願い人 [2]


48 :クルス ◆pSAKH3pHwc :2005/08/01(月) 11:57:39 

芸人が入り乱れるルミネTheよしもと。
出番を終えたハローバイバイの2人は他の出演者達に挨拶を終えると早々と帰り支度を始めていた。 
「関、帰るぞ」 
「あー、うん」 
既に準備を終えてそわそわと落ち着かない様子の関に声を掛け、楽屋を出る。
以前の関なら出番が終われば相方を放ってすぐに帰っていたのだが、今はそうはいかない。
もしも襲われた時の事を考えると、なるべく2人で居たほうが良いのだ。 
まさか大勢の人間が居る新宿のど真ん中、ルミネの中で襲ってくる奴は居ないだろうが、
周りの誰が味方で誰が敵か分からない状況は、やはり落ち着かない。 
金成も以前なら仲間の芸人と談笑したりしていたのだが、最近では楽屋の空気自体張り詰めて、
そんな雰囲気ではなくなってしまった。たかが石でこんなにも変わってしまうものなのか、と少し複雑な気分になる。 
「金成、これから飲みに行かねぇ?」 
今日は一緒に居たほうがいい気がするから、と付け足した関に金成は頷く。金成も何となく帰る気分では無かったのだ。 

そんな2人を見送る二つの影があることには、誰も気づいていなかった。 

「…白なんて、残念だな」 




「勘?」 
「勘」 
関は金成の問いにさも当然のように即答する。だが金成もそれ以上は何も言わない。
注意深く周りを見回し、辺りの様子に気を配る。 
「だけど、何か嫌な予感したから」 
不安気に手首の石に触れる。ふと、そうやって石を弄ぶ事が癖になっている自分に気づき、思わず苦笑した。
金成もそれに気づいたのか、慌てて話をそらす。 
「そう言えば…お前あの本どうなったんだ?又吉に貸したって言ってたやつ。俺もあれ読んでみたいんだけど」 
突如明るい声を出した相方に驚き、ビクッと肩が震える。
だが、それが自分の不安を解消するために気を使っての発言だとすぐに気づき、関は微笑んだ。 
「あぁ、まだ返してもらってねぇんだ。返ってきたら貸す」 
「あ、別に急がねぇからな??」 
金成の顔を見上げると、どこかほっとした笑みを浮かべていた。
本当は本なんてどうでも良いのだろう。だが、そんな嘘を吐いてまでの気遣いを関は嬉しく思った。 


暫く歩き、辺りを歩く人も大分少なくなった頃だった。2人は突然妙な気配を感じた。
だがそのまま、ほんの少しお互いの距離を縮めただけで何事も無いように歩く。
「居るよな?」と目だけで会話をし、気づかない振りをして。 
金成はすぐさま手首の石に触れ、軽く目を瞑る。意識を両耳に集中させると石が淡く黄色い光を放った。
が、手で覆われた状態のため殆どその光が漏れることは無かった。それを察知したのは隣で歩く相方のみ。 
金成が目を開けると、関と視線がぶつかる。
同時に頷くと、それを合図に2人は走り出し、本来とは違う道の方へと曲がった。 
「人数は?」 
小さな声で呟かれた質問に金成は言葉を返す。 
「2人。まだ若い男だな。多分、両方痩せ型」 
確信を持ち、キッパリと言い切った。関も疑うことはなく、石を構えて攻撃に備える。 
(急いでない…?) 
おかしい。金成は眉を潜める。 
大抵、後をつけている人間が突然走りだしたら普通は急いで後を追うはずだ。
なのに後をつけているらしい2人はゆっくりと、落ち着いた様子で曲がり角に近づいているようだった。
そしてその2人が丁度曲がり角の前で足を止めたのが金成にはわかった。 
「金成…?」 
現れる筈の存在が現れず、関は目線だけで金成を見た。と、その時。 
「…危ない!」 
金成が関を抱きこむようにして地面に倒れた。
その瞬間、大きな黒い何かが今まで2人が居たところに落ちた…
と言うより勢いよく飛び掛ったのが、倒れる関の目に映った。 
「な…!!」 
すぐさま起き上がると、「それ」はゆっくりと動いていた。
長い体で地面を這うように動き、時折不気味な声を出すそれは─── 
「龍…?」 
関が言葉に出すより早く、金成が呟いた。
それは体長5m程。現実には存在しない筈の動物。
蜥蜴に翼が付いた様な外見で、眸は赤く輝いて2人を見ていた。その龍は首を擡げてぐわっと口を開く。 

