BBSI[2]


830 名前: BBSI-2- ◆8Ke0JvodNc   Mail: sage 投稿日: 08/01/26(土) 01:00:15 

「最悪」

息を殺して潜む最中、飛永はそれだけを呟いた。
今遂行すべきは愚痴を零すことでなく、とにかく逃げ切ることだ。
息も絶え絶えでもう走る気にはなれないし楽屋に置いてきた荷だって隙を見つけ取りに戻らないといけない。
だから、ここで息を潜めてやり過ごす。
路地裏は大通りと異なり閑散としていて、微音ひとつでも響いてしまいそうだ。
きっと普段であれば、平易に相手が近づいてきた事を知れるだろう。
ところが今はそれが可能な状態にない。
何しろ完全に聴力が失われた状態にあるのだ。
音も声も耳に入らない現在の彼にとって、視覚にない敵は普段より数割増しで恐怖を煽る。
視覚に無いとは言うが、頼りになる筈の目にしても
楽屋に眼鏡を置いてきてしまったせいであまり意味を持たないと言っていい。
余裕の無い飛永は一先ず心を落ち着けるため、今に至るまでの経緯を振り返ることにした。


「そういえば、お前ら石持ってるんだって?」

今野が口を開いたのはライブ終わり、共にゲームをしていた豊本や加藤が帰った後だった。
この楽屋には数人分の荷物だけ残して、今野と飛永を除き今は誰もいない。
言葉の意味を理解する前の飛永は、一瞬デジャブかと錯覚する。
というのも今野の口調が先日大水が石の話題に触れた際のそれと酷似していたからだった。
ようやく言葉の意味を認識すると、次に彼はハッとする。
どこから漏れた。
けれど考えるまでもなく、すぐに愚問だったと思い直す。
飛永はそんな一通りの思料を表情に出すことなく、幾らかの警戒を残しながら首を縦に振った。

「大水君ですか?」

今野が頷くのを見て、今度こそ露骨に眉を顰めるのを禁じえない。
力を調子に乗って荒く使い、少し休むつもりがしっかりと休んでしまったあの後。
現段階ではお互い、石を手に入れたことは伏せておこうと決めたのに。
どこか呆けた様子で話を聞いていたが、まさか本当に聞いていなかったんじゃないだろうな。
後で改めて言っておかなければと自分自身へ言い聞かせながら、ちらと今野を窺う。
バレてしまっているものは仕方ない、今野さんなら大丈夫でしょ。
飛永は残りの警戒もすっかり解いて、誰にも言わないで下さいよと苦笑しながら告げた。

「聞いてるかもしれませんけど、まだ伏せておきたいんです」
「聞いてる」
「えーと、どういう石かは聞きました?」
「…」
「今野さん?」


おかしい。
無言のままこちらに近づいてくる今野の様子が明らかにいつもと様子が異なる。
そのただならぬ雰囲気に圧倒され後ずさると手に壁が当たった。
扉は今野の背後にある。
逃げ場は、無い。
今野は立ち止まると焦点の定まらない目で飛永を見つめる。

「中立でいるつもり、とは聞いたけど」
「はい、そのつもりです」
「白のユニットに入るかもしれないとも」
「そんなことまで聞いてるんですか」

一体いつそんなことを話すタイミングがあったのだろう。
これは石の能力まで細かく話されてる可能性がある。

意図の掴めない相手を目前に緊張しつつも一方でいやに冷静な自分が面白い。
さながらゲームのようだと感じながら、飛永は今野の反応を待った。
しかし今野は口を閉ざし一言も話そうとしない。
よくよく観察を試みると、おかしいと感じたその表情にはどこか迷いが透けて見える。
参ったな。これはもしかするともしかする。
飛永にとってその予感は今この状況と重ね合わせなくても嬉しいことにはならない。
自然と手をポケットの中の石へと伸ばしながら、恐る恐る飛永は尋ねる。

