われていた赤みを取り戻していく。
まるで男から吸い上げ、蓄えた負の感情を全て洗い流していくのように。
かといって、石からは先ほどまでの活発な気配は感じられない。封印はまだ効果を保っている。

間もなく本来の赤い輝きを取り戻したインカローズに、島田は安心したように優しげな眼差しを向けて。
「それじゃ、これはお返ししますよ。」
これほどに危険な石なら、僕らには不要なモノのようですから。
そう付け加えると、インカローズを揺るやかなアンダースローで四人の方へと投げた。

「・・・うわっ!」
キラキラと緋色の軌跡を描きながらインカローズは野村の手に収まる。
しっかりと野村の両手で受け止められた赤い鉱石をちらっと見やり、小沢は島田に呼び掛けた。

「石の浄化・・・それが君の石の・・・能力?」
「えぇ。これが僕の白珊瑚の力。」
ただ、対象は石に限りませんけれど。そう軽く付け加えて島田は小沢の目をじっと見返す。

「・・・白珊瑚か。確かに宝石言葉は『清め』・・・だったっけ。」
「その通りです。良く御存知ですね。」
「まぁ、ね。」
互いに向き合いながら、淡々と言葉だけが行き交っていく中で。小沢は島田の言葉に軽く肩を竦めた。
石が持ち主の気質を反映するのか。それとも似た気質の人間を石が持ち主に選ぶ為なのか。
力を持つ石とその所有者の間には何らかの共通点がある事が多い。
島田と白珊瑚の場合は、彼の人の良さと号泣というコンビ名から連想される『涙』。
目の中の不純物を取り去るのはもちろん、心の中の不純物をも流し去るそれのイメージが
どこかで結びついたのだろうか。
「じゃあ・・・僕の腕を金縛ったのは・・・赤岡くん、の方って事か。」

「まぁ、普通に考えればそうなりますよね。」
島田に向けられていた視線が一つ、また一つと自分の方に向けられる感覚に、
赤岡は表情を変えず、しかしどこかおどけるような口調で応じてみせた。
ネタの時のような適度に力の抜けたその立ち姿は、まだ自分達が優位であると感じてのモノだろうか。
「何か良くわかんねぇけど・・・・・・何でそんな真似をする必要が」
「・・・インカローズの力を試し、見定めるためですよ。」
あるンだよ。そう問おうとする野村の言葉を遮って、先に赤岡が穏やかに返答した。
「あの石の本当の力を見る前に封じられてしまっては、せっかく人にあげた意味もないですから。」
だから、ちょっとの間だけ小沢さんの腕を僕の石で縛らせて貰いました。

「試す・・・?それに・・・あげた・・・?」
「その石が・・・僕らの求めている力のある石かどうかを。まぁ、どうやらハズレのようでしたが。」
やはりガツガツしている駆け出し始めは石の力を引き出すのも早いけれど・・・呑まれるのも早くて大変です。
そう付け加えて答える赤岡の表情は平然としており、己の行動に対しての罪悪感などを見出す事は難しい。


「・・・認められないね。」
不意に、井戸田の苛立った銅鑼声が辺りに響き渡った。
「一見どことも無関係な我が道を行ってるよーに見せかけて・・・
 お前らのやってる事は、『黒』の連中と大して変わりねーじゃねーか。」
「・・・かも、知れませんね。」
「かもじゃねーんだよ。そうなんだよ!」
一文字一文字を強調するように告げる井戸田の周囲に、感情と石が同調しているのだろうか。
シトリンの山吹色の光がぱっと滲む。
「お前らのせいで小沢さんや磯山がもっと酷い怪我を・・・いや、
 最悪死ンじまったりした場合は、一体どうするつもりだったんだよ!」

「出られなくなった仕事や営業の穴埋めに僕らが駆り出されて・・・
 そこで僕らが笑いを取ってメデタシメデタシなんじゃないですか?」
「赤岡・・・貴様ぁ・・・っ!」
答えてヘラッと笑う赤岡に対し、怒声を上げたのは、井戸田ではない。
今までずっと激しく戦っていて、精神力も体力も大幅に減少しているだろうに。
全身に紫色の輝きを纏った磯山が吼えながら走って赤岡との間合いを詰め、殴り飛ばす。
それは走りだしからの速度の余りの早さに、赤岡には不意に磯山が目前に出現したようにしか見えない。
「・・・・・・っ!」
相手も人前に出る同業とわかりながらも容赦なく顔面を襲う磯山の拳は、身長差のお陰で
ジャストミートとまではいかなかったけれど。
こらえきれずに赤岡を地面にダウンさせるだけの威力は充分に帯びている。
「・・・磯山!」
「磯?!」
「磯山くん!」
まさか自分よりも先に磯山が手を出すとは思わなかったらしく、呆気に取られる井戸田を始めにして
口々に驚きの声が漏れるが、磯山にとっては別に驚かれるほどの行動でもない。

インカローズとの戦いの中で、磯山も小沢も本当に命の危険と隣り合わせの目に遭ったから。
そして、赤岡が自分にとって親友と称して良いだろう間柄の人間だったから。
それだからこそ、赤岡の態度や言葉が信じられなくて。ただ許せなくて。

唇を切ったのか口元に赤い血を滲ませつつ、身を起こす赤岡のその顔面を狙って
磯山はなおもローキックを浴びせようとするが。さすがに赤岡も両手で磯山の足を掴んでガードする。

「そういう所でしょう?ゲーノーカイってのは。それより・・・少し、落ち着いた方が良いですよ。」
磯山の足を掴んだまま目線を上げ、冷ややかな言葉を投げかける赤岡の姿が磯山と共にゆらりと揺らいだ。
いや、彼と磯山を覆うように漆黒の輝き・・・という表現もアレであるが・・・が広がり、二人を呑み込んだのだ。