「いやぁお見事。龍が関さんを襲うのを見切るなんて」 

拍手と共に、聞き覚えのある声が耳に届いた。 

「綾部…」 

ゆっくりと2人の前に姿を現した男。 

ハローバイバイの後輩である、ピース。「平和」の名を持つコンビ。 



「さすがですね金成さん。龍を見切った上に関さん守るなんて男らしい」 
ニコニコと胡散臭い笑みを浮かべる綾部と、その背後から姿を現した又吉。
その姿を見て、関は信じられないと言うように目を見開いた。
どうやら、龍は綾部が石の能力で出現させたもののようだ。 
「―――何で」 
いつもよりも低い声で、搾り出すように金成が言った。 
手首の石が一層輝きを増す。 
「何故お2人の後をつけたかですか?そんなの決まってるじゃないですか。お2人は白なので、邪魔だなぁと思いまして」 
「違う!何で黒に入ったか、だ!!」 
珍しく金成が声を荒げる。滅多に見せないその姿に、関は困惑した。 
でもそれは当然のことなのかもしれない。ついさっきまでルミネで同じ舞台に上がっていた後輩なのだから…。 
「まぁまぁ落ち着いて下さいよ」 
あくまでも飄々と対応する綾部。その隣で又吉が無表情に口を開いた。 
「そんなんより、綾部の龍がかわされるとは思わんかったわ」 
「そうそう!折角音立てないようにお2人の隣にある塀のブロックで作ったのに…。
石の能力、ですよねぇ?今発動してるみたいだし…どんな力なんですか?ソレ」 
俺の龍が見切られたの初めてですよぉ。と相変わらずの笑みを浮かべ、金成の手首の石を指差す綾部。 
「ちなみに俺のは…こんなんですけど」 
と、手を動かすと、いつの間にか綾部の傍に居た龍がズルリと動き、2人に襲い掛かった。
それは体の大きさにつりあわぬ速さで迫り、噛み付こうと鋭い牙を剥く。 
キラ、と関の手首の石が眩しい濃い青の光を放った。そして辺りに一瞬、強い風が吹く。 
…それが収まると、そこには沢山の白い影のようなものに絡み付かれるようにして動かなくなった龍の姿があった。 
「…!?」 
綾部と又吉は驚愕に目を見開く。今までずっと黙って金成の影に隠れるように立っていた関がゆっくりと前へ出てくる。 
その目は今まで見たことの無いほど悲しそうで、そして怒りを秘めていた。 
「…霊界から呼んだ霊。龍よりは強い自信あるぞ」 
関の周りに青い炎が浮かぶ。 
「ただし、式神だ。普通の霊と違って実体を持てる」 
式神、と又吉が口の中で関の言葉を反芻した。綾部はチッと舌打ちをすると石を握る。
動かなくなった龍が真ん中から分かれるように2匹になり、拘束が解かれた。
すぐさま自分の元へ呼び寄せる。白い影のような式神は関の周りを包むように浮き上がる。 
そんな時だった、金成の耳に綾部と又吉の会話が聞こえてきた。
かなり小さな声で話していて、普通ならば他の人間には聞こえない会話であろうが、今の金成には声を潜めても無駄だ。 
「おい、ピース!!」 
金成の大声に、2人は驚いて声の主のほうを見る。 
「『ハローバイバイは石を奪うのではなく、黒に取り込んだほうが良い』?お前ら、俺らが黒に入ると思ってんの?」 
ニヤリと笑いながら勝ち誇ったように言う。 
「何故…わかったんです?」 
自分達の会話をそのまま反芻した金成に驚きを隠せない綾部と又吉。 
「聞こえるよ。俺にはね。お前達が動揺してる心臓の音も…今の俺なら」 