「今野さんって、もしかして『黒』なんですか」

先ほどと同じように今野が頷く。
半ば回答の見えていた質問ではあったが、本人に肯定されるのと衝撃はまた違う。
飛永は無意識に瞬きを繰り返すことしか出来なかった。

「嘘でしょ…今野さん」
「嘘ついても仕方ねーだろ」


今野はようやくいつもの調子で話し始めたが、相変わらず逃げる隙を与えず近づいて来る。
誰かが戻ってくるか、今野が隙を見せるかを願いつつ飛永はのべつに話し続けた。

「よく今まで気づかれませんでしたね。俺らもマークしてませんでした、ずっと白だと思って」

大水が先日書いた表の中でも、飛永自身が集めた情報でも、ずっと今野は「白」だった。

「人力=『白』って構図が出来てるし、疑いもしないんだろーな」
「なんていうか、度胸がありますよね」

皮肉まじりの言葉にも淡々と返す今野の様は飛永にしてみれば恐怖でしかなく、
緩慢な動作で迫って来る彼がようやく足を止めたのにも最早安堵は感じない。
飛永は思考を巡らす。
今野が石を持っていることは知っている、但し、どのような能力なのかはわからない。
自分の能力でカウンターしきれるかどうか、ましてやまだ完全に使いこなせてないというのに。
そして重要視すべきは自分の能力が既に相手に知られている可能性だ。
その場合、自分に対して何らかの対策を立ててきていることは想像に難くない。
となると相当厄介だ、完全に俺が不利だ。

「これって石を渡せってこと…ですよね?」
「あっちにつくつもりなら」
「でも俺の石、そんなに力のある石じゃないかもしれませんよ?」
「カウンターは、十分力があるうちじゃね?」
「はは…」

飛永はここにいない相方を思って空笑いを浮かべる。
否、空笑いを浮かべるのが精一杯だった。
中立・非公表のため現在唯一の味方は相方だけとも言える状態でありながら、
その味方のせいで己が苦境に立たされている怒りがふつふつと沸き起こる。
こういう時こそあの石の使い時だっていうのに、どこにいったんだか。
彼に情報を漏らしてしまった責任を是非とも取って欲しいものだ。


「俺達は多分中立でいますよ、それで見逃してくれません?」
「『白』に入る可能性も無いとは言わないんだろ」
「ま、そうですね」
「その可能性がある限り、見逃すわけにはいかない。いっそ『黒』に入れば?」
「絶対嫌です」
「黙って『黒』に入ってくれれば手荒なことはしない。お前らは勘違いしてるんだよ、『白』と『黒』に対して」
「勘違いしてるとは思いませんし、『黒』に入るのも手荒なこともどちらも嫌です」
「じゃ、しょうがねーけど」

石は貰う、と言いながら今野が足を蹴りあげ自分を狙ってくるのがわかった。
狙ってきているのは腹か、腕か、足か。
時間が無いからそんな細かいところまで言っている余裕は無い、ついでに冷静でもいられない。
やられる覚悟で、飛永は今野に突っ込んでいった。

「今野さんが、俺を、蹴ろうとしてる!」

叫ぶと自然と飛永の左足が浮かび上がり、今野目がけて放たれる。
追いつかない頭で辛うじて「左足で」も付けた方が良かったかなどと考えながら、
自分の蹴りを食らったらしい今野が左腿を押さえているのを確認した。
逃げるなら今しかない。
そう思い急いで扉に向かって走るも、狭い楽屋内だ、すぐに今野に腕を捕まれる。
掴みかかって離さない今野へのカウンターを必死になって考えるが、
掴みかかろうとしてくること自体は攻撃では無い。
これを飛永がやったところで今野にダメージを与えることは不可能だし逃げられもしない。
飛永自身が自力で攻撃してもダメージは見込めないし先輩だから自ら攻撃するのはこういう状況でも気兼ねする。
自分の非力さについては日常的に、あるいは最近始めたジムでのトレーニングで痛感している、
せめて石の力で威力なりスピードなりを上げないことにはどうしようもないだろう。
壁に抑え込まれ何度もぶつかったために、正直今野からのダメージよりも壁からの攻撃が苦しい。