夜の闇と混じって見え隠れする、磯山の表情が急に強張っていく。
表情が固まったのは磯山だけではない。井戸田も、野村も、そして小沢も。

「・・・潤!?」
「だ・・・大丈夫。ただ、今凄ぇ悪寒が急に・・・何なんだ、一体・・・。」
慌てて呼び掛ける、小沢の問いに井戸田は歯をガタガタ言わせながらもちゃんと応じた。
鳥肌が立った腕を暖めるようにさする小沢が感じたモノも、井戸田が口にした症状と同じ強烈な悪寒。
野村の症状も同じようで、改めて赤岡の方を見やるけれど、もう彼を覆う黒い光は消えてしまっている。
やはり、今の四人の感情を一気に冷ますほどの悪寒は、彼の石の能力によるモノらしい。

ゆっくりと立ち上がる赤岡の胸元で、街灯の淡い光を受けてチカッと小さな石が光る。
ネックレスのヘッドに組み込まれたそれは、島田が持つそれと対になるような黒い珊瑚。
しかし。石は負の気配に満ちている物の、インカローズが先ほどまで放っていた黒い光ほど
毒々しい不快な印象は黒珊瑚からは感じない。
寧ろ、負を帯びていながらも、どこか清らかにすら感じられて。

口元の血を指で拭う赤岡の側で、磯山はローキックを放とうとした体勢のままピクリともしない。
ただその表情から察すれば、先ほど小沢が金縛りにあったように磯山も金縛りにあっているのだろう。

「確かに、僕らは褒められるような事をしているつもりはないですよ。
 ・・・あなた達の立場や言動の方がよっぽど正しいと、僕は思います。」
チラと一度赤岡を咎めるような視線を送って。島田は四人に語りかけた。

「でも、あなた達には関係のない事です。 どうせ、今日会った事も忘れてしまうんだから。」
赤岡よりはまだ話の分かる相手・・・そんな期待からか、また島田の方に視線が集まる中。
島田は先ほどの白珊瑚とは異なる石をその手に握ったまま、サラリと四人に告げた。
その石の輝きの色は、井戸田のシトリンと似ているけれど、その山吹色よりは赤みを帯びている。
放たれる強い魔力に、感じ覚えがあって小沢は目を見開いた。

「島田くん、その石は・・・!」
「・・・・・・ゴメンなさいっ!」
確認しようと問いかける小沢の言葉に被さるように、島田が石を翳して叫ぶ。
その声に呼応して、石は眩い光をまとったエネルギー波を放出した。

「くそっ・・・アタシ認めないっ!」
勢い良く水が流れ出す、そんな情景を連想させる琥珀色の輝きを、
井戸田は残り少ない精神力をかき集め、すかさずシトリンで防御壁を張って防ぐ。
「・・・・・・・・・!」
眩い光と光が激しく衝突し、弾ける輝きによって辺り一面はただ白一色に染まった。



やがて四人の目が、辺りの暗さに慣れて物をはっきりと認識できるようになった頃には
赤岡と島田、そしてインカローズに操られていた男の姿は辺りからは消えていた。
「くそっ・・・あの男逃げやがったか。」
結局何も金縛りにされたお礼は出来ずじまいか・・・そんな事を思いながら、
悔しげに野村が漏らす言葉を聞き流していた小沢は、ふと野村の指す対象が単数である事に気付く。

「えぇっと・・・潤さん、それと磯。」
さすがにここまで石を使った事で、また気絶してしまいそうにフラフラと頼りない井戸田と
去り際に金縛りも解かれたのか、近づいてくる磯山に小沢はさり気なく問いかけてみた。
「今度・・・いや、明日にでも事務所で号泣の二人に会ったら、どうする?」
投げかけられる問いに一瞬井戸田はは怪訝そうな表情を浮かべ、んーとうなり声を漏らす。
その顔に、先刻までの怒りの色は見る事は出来ない。

「まぁ、せっかくだしこっそりと石を使って・・・驚かせてやろうかな。」
こちらもほんのちょっと前に赤岡を殴った人間とは思えない微笑み混じりの磯山のリアクションに、
小沢は自分の予想が正しいらしい事を確信した。


・・・とはいえ、別に冷静に考えればおかしい話では何もない。
その石が今まで誰の手を伝わって小沢達の前に現れたのか。
そして彼らが拒んだその石が、誰の元へ巡っていくのかを。

しかし、と小沢は思う。
自身の記憶を忘却させるという、芸人にとって最大のデメリットとなる代償を持つ
あの石、虫入り琥珀を手にしてまで、赤岡と島田は・・・一体何を望んでいるのだろう。

「・・・・・・・・・・・・。」
そこまで考えて、小沢は肩を竦めた。
どうせなら、自分の記憶も周りの者と同じように書き換えられていれば、
こんな事で色々考えたりしなくて済んだのに、と。

とにかく二人も男も去っていった。インカローズも封印された。
・・・今夜はそれで良い。 仕方なく、代わりにそう思う事にした。



861 名前:"Violet Sapphire"  ◆ekt663D/rE 投稿日:04/10/21 18:21:20

名無しさん「凄い石だけど」の設定の石を

石・・・・虫入り琥珀 (文字通り、樹脂が固まる過程の中でその中に虫が入ってしまった琥珀。宝石言葉は「静と動」)
能力・・・エネルギー波の放出。
     (持ち手が転々とする石の性質上、エネルギー波の形状も所有者によって変わるか?)
条件・・・石を用いる毎に、所有者の記憶が人々から薄れていく。
     逆に、それを意識して石を使う事で、記憶抹消マッスィーンとしても使える。

こんな感じとして使わせて貰いました。
 
[号泣 能力]