金成の能力は「五感を上昇させる」能力だ。今上昇させているのは「聴覚」。
さっき蛇の存在に気づいたのも、後を付けている人間の人数に気づいたのもその為だ。 

「…やはり、お2人の能力は白に置いておくのは惜しいですね…」 
綾部が眉を顰めて呟いた。その肩を、又吉がポンと叩く。 
「俺がやる。綾部はもう能力解き?あんまり長くやるのはまずいんやろ」 
そう言って又吉は綾部の前に出る。今まで沈黙を守り石を発動させていなかった又吉を警戒して、関と金成は身構える。 
そして又吉がすぅっと息を吸い込んだ、次の瞬間。 


「え?」 




又吉は子供に語るかのように物語を話し出した。そして。 

「うわぁあああああ!!!!!」 

広い広い何処かの森で、仲間の芸人が次々と殺されてゆく。顔をマスクで覆い隠した殺人者達の手によって。
自分は何も出来ずにただ座り込み、ただ殺されるのを待つだけ…。 
そして殺人者は鎌を手に、相方の関へ…。 

「…止めろぉぉおおおおおお!!!」 

空を裂くように金成は叫んだ。 



「…いっ…おいっ!金成!!」 


肩を揺すり名前を呼ぶ関の声に我に返った。がばっと起き上がり、関の肩を掴む。 
「関っ…」 
ゼイゼイと息を切らせ汗だくの金成程では無いが、
関も息を切らせてじっとりと汗をかき、目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
どうやら関も同じ体験をしたようだ。 

「どうです?相方が目の前で殺されて…何も出来ない自分は」 

又吉が右手に小さな瓶に入った石を持って無表情に立っていた。
その石は沢山のクリスタルが結合したような外見をしており、黒く光り輝いている。 

金成と関は地面に座り込み、ゼイゼイと息を吐く。 
「カテドラルライブラリー。俺の石は相手を物語に引き込む…まあ、幻覚みたいなものです。リアルだったでしょう?」 
関の石の力は強制的に止まっていた。精神的ダメージが2人とも大きく、立ち上がることが出来ない。 
「2人が意識失ってる間に石を奪う事もできたんですけど…やっぱりお2人の力は惜しいのでね」 
「どうです?まだ黒に入る気になりませんかぁ?」 
対照的な二つの声が、関と金成の脳に直接響いてくるようだった。 
厚く重なった雲から、ポツポツと雨が大地を打ちだした。 
「…絶っ対…黒になんか入らない!!」 
関は立ち上がり、再び石を発動させた。
石の能力が裏目に出て、ダメージの大きい金成をかばうように立ちふさがる。 
「…っ!!」 
又吉と綾部は思わず後ずさる。
その関の石はさっきとは比べ物にならないほど強く輝いていた。 

「まだそんな力が…やっぱり惜しいな」 

綾部は地面に手をつき、龍を作り出すとそれを関へ放った。
そして関がそれに対応している間に身を翻し、その場から逃げ出した。 
「今日ははこれぐらいにしておきますよ…」 
でもまた必ず来ます。と言い捨てて。 


「っはー…」 
関はその場にへたり、と座り込んだ。 
「金成、大丈夫か?」 
「…何とか、な。ピースの2人は完全に逃げたぞ。」 
「…」 
沈黙が2人を包み込む。激しさを増した雨が2人の体と地面を打った。 
どれほどそうしていただろうか、ふいに金成が口を開いた。 
「…帰るか」 
「…うん」 
強い雨の中、ずぶ濡れの2人は力の反動とピースから受けた攻撃で重い体で立ち上がり、空を仰いだ。 
「ピース…全然『平和』じゃねぇなぁ…」 




その頃、綾部は又吉の肩を借りて体を引きずるように歩いていた。 
「大丈夫か?」 
「ああ…」 
石の力の反動で強い貧血に襲われ、今は歩くことすらままならない状態だ。
3頭の龍に「代償」として血を与えたのだから当然だが。 
「ハロバイさん…特に関さんの力は、危険だね」 
黒にとって。と続けた又吉の言葉に綾部も頷く。 
「でも」 
又吉は瓶に入った、黒く濁った石を見つめた。 
「引きこめば相当の戦力になる」 
綾部も首にぶら下げた石を服の上から軽く掴んだ。 
「上に報告、だな」 

 [ハローバイバイ 能力]
 [ピース 能力]