それから数分経過しても、二人は攻防を続けていた。
取っ組み合いをしているうちに場所が変わっていつの間にか扉に近づいているも、
扉がいくら近くにあったところで開けて逃げなければ意味が無い。
数分の攻防にお互い疲弊していたが、
ここで力を弱めてしまったら最後待っているのは最悪のケースなのは目に見えている。
これを打破する方法は。
決意した飛永はごめんなさい、と心の中で謝罪しながら足を掬おうと狙う。
すると今野がそれを咄嗟に交わし背後に回りこむ。
かかった。
飛永は体全体を使い、出来る限りの力で今野を突き飛ばすと急いで扉を開け廊下に出た。
だが助かったと思ったのは一瞬だけで、すぐに肩をがっくりと落とす。
飛永は縋るような思いで目の前にいる人物、キングオブコメディ・高橋に話し掛けた。

「逃がしてくれませんか」
「ダメ」
「じゃー聞き方変えます。俺より、中の今野さんの方心配じゃないですか?」

丁度良いタイミングで楽屋の中からはげほげほと今野のせきごみが聞こえる。
それを聞き幾らか動揺した様子を見せた高橋を見て、飛永は一目散に走り出した。


少し走ったところで、トンネル内のようなキーンとした音が耳を刺す。
その音が過ぎ去った世界は同じ場所でも飛永にだけ大きく異なった世界となって現れる。
即ち、無音の空間。
石は一度しか使っていない、こんなにすぐに代償が来るわけがないのに。
そうは思うが確かに音は聞こえない。

「まだ石の使用に慣れてないから?体力の消費とかも影響してんの?
限度は日によりけりとかはないだろうし…いーや、考えてる暇ない!」

考えるのは後回しに走り続けながら振り返ると、
足音は聞こえないだけで高橋も楽屋から出てきた今野も自分を追ってきていた。
しかも、その差はすぐに詰まってしまいそうだ。

飛永は外へ抜け、ただひたすら走る。
大通りを二つ越え、路地裏へ。と、そこに見覚えのある影を見つけた。大水だ。
彼は飛永を見つけると小走りで近寄り、ごく普通に口を開いて喋り始めた。
勿論、飛永には全く聞こえないのも知らずに。

「  、         」
「大水君!」
「         、       、        」
「ごめん、今聞こえない」
「     、           ?」
「だ、か、ら」
「             」
「聞こえないんだって」
「    」

飛永は聞こえない中から、最後の一文、「頑張ってね」という言葉だけを口の動きから読み取った。
まさか、とは思うものの、飛永が止めるのも聞かず元来た方へと戻っていく大水を見てしまえば否定も出来ず。

「『頑張って』じゃねえよ…」

適当に走って逃げたため、見つけられるまでにはまだ時間を稼げるだろう。
出来ることならばもう少し逃げたいが、走ったことで体力が底を突いた上に
大水に逃げられてしまったショックもトドメを刺す。
仕方なく大通りから死角になる場所に体を潜め座り込み、今に至るわけだ。

「   、    」

大通りから強い風が吹く。
舞う砂埃に目を細めて飛永が風上を見ると、そこに立っていたのはキングオブコメディの二人だった。



840 名前: BBSI-2- ◆8Ke0JvodNc   Mail: sage 投稿日: 08/01/26(土) 01:29:55 

キングオブコメディ設定はまとめサイト通り、
二人の扱い、とりわけ今野の扱いは「愛犬元気」「愛犬元気+」を踏襲するつもりです。
キンコメ復活めでたい。

読んで頂きありがとうございました。
[キングオブコメディ 能